第11話 クラス2ハイ・サモナー:ヒューマン個人戦

 弁解させて貰いたいのだが、俺は弥生さんが出て来た時点では事を荒立たせるつもりは無かった。

 弥生さんに迷惑を掛けたくなかったし、それに弥生さんの顔を立てて欲しいと言われてしまえば断る道理は無い。それなら和解するか、とは思っていたのだ。



 そう、召喚術師が弥生さんによこしまな視線を向けてさえいなければ。

 弥生さんはそうそうお目にかかれないレベルの美貌の持ち主であるのだから、そういう眼で見てしまう気持ちも分からなくは無い。なんなら俺自身その手の視線を向けたことが無いとまでは言い切れないが、それでも他者が向けている視線を見るのとでは嫌悪感が違った。

 あまつさえ俺の行動の尻拭いを弥生さんに押し付けると言うのは流石に我慢ができなかったのである。


 つまりはまぁ、あの挑発は弥生さんの身を案じての行動であったのだが……その事を弥生さんに伝えたとしても良い顔はしないんだろうなぁ。現在進行形で弥生さんが浮かべている笑顔の裏側からは『あとでたっぷりお説教しないとな~~?』と言ったニュアンスの思考が読み取れる。

 そこをなんとか、情状酌量の余地はないだろうか。え、ない?そうですか……。アイコンタクトで交わすにしては高度なやり取りであるが、たぶんそう間違った解釈では無いだろう。美人のジト目は視覚的にはご褒美でも、心情的にはお仕置である。

 絵に描いた餅は何の役にも立たないのに、絵に描いたようなジト目は十分効果あるんだなぁ……。



 そんなイベントを乗り越え、俺と召喚術師御一行が向かった先は冒険者ギルドの中でも利用者の少ない一区画。バスケットコート1.5倍程度の広さの……何も無い空間だった。


「ふふん~、ここが今回の戦場トレーニングルームだよっ!」


 空間の中心で大袈裟に手を広げている弥生さんを見るに、どうやらここが目的地のようだ。そして、ここへ連れてこられたと言うことは召喚術師との決着の付け方にも大凡おおよその見当が付く。


「ふぅん、直接対決で決着を付けるのか。」

「ハッ! シンプルで良いじゃねェのッ!」


 詳細をまだ聞いていないと言うのに、召喚術師は随分と乗り気なようだ。

 もしかしたら対人戦での実力に自信があるのかもしれないが……実力者がいちいちクラス1の魔道具師に絡んだりするとは思えない。であれば、この余裕は単純にクラス1の魔道具師を舐めているだけだろう。クソが。



 冒険者同士で競わせるならそれこそクエストクリアの速さであったり、ドロップアイテムの換金額であったり、競い方はいくらでもある。その中でも直接的な対戦で決着を付けると言うのは召喚術師が言うように最もシンプルでありながら、実は1番安全な解決策だったりする。

 なぜなら、他の方法で決着を付けようとするならどうあってもダンジョンに潜る必要が出てくるが、対戦ならばダンジョンに潜る必要はない。つまり死ぬ危険がないのだ。


「ここなら、誰の迷惑にもならずに思う存分やりあえるな。」

「志麻く~ん? その『誰も』に、大事な1人が抜けちゃってないかなぁ?」

「さぁ弥生さん、詳細を聞こうか!」


 『私には迷惑掛かっているからね?』と言いたげな視線を話の軌道修正でやり過ごす。これ以上ジト目を向けられては堪らない。性癖が歪んでしまったらどうするんだ。


「はぁ、もう……対戦形式は一般的な1vs1。 ただし、志麻くんは対戦前にポーションを使用してね。」


 今のままだと流石にボロボロ過ぎるし、どうせ持ってはいるんでしょ?と続けて語る弥生さん。

 怪我の治癒に効果的なポーションはその効果分、良いお値段になるのであとは家に帰るだけであれば使う気はなかったが、対戦となれば話は別だ。俺だって万全の状態で臨みたいので、弥生さんの質問には無言で頷いておく。


「あとは~、賭けベットはどうしよう? 出来れば私としてはあまり大事にはしたくないなぁって思ってるんだけど~~。」

「そうだなぁ、俺も謝罪の言葉さえ貰えればそれで良いかな。」


 付け加えるなら弥生さんに迷惑を掛けないようにさせたいところではあったが、この手の輩が掛けているのはありがた迷惑だったりするので、言っても無駄だろう。


「俺も魔道具師相手に金を巻き上げるのはしたくねェが、これでも大切な商売道具を使うわけだからなァ……。 あァ、そうだ。 その魔石袋の中身を手間賃って事で賭けて貰えればそれでいいぜ?」

「なっ!?」


 召喚術師からのピンポイントな要求に驚きの声を上げたのは俺ではなく、弥生さんだ。


 クラス1の魔道具師が持ち歩いている魔石の数なんてたかが知れているので、それを手間賃と言われれば召喚術師の言い分は間違っていないように思える。

 ただし、それは魔石袋の中に『クラスに不釣り合いな魔石が入っていなければ』の話だ。その前提が崩れてしまっているのだから、当然ながらここで『はい、そうですか』と頷く訳にはいかない。


「それは流石に、賭けの釣り合いが取れていないだろ。」

「あァん? クラス2の召喚術師に謝罪を求めるッ対価としては妥当だろ?」


 ニヤニヤ顔でそう告げてくる召喚術師に内心で舌打ちを鳴らす。やはり、この召喚術師はクラス2だったか。

 なんでこんな奴がクラス2なんだよと思いつつも、上位クラスへの謝罪要求はその人の立場プライドにも関わってくるので、確かに対価は高まる。それでいて先に『金を巻き上げたくない』と言われてしまえば対価を金銭に変更することも出来ない。

 まるでコチラの手持ちを知った上での要求のように感じられて、首筋に気持ち悪さが着いて回る。


「この魔石袋の中には大した量が入っていないかもしれないぞ?」

「だろうなァ。 ま、そこそこ入ってればラッキーぐらいに思っておくさァ。」


 そう言いながらも、報酬リターンへの期待が召喚術師の表情からは伺える。



(……冒険者ギルドを抜けるまでに、荷物を預けられる場所は無い。)


 ダンジョンから出ると建物の構造上、必ず冒険者ギルドの受付前を通ることになる。

 いちいち帰還報告をする義務がある訳では無いが、荷物の整理はしないといけないので大抵の冒険者はダンジョン帰還後直ぐに受付へと向かうのだが……ここで重要なのは、この時点では全ての冒険者がダンジョンで手に入れたアイテムを持ち歩いている事である。


 召喚術師が座していた場所は受付から少し離れていたが、それでも魔道具を使えば受付の会話を聞き取れない距離では無い。或いは、仲間の1人を受付近くに置いておくだけでも良いだろう。



「それとも、この期に及んで負けを恐れて賭けのグレードを下げるかァ?」


 そしてダメ押しにこの煽りである。ここまで揃えば間違いない。召喚術師の狙いは…………俺が手に入れた階層渡りの魔石だ。

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