第3話 夏の終わりのドア
真っ赤に染まった入道雲の前に、夏の終わりのドアがあった。真っ白な、木製のドアだった。
私は空にぷかぷか浮いて、そのドアをじっと見ていた。
ノックしてみようか、ドアノブを握ってみようか。開けてもいいものか、開けない方がいいのか、私には分からなかった。
ちょうどドアの真横にベンチがあったので、一人で座り、青と赤の混じった空の景色を眺めた。
ここにはビルもない。道路もない。公園も川も橋もない。透明な大気が広がっているだけだった。
私に絵心があったなら、水彩絵の具をありったけパレットに出して、自分の思うまま色を作り、夏の思い出をたくさん描くのに。
海の色、西瓜の匂い、蝉の鳴き声だって描いてみせる。
足を浮かせてぶらぶら揺らす。
空の中も、町の中と同じように暑い。もうこの暑さにもずいぶん慣れたような気がする。
このまま夏が続くならそれでも構わないと思うけれど、半袖から伸びる二の腕に、ふと涼しい風を感じると、忘れかけていた秋の空気を思い出す。
帰り道に長い影が伸び、すすきの穂が揺れる。
もうじきコスモスが咲く。私の知らないところで暦はめぐり、鈴虫が鳴く。
幼い頃の私に呼び掛ける。
夏はいつでも楽しかったね。ラジオ体操も宿題もめんどくさかったけれど、お祭りに行ったり打ち上げ花火を見に行ったり、忘れられない思い出になった。
もうそろそろ、決められるだろうか。
ぶらぶら揺らしていた足で大気を踏みしめ、弾むように立ち上がる。
赤い入道雲の前の、真っ白なドア。
いきなり開けてしまうのはもったいない。
くるりと後ろを向き、背中をドアに預ける。
また来年、きっと会おうね。
お別れするのは、寂しいけれど。
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