第28話 クリスマスプレゼント

 今日は待ちに待った16回目のクリスマス。



 私はセンセのお宅にお邪魔して、一時間前から狭いキッチンで豚丼やスープを作ったりして忙しくしていた。お父さんとお母さんが家から持ち込んだ長テーブルを、雑多に散らばる私物を隅に追いやってから部屋の中央に設置して、皿やら箸やらを人数分並べている。椅子まで持ち込む余裕がこの部屋にはないので立食パーティー形式なのは仕方ないが、それはそれで楽しみだ。



 センセは締め切りに余裕が無いらしく、パーティーまでの僅かな時間も惜しいとキーボードを忙しなく打ち込み、時には頭を掻いたり、泣き言をもらしたりと大変そうだ。



 お母さんが鳴ったインターフォンの対応をして客人を出迎えた。



 海津原祥子さん、須藤鐘人さん、久内鳴海さんの三名。



 各々の手にはプレゼント。廊下と居間の間にキッチンがあるので一人一人に、「メリークリスマス!」と声を掛けると、三人とも苦笑して同じように返してくれた。



「久ちゃん、まさかギリギリなの?」

「そうなんすよ。降旗さん、何かと理由を付けて最近サボりがちでしたからね」

「作家も大変だな」



 何か可哀想な人を見る目で画面に向かうセンセのヒョロッとした背中を見た。これが本来のセンセの背中で、あの時みた格好よく頼もしかった面影は幻覚とか錯覚とかそういった悲しい幻想だったのだろうか、と私もその頼りない背中を一瞥した。



 料理もそろそろ完成する。とはいっても今回の目玉は市販のチキンやピザになるわけで、大人数でこの量はちょっと足りないと勝手に判断した私が勝手に料理しているだけなのである。



 配膳も終わり、センセも首を鳴らしながら空いている場所に立って準備は完了。誰が合図するでもなくグラスに注がれたお酒やジュースを片手に、「メリークリスマス!」さあ賑やかなパーティーの開始である。



 できればこの場に玲奈がいてくれたらもっと盛り上がったことだろう。彼女も今日は嫌なことを忘れてクリスマスパーティーをしているのかな。



 談笑しあう異なった界隈で生きる人達。異色ならぬ異職というやつだ。作家、編集者、情報屋、刑事、大家兼サラリーマン、主婦、学生。ここまでジャンル違いな人達が揃えば普段聞けない面白い話も聞ける、作家見習いとしては貴重な時間となる。



「ホントは糞兄貴にも声を掛けたんだけど、興味が無いとか、一銭にもならないって蹴られちゃったのよ。むかしっから得にならないものに無関心なの」

「直接もう一回会ってお礼を言いたかったけど、海津原さんと同じことを言われて拒否されたよ」

「久ちゃんもいい加減、ボクのこと祥子って呼んでよ。どうして兄貴は聖人君でボクが苗字呼びなのよ!」

「女性を気安く下の名前で呼ぶのに抵抗があるんだ」

「下の名前で呼んでくれたら、今後の報酬を減額してあげてもいいよ」

「祥子さん。今日は楽しんでいってよ」

「現金な奴~」



 センセと祥子さんがやりとりしている間に、私は久内刑事の隣に並び、「私のせいで怪我させてしまって御免なさい」彼にのみ聞こえる声量で頭を下げた。



「市民を助けるのが警察の仕事だから気にすることはない。それより、聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「バレてましたか。刑事の仕事をしていて、うわぁって思う事件とか遭遇したりするの?」

「今回が異常だった。今後の人生でもう立ち会う機会はないだろう、と願いたいものだ」



 肩を竦ませて笑った久内刑事が、「私の娘が生きていたら、東儀さんと仲良くなれただろう」私の作った豚丼を一口食べ、「将来はいいお嫁さんになるな。男の胃袋を掌握できる腕前だ」話題を切り替えた。



 異色ではあるがどこにでもある楽しい時間を過ごし、「そろそろクリスマスプレゼントを東儀さんに渡そうか」いい感じに顔を赤らめたセンセが揚々とした口調で言った。



 お父さんとお母さんを含めて、六人からそれぞれ大小さまざまなプレゼントを手渡された。



「こんなにサンタさんがいっぱい。来年もみんなで祝おうね」



 胸に抱きかかえた可愛い装飾包みに表情が蕩けてしまう。ああ、もうきっと、みっともないくらいに緩みきっているに違いない。



 楽しい時間とはどうしてこんなにも早く過ぎてしまうのだろう。数々の料理も平らげてお開きムードになりつつあるこの寂しさに、酔っ払った大人達も現実に引き戻されているようだ。



