第10話 弥生の悩み2

 弥生が志麻の元に辿り着く頃には彼と召喚術師の間には剣呑さが増していたが、弥生はその空気に気付いていないかのように振る舞う。

 ギルド職員に対して強気で出れる冒険者はいないから。こんな時に利用してこその役職なのである。


「おや~? ギルド内での揉め事とは感心しないな~~。」

「あ、弥生さん……。」


 先程話し終えたばかりだと言うのに再び面倒を掛ける事に対して、志麻は申し訳なさそうな表情を浮かべている。しかし、彼と付き合いの長い彼女にはそれが表面上だけであると分かっていた。


(申し訳ないと思うなら揉め事が起こらないように立ち回って欲しいよね。)


 相手が彼女をやり込める話術を持つ彼だから尚更そう思うのかもしれない。

 ただ、志麻は肝心なところで脳筋……好戦的であるので、こんな状況になろうとも意外ではない。と言うか、好戦的でもなければ階層渡りにだって喧嘩を売ったりしないだろう。

 そんなところがまたギャップで良いんだけど、と言う思考の脱線を棚に戻すと弥生は志麻に次いで召喚術師へと視線を向けた。

 ……余談ではあるが、志麻の好戦的な姿をギャップと捉えるのは弥生ぐらいである。他の人の前ではむしろ好戦的な姿こそが志麻の通常ニュートラルだ。



「弥生ちゃん、丁度良かったッ! 俺の方から説明させてくれよォ!」

「はい、野下のしたさんのお話聞かせて下さい。」

「やっぱりッ、弥生ちゃんは話が分かるなァ!」


 少々ガラの悪さが目立つ召喚術師も弥生の登場には好意的なようだ。召喚術師にとって今回の標的は弥生ではなく志麻だった訳だが、だからと言って弥生を狙っていない訳では無いのだろう。


 名前を呼ばれた上に丁寧な口調で話を聞きたいなんて言われたなら、少しでも良いところを見せたいと思ってしまうのが男のさが。弥生が志麻との過去を回想していた間に起きたにしては時間が足りない程の長編ストーリーが召喚術師の口からは語られていく。

 つまりは、信ぴょう性に欠けた夢物語である。

 志麻を取り囲むその他の召喚術師も野下の仲間のようで、『そうだ、そうだ!』と野下の説明に追従の姿勢を見せていた。



 尚、冒険者に対して献身的である弥生はギルド職員の中でも特に冒険者の顔と名前を覚えている方ではあるが、それでも冒険者全員を覚えている訳では無い。年々増え続ける冒険者人口を前にそれは流石に不可能である。

 それならどんな冒険者の事を覚えているのかと言うと『将来有望』または『世話を焼きたくなる』冒険者であること……或いは『ギルドに不利益な』冒険者だ。

 後者であった場合にはむしろ名前を覚えられていることはリスクでしかないのだが、自身が後者に該当していることを野下と呼ばれた召喚術師は気付いていない。『丁寧な口調』と言えば聞こえはいいが、実際には距離を置かれているだけだった。


 起こす問題の量で言えば志麻もギルドに不利益を及ぼしてはいるのだが、彼の場合はその大半が巻き込まれた結果であり、それ以上の利益も稼いでいたりとさじ加減が上手い。あと、やはり決め手は顔である。


「……ふむふむ。 つまり、そこに座っていた野下さんに対して志麻くんが突然喧嘩を売ってきたわけですね~。」

「ああ、その通りッ!!」


(いやいや、流石にそれはないでしょ。 ……ないよね、志麻くん??)


