第9話 弥生の悩み

 言っても意味の無い小言だと思っていても言わずにはいられない。それが、彼に対する彼女の苦悩なのだろう。

 幸いなのはその小言を彼が嫌悪していない事であるが、嫌悪していなくても素直に従う訳では無いのが彼の悪質な部分である。

 そんな調子では、彼女の不安を取り除く慰めになりはしない。



(志麻くん、やっぱり今回も無茶したなぁ~~)


 弥生が見つめる先にはこちらに背を向け、冒険者ギルドの入口へと向かう男性冒険者の姿があった。

 召喚術師ローブ姿とは異なる、動き易さを重視した格好はオーソドックスな魔道具師のスタイル。ただ、それが今や見る影もない程にボロボロだ。



(重傷では無いことは流石に分かるけどさぁ……軽傷ではないでしょ。)


 五体満足で歩いているのだから流石に命の危険はないのだろう。それでも、そこまでボロボロな姿で『軽傷だ』なんて言われても説得力はない。

 むしろ、傷を負うことに慣れすぎていて致命傷以外なら軽傷に感じているだけではないか、と心配せずにはいられないのだ。


 悩みの種の名は真城ましろ 志麻しま

 クラス1ではあるものの、10年近い冒険者歴を誇る彼は経歴で言えばベテランと言って良いだろう。

 魔道具師でありながら階層渡りに挑むこと2桁回数。それだけではない。第2階層への挑戦経験すらある。しかも、単独で。

 それを聞いた時、彼女は自身と志麻両方の正気を疑った。残念ながら聞き間違いではなく彼女自身は正気であったが、今もたまに彼の正気は疑っている。今日がそうだ。



 ここまで我が身を犠牲にしている魔道具師はあまり居ない。なぜなら、それ程までに行動的な人は……直ぐに亡くなってしまうから。

 だからこそ、大怪我をしないうちに考えを改めて欲しいと彼女は願っていた。それが叶わないから、いつまで経っても彼女の心配は無くならない。



(『ソレ』って本当に命を懸ける程のことなのかなぁ……?)


 見送る背中に何度目かになる疑問をぶつける。彼がダンジョンに挑み続ける源泉がなんなのかを、彼女は以前に聞いたことがあった。


『ねぇ、なんでそんなに無茶をしてまで冒険者を続けるの?』

『いえ、あの。 最近はそれほど無茶してないですけど……。』

『あ、そういうの今は良いから~~。』

『そういうの!? 改めて言うとなると恥ずかしいんですけど……俺、召喚獣に憧れているんですよ。』


 召喚獣への憧れは物心つく年頃になると誰もが抱く感情である。それ自体はなにもおかしなことでは無い。

 誰もが憧れを抱いて……そして、冒険者として活動していくことの至難さに抱いた憧れを捨てていくのだ。


『志麻くんも男の子だものねぇ。 ちなみに、どの召喚獣に憧れたの??』

『どの召喚獣にもです。』

『うわぁ、節操なしだっ!?』

『言い方!! だからまぁ、何でもいいから召喚獣がほしいんですよ。 それがなんであれ、召喚獣と触れ合えれば満足なので……まさかここまで手に入らないとは思っていませんでしたけどね。』

『いやぁ、ここまで活動していて手に入らないのは流石にレアケースかな~……。』

『やっぱりそうですか。 薄々はそんな気がしていました……。』


 話を聞いた限りでは召喚獣による地位や名声には興味が無いらしい。ただただ、手に入れてみたいだけ。彼は未だに憧れを捨て切れずにいるのだろう。



 それなら早く手に入るといいねと彼の夢を後押ししている彼女ではあるが。

 彼がもし召喚獣を手に入れたならば。夢を叶えてしまったならば……彼は冒険者としての活動を全て捨ててしまうのではないか?と不安に思ってしまう自分がいる。

 無茶はして欲しくないが、彼のファンとしても、ギルド職員である立場からも彼が冒険者を引退してしまう事には寂しさを感じてしまう。


 尚、この感情は志麻が彼女好みの見た目をしているから抱いたものでは無い。そう、付き合いが長いが故である。


 女性の中では長身に部類する弥生よりも尚高い背丈に、自分で戦う魔道具師だからこその鍛え抜かれた肉体。それでいて年齢よりも幼さの残る顔立ちは威圧感を打ち消し、印象を美丈夫に纏めあげている。

 魔道具師でありながら目立つ傷跡こそ表面上には見当たらないが、ちらりちらりと見える白髪はくはつは寿命を削る戦い方による後遺症かもしれない。


 なんなら性格含めて全てが弥生の好みであったが、それが寂しさを抱いた理由の全てでは無いのだ。

 ……理由の一部であることまでは否めないが。



 ともあれ、応援しつつも応援しきれない複雑な心情の彼女ではあるが、それでもそれとなく安全な道を提案した事はある。


『ねえ、触れ合いたいだけならさ、犬や猫じゃ駄目なの?』

『犬猫もそりゃあ可愛いですけど、ペットと召喚獣はちょっと違うというか。 自分の意のままに従えられる訳じゃないですから。』

『おっ、つまり志麻君は従わせたい欲求が強いってことかな~~?』

『その受け取り方には悪意を感じる! まぁ、間違ってはいませんけども……。』

『それならもう召喚獣じゃなくて、献身的な彼女を作ればいいんじゃない?』

『世の女性が全員弥生さんだったなら、きっとそちらを選択していたでしょうね。』


 とまぁ、最終的には上手い具合に持ち上げられて毎回話を有耶無耶にされてしまうのだ。付き合いの長さもあるだろうが、ギルド職員を会話でやり込める冒険者は中々いない。



「舐めるなよ、魔道具師風情がッ! 召喚術師に喧嘩売ってんのかァ!?」


 直近で聞き覚えのある声に弥生は意識を過去の出来事から現在進行形の目先へと戻した。そう、その声は弥生が志麻と話している時に聞いた野次の声だ。


(なるほど、あの野次の狙いは私じゃなくて志麻くんだったかぁ~。)


 弥生の手が空いたと言うのに、野次を飛ばしてきた冒険者が来ないことには不思議に思っていた。

 その理由がこれである。野次の主の狙いは弥生ではなく、志麻にあった。いつの間にやら、志麻の周囲を複数人の召喚術師が取り囲んでいたのだ。



(もうさ、善処は何処に行っちゃったのかな?)


 先程交わした志麻との約束。『無茶をしない』に対して志麻は『善処する』と言っていた。それなのに、早速これなのだ。

 揉めた理由こそまだ分からないが、それでも弥生の口から小言が漏れるのも仕方がないだろう。



(でも、事が起こったのが冒険者ギルド内で良かった。それなら中立の立場としてだけど、介入できる。)


 揉め事が大きくなる前にと、弥生は直ぐに行動を開始する。悩みが解消される未来は、今のところ見えない。

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