第12話 クラス2ハイ・サモナー:ヒューマン個人戦2

 バスケットコート1.5倍の広さに、周りを囲む無骨な壁面。扉や光源と言った一般的な機能を除けばトレーニングルームにあるのはその程度であり、特別なカラクリなどは一切存在していない。多少頑丈な構造をしているみたいではあるが、それだって現代建築技術の範疇だ。

 それなのに何故、この場所をトレーニングルームとしているのか?それは、この空間の広さが丁度いい・・・・・・・からだったりする。



召喚サモンっ!」


 弥生さんの呼び声は人の少なくなったトレーニングルームにとても良く響いた。

 俺がポーションを飲み、対戦の準備をしている間に召喚術師の仲間達もトレーニングルーム外へと移動していたのだろう。今この場に居るのは立ち会い人である弥生さんと対峙している召喚術師、そして俺だけである。


 人数的不利が無くなったと考えれば俺にとってはプラスなのだが、わざわざトレーニングルームまで着いてきたぐらいだからなぁ。今回の対戦に有用な魔道具や召喚獣を仲間内で貸し借りしていても不思議ではない。


(俺だったら自分の召喚獣を他人に貸すなんて絶対にゴメンだけどね。)


 『名付け』を行っていない召喚獣はカードの状態であれば他者と取引することが出来るが、召喚獣の記憶や能力は誰が召喚しようとも引き継がれていくので召喚獣を他人に貸すことで変な癖が付いてしまったり、持ち主の情報漏洩に繋がりかねない。

 そしてなにより持ち逃げされる危険だってあるのだ。そこまでのリスクを背負ってまで召喚獣を貸し出すとなると余程の信頼関係が必要だろう。

 ……と、そんなことを考えている間にも弥生さんを中心に、足元から天井に向けてじわりじわりとトレーニングルーム内の空気が別物に作り替えられていくのが感覚として伝わってくる。それは非生物の召喚なのだろう。


(何度見ても不思議な光景だなぁ)


 限定された空間とはいえ世界の法則さえも書き換えてしまえるのだから召喚が持つ可能性は計り知れない。化学的に考えるならありえない現象を目前に、背筋がゾワリと震え上がった。



「……ふぅ。 これでトレーニングルーム内で受けた怪我はここを出れば無かったことになるからね。 ただ、幻痛は暫く残る事になるから、あまり無茶はしないように~~。」


 トレーニングルームが乳白色の空気に満たされている。弥生さんが召喚したのはセーフエリアだったのだろう。セーフエリアで受けたダメージは例えそれが致命傷だったとしても無かったことに出来てしまえる。この召喚があるからこそのトレーニングルームなのだ。


 そんな便利な召喚があるならダンジョンでも使えればいいのだが、召喚の中でもエリア召喚系はコストが高い傾向にある。セーフエリアもその御多分に洩れることがないので、今回のような訓練に使うのが精々な使い道だろう。

 それはそうとして、『無茶をしないように』と忠告するのに何故俺を凝視しているのだろうか。俺だって痛いのは嫌いだ。無茶だと思えばその場で降参だってするんだけどなあ。



 ちなみに、『召喚サモン』と言う掛け声は一般的ではあるけれど、召喚に必須なわけではない。召喚には召喚獣を呼び出す意思こそが肝要なので、なんなら無言でも召喚することは可能だ。

 ただ、掛け声があった方が気合いは乗るし、生物が突然出現したのではそれが召喚獣なのかダンジョンモンスターなのかが他人には分からない。そう言った事故防止を含めて掛け声を行う召喚術師は多い。


 まぁでも、声を掛ける一番の理由と言えば『召喚サモンと叫ぶのが格好良いから』なんだけどね。そして二番目の理由は『これが自分の召喚獣なんだと誇示したいから』だろう。召喚獣を手に入れたら俺だって同じ事をする。


「分かっていると思うけど、対戦時間は5分間だからね。 それまでに決着がつかなかった場合は引き分けとします。 禍根を対戦後まで持ち越さないように、言っておくことがあるなら今のうちに済ませてよ~?」

「言っておくこと、ねェ。」


 先に反応を見せた召喚術師に『なにかありますか?』と話を振る弥生さん。


「そォだなぁ……オイ、魔道具師ッ! ボコボコにされてもッ、後悔すんじゃねェぞォ?」

「ボコボコって、発想が中学生の喧嘩なんだよなぁ…… あ、でもそれなら幼稚園児から中学生にクラスアップってことじゃん。 入学おめでとう。」

「んだとォッ!?」

「ちょっと、志麻くんッ!?」


 煽るつもりがあった訳ではなく率直な感想を述べただけだったのだが、弥生さんからは『これは最後に己の意志を伝える場であって、煽る為の場では無いんだよ!』とたしなめられてしまった。

 そうは言っても、召喚術師の発言だって十分煽っていた気がするんだけどなぁ。いえ、弥生さんに反論がある訳ではありませんけども。


「今のはそう、相手を怒らせる事で行動を読みやすくしようって俺の策でして。」

「その理由、今考えたよね。」

「俺の策は型に囚われることなく、常に流動的だから……。」

「志麻くん、それは行き当たりばったりって言うんだよ。」


 いやいや、行き当たりばったりだと、その時になるまでなにも考えていない事になるじゃないか。俺はそこまで考え無しではない。具体的になにを考えているのか、と問われると返事に困るけども。



「もういいから、2人とも開始位置に移動してっ!」


 これ以上口論させても良いことはないと判断したのだろう、弥生さんは早々に話し合いの場を切り上げてしまった。俺はそれでも構わなかったのだが、言い返す言葉を考えていた召喚術師は見せ場を失ったことで余計にイラついているように見える。

 でも、『テメェ、絶対ボコす……じゃァなくて、んァ? なら、なんて言ャあ良いんだよ?』なんて呟いていたぐらいなのだから、むしろ口を閉ざして正解だったと思うよ。



「それでは、クラス2召喚術師野下vsクラス1魔道具師真城の対戦……始めッ!」


 弥生さんの合図と共にトレーニングルームの逆サイドに居る召喚術師目掛けて駆け出す。制限時間5分?……いいや、3分で終わらせてやる。

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