 魔道具師が召喚術師に勝てない喧嘩を吹っかけるなんて流石にそこまで無謀ではないと思うが、相手は階層渡りにさえ喧嘩を売る志麻だ。『絶対に無い』とまでは言いきれない。

 心情的にも実績的にも志麻の味方をしたい弥生ではあるが、ギルド職員である以上、事実が確認できるまでは公平な立場を貫かなくてはならなかった。


 ちらりと志麻に視線を向けてみても、首を横に振るばかりで(恐らくは『事実と違う』と言いたいのだろう)、やはりどちらに原因があったのかまでは分からない。

 この場での立証は不可能と判断した弥生はすぐさま方針を問題解決から和解へと切り替える事にした。



(とは言え、それも簡単ではないけれど……。)


 冒険者稼業は実力がものを言う。それはつまり1度でも舐めた態度を許してしまえばそのまま下に見られ続けることにもなるので、両者そう簡単に身を引いたりはしないだろう。それでもまずは穏便な提案をしてみるのがギルド職員としての務めである。

 幸い、今回は間に弥生ギルド職員が入っているのだから、そこを落とし所に出来なくはない。



「ここは一つ、お互いの握手で今回の件を丸く収めるって言うのはどうでしょう~?」

「弥生ちゃんの提案でもッ、そいつは出来ない相談だなァ。」

「そこをなんとか! 野下さんなら、私の顔を立ててくれますよね……?」

「そりゃまァ、弥生ちゃんの顔に泥を塗るような真似は俺もしたくァはないが……。」

「駄目、ですか?」


 懇願を言葉に乗せながら弥生は召喚術師へ近づくと彼の手を自身の両手で包み込んだ。普段は気丈な振る舞いを見せる弥生からの頼られている視線に、包まれた手の感触。それは異性との触れ合いに飢えている召喚術師にとって抗いがたい誘惑へと繋がっていく。

 要は魅了チャームであったが、弥生は使える手段はなんでも使っていくタイプなのである。



「弥生ちゃんにそこまで頼られちゃァ仕方ねぇなァ……これは弥生ちゃんへの貸しにしとくぜェ?」

「そうですね~。」

(うわ~嫌だ嫌だ嫌だ~~)


 弥生の魅了は効果的に機能し、召喚術師の標的はすぐさま志麻から弥生へと移行した。現在進行形で全身を舐め回すような視線を向けられていたりと支払った代償は大きくなってしまったが、それで穏便に問題解決するならため息も飲み込める。

 あとは志麻を説得するだけであるが、志麻が弥生のお願いを断ることは滅多にないのでこちらは魅了するまでも無く説得出来るだろう。なればこそ、このまま一息に話を纏めてしまおう。そう思っていた弥生であったが……彼女には一つだけ誤算があった。



「やだなぁ、弥生さん。 お手手繋いで仲良し小良しが通用するのは幼稚園児までですよ! でも、あれっ? 今、通用しそうに見えたような……まさか、そんなこと無いよねぇ? あっはっはっは!」

「志麻くんっ?」

「……あぁあァ? 折角俺が見逃してやるって言っているのに、文句でもあんのか?」

「へぇ、見逃してくれるなんて見た目とは正反対で親切な冒険者なんだな。 ところで話は変わるけど、狙った獲物を取り逃がしちゃう冒険者ってどう思う?」


 あまりの状況に弥生の思考は『あ、志麻くんの口調が少しワイルドになってる』なんて現実逃避を始めていたが無理もない。

 弥生の誤算、それは今まで大人しかった志麻がここに来て態度を豹変させたことである。


(いや、そうじゃなくてっ! なんで志麻くんが私の提案を却下するかなぁ~~!?)


 続けて「俺だったらそんな三流冒険者にはなりたくないなぁ」と語る志麻の顔からは『和解はありえない』と書かれているのが容易に読み取れる。そして、召喚術師も志麻の態度に感化されているようだ。



「ちょっと落ち着こう!? ねっ?」

「うん、弥生さんの言う通りだ。 ノガシタさんは少し落ち着いた方が良いね。 また獲物を逃しちゃうよ?」

「誰がノガシタだッ!! テメェやっぱり喧嘩売ってるよなァ!?」

「あぁ~もぅ~~!」


 こんな状況でもなければ『いや、志麻くん。 そういう所だぞ』とツッコミを入れていた弥生であったが、ここまでこじれてしまったらもう穏便な解決は望めないだろう。弥生は腹を括る事にした。


「はい、ストップ! もうっ、分かりました! こうなったら冒険者らしく解決させましょう!」


 全てが終わったら約束通り志麻には食事を奢ってもらおう。それも、ちょこっと良いところのを。心の中ではそう呟きながらも弥生は最後の一言で締めくくった。


「冒険者らしく、実力で!」

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