「降旗先生にはこの後、しっかり書いてもらうっすよ」

「えぇ……、ちょっと無理かも。だって眠いし」

「上から俺が怒られてるんすよ。あの先生はまだなのか! って」



 高円寺に住んでいる祥子さんはこれから電車を乗り継いで帰宅しなければならない。結構な距離だしもう遅いから、ウチに一泊する提案をしてみたが、「気持ちだけ受け取っておくね、ありがとう。明日は朝から群馬に仕事で行かないといけないから」そう言って、片付けを終えたら久内刑事と一緒に出て行ってしまった。



 須藤さんは泊まり込みでセンセを見張るらしく、私はお父さんと母さんと手を繋ぎながら自宅マンションに帰った。



 二人とも疲れたのかすぐに眠ってしまい、まだ興奮が抑えられないでいるのでちょっとだけ出掛けようと夜の散歩に出た。もうすぐでクリスマスの日が終わってしまう。近くの中央公園までしみじみと一年を振り返りながら歩く。



 二週間前にここで私は誘拐されたのだ。そんな事件があってか近隣住民が時々見回りをしては、たむろする学生に注意喚起を呼びかけている。そのお陰もあっていまこの公園には人の気配も無い。拓けた野球フェンスのある広場をそのまま歩いて石碑に向かうと誰かがぽつんと一人座っていた。



 もこもこのコートを着込んですっぽりと頭からフードを被っている。



 その人物が此方に気付いて一瞬だけ顔を向けたが、暗いのとフードで顔のほとんどが隠れていてよく見えなかった。



「一ヶ月ぶりくらいかな。久しぶりだね、沙穂」

「玲奈……、なの?」



 フードを取るとまぎれもなく玲奈だった。



「親友の声も忘れちゃったのかな」

「これまで何処にいて、何をしてたんだよ!」

「声が大きいよ。少しお話ししようと思ってね、クリスマスなわけだし。もう会うこともない親友に別れの挨拶も兼ねて、ね」

「これからどうするの?」

「さあ、どうするんだろう。でも、私は希望を見つけたよ。ううん、見つけてもらった、かな」

「もう……、殺さないよね?」



 その問いがとても空しく、もっと他に聞きたいことがあったのにどうしてこんなつまらない事を聞いてしまったのだろうという悔しさ。そんなつまらない質問にも、「私は小山内玲威を殺したから。もう誰かを自分の意志で殺すつもりはないかな。小山内家や国津罪の弱みを信頼できる海津原さんに握らせたし、私としてはもう終わりのつもり」肩の荷が下りたような柔らかい笑顔だ。



「事件についてもう一つ聞いていい?」

「うん。クリスマスプレゼントになんでも」

「玲奈を精神的に追い詰めた情報屋って?」

「それは言えないよ。あの人も私と同じ立場の人だから、ごめんね。代わりのプレゼントになるか判らないけど」



 玲奈はゆっくりと近付いてくる。手には何も持っていない。服にはどうだろう。モコモコのコートの内側やポケット。私の視線に玲奈は、「ああ、信用無いな。じゃあ」コートを脱いで石碑台に置く。少し寒そうな出で立ちだが隠し持てるモノもないのは証明された。



「なにするの?」

「なにをするのでしょう」



 なめまかしく細めた眼と淫靡に形作った口元。



 動けない私にヌイっと顔を近づけ、唇に触れた温かさは一瞬。直ぐに身を引いた玲奈は笑い、「奉像……、ううん、降旗先生に嫉妬してるかも」無邪気な年相応に一変した笑顔。



「じゃあ、もう行くとしようかな。友達になってくれてありがとう。暗号じゃなくて、直接言いたかった、藤井玲奈としての正直な気持ちと想い」



 玲奈はあっけらかんとした声で言って、コートに袖を通すとすぐ入口傍に停車してある車に乗り込んで何処かに行ってしまった。



「わわわ……。ファーストキスなのにぃ!」



 石化が解けたように私は頬を両手で押さえながら昂ぶる感情を押さえつけようとした。接吻ってこんなに柔らかくて温かいものなのか。いや、柔らかいのが少女の唇だったからできっと男性なんてガサガサで硬いに違いない。ああ、そうじゃなくって、ファーストキスだってばぁ。



 手をうちわのようにして仰ぎながら石碑台にもたれると、裏側に何かあるのを見つけ、「ああ……、また、そんな」夜の散歩に出歩いたことを酷く後悔した。



 御座の上で壷を抱いた首の無い成人男性の遺体。彼の手には中程でたたき折られた太刀。間違いなく彼は指名手配されている神崎富美恵に違いない。そんな彼を取り囲むように八つの頭が並べられていた。



「生きる希望って、なに?」



 車が去った方を見て呟いた。

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作家探偵はジャンル違い!? 幸田跳丸 @hanemaru0320

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