第27話 首切りの剣2

 玲奈はセンセを睨み付けるだけで、その協力者について喋ろうとはしない。



「国津罪たちが執り行う祭儀は秘匿とされていて、どうしてか警察組織は小山内家に触れたがらない。秘匿なのに変ですよね、警察からしたらただの神職の家系だというのに」



 この構図に目を瞑ればミステリーで探偵役が犯人を追い詰めているシーンだ。二人が独特な構えを同時に解き、「ミステリー小説に鞍替えをするの?」嘲笑する玲奈に、「まさか」肩を竦ませるセンセ。



「警察のお偉いさんが国津罪に在籍、もしくは何かしらの関係を持っている、と考えれば納得はできます。祭儀の型を模した連続事件。飾り付けや運搬を一人の少女にこなせるとは思えない」

「作家さんの妄想を真実に変える証拠がないよ。つまらない話をしたいのか、時間稼ぎをして警察の応援を待っているの?」



 センセの言っていることは私が聞いても荒唐無稽な妄想にしか聞こえない。何を言っているんだ、と一蹴されてしまう戯れ言に、「信頼できる情報屋を俺は信じているだけだよ」それに、「久内刑事を捜査から外したことや、東儀さんや久内刑事の証言があっても俺が釈放されなかった理由こそ、警察が、いや一部の上層部が小山内家を探られて欲しくない裏付けになる」被害者の私が訴えているのに信じてもらえなかった疑問もそう考えれば頷けてしまう。



 それでもやっぱりそんな、それだけの理由で玲奈の深層に溜めた闇を利用して、都合の悪い人間を殺させたなんて話を鵜呑みにできるほど私の頭はおめでたくはない。



「誰に何を吹き込まれたのか、話してくれるかな?」




 その答えに対して玲奈は再び構えを取る。



 話すつもりはない。話せないのかもしれない。互いに構えを取りはしたものの、玲奈の動きが少し変化していた。焦っている。すり足も砂利を巻き込んで不安定な足運びになっているのもそうだし、折れない柱のような構えわずかではあるがブレのようなものが垣間見えた。



「やっ!」



 左足で地面を蹴って距離を一気に縮めながら振り下ろす刀。彼女の右手が離れ、左手首は限界まで捻られる。斬撃の軌道は変わりセンセの首を狙う。バッサリと血を拭き上げて倒れ込むセンセのちょっと先の未来が嫌でも脳裏に描かれる。



 私は顔を逸らしてしまった。



 二度硬い音がした。



 一回目は勢いよく叩き付けたような音。



 二回目は地面を跳ねて転がる音。



 どうなったのか気になる私はゆっくりと顔を二人に向け、「え……、そんな」その光景に一切の感情が言葉と共に失われた。



 地面には玲奈の刀が転がっていて、センセの木刀は彼女の首に触れるか触れないかの一で制止していた。



「なにが……、起きたの?」



 結果だけ見ればセンセの勝利だ。勝利ではあるが過程を見逃していたので、どうしてこんな結果になったのかまったく理解できなかった。センセに勝てる要素なんてなかったはずだ。それがどうしてこうなったのか。



「私にもよく見えなかったが……、降旗さんは迫る刀を木刀で叩き落とすと、そのまま手首を翻して彼女の首に木刀を振った。いや、だがしかし、あれは早すぎる。後出しで得物を落とさせる剛力と速度、なにより彼の瞬発力が人間離れしている」



 一番この状況に驚いているのは玲奈だった。目を見開いて足下に転がる刀と自分の手、そしてセンセを順番に見て、「奉像の、本流の首切り剣術……」膝から崩れ落ちてしまった。



「教えてくれるかな、真実を」

「名前は判らない。でも、情報屋の人。私が刀を運ばせた情報屋じゃない別の情報屋。私の内面を暴くような、私の内面を見て嘲るように笑う人……。逆らったら殺される、死んでも追いかけてくる、そんな想像が私の頭に張り付いて……、とても怖くて、でも彼の話を聞いていると、ああ、こういう生き方も肯定してくれる人なんだって」

「なるほど。玲奈さんが起こした事件を引き起こさせたのはその情報屋ということだね」



 玲奈は、「なすべきことをなさねば後悔に生きる。彼女の言葉が私の背中を押したの」頷いた。



「私はまだ捕まってはいけないの。やることがあるから」



 直刀を掴んで思いっきり横薙ぎに振るった勢いで背を向けて立ち上がり、そのまま闇の中へと駆けた。久内刑事がその後を追っていったけど直ぐに戻ってきて、「逃げられた。たぶん、協力者が近くに控えていたんだろう」悔しそうに言って、「ひとまず未成年者の女の子を自宅まで送らなければいけないな」素早く切り替えた。



「お説教はまた次回ね。疲れたよ、俺は」

「センセにまた助けられちゃいましたね」

「もう嫌だね」



 思いっきり顎を突き出して嫌々な顔をしてみせた。



 もう事件は終わったんだと思う。



玲奈はきっと二度ともう私の前に姿を現さない。親友の私ができるのは、彼女が何処にいても元気にいてくれるよう願ってあげることだけ。彼女の侵した罪は許されることでは無いけれど、私は彼女を受け入れていくつもりだ。まだ村瀬さんを殺した反発も強いけど、私の中を少しずつ整理整頓して余裕が出来たら許してあげよう。誰かが許さないと玲奈は一生ひとりぼっちになってしまうから。



 これから少し忙しくなる気もしている。センセと約束した、事件解決したら村瀬さんのお墓参りに行くのもそうだし、久内刑事からは事情を聞かれて、祥子さんにはお礼の報酬を考えなくてはいけない。



――玲奈、私は自分の生きる道を歩むから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る