第26話 首切りの剣1

 私はメールを受けてから胴着に着替えて家を飛び出した。お父さんとお母さんにはまた心配を掛けることにはなるけど、きっと大丈夫。御免なさい。私の周りの人達に心から謝罪しておく。



 私に送られてきた暗号は祥子さんに解いてもらった。私の知識や頭の出来では難解な暗号も彼女の手に掛かればものの数分だった。偏った知識しかない棒振り一辺倒の女子校生ができることといえば、行動を起こすことくらいだ。



 センセからの依頼という形で依頼された祥子さんが、確認を取ることくらいは想像が付く。私が馬鹿だということを踏んで犯人が指定した待ち合わせ場所だけは教えていない。



「さっむいなぁ」



 言葉に出したところで寒くなくなるわけではないのは承知しているし、これから私がどうなるかなんて考えるだけでゾッとして余計に寒くなる。気を紛らわすために何かを喋りたい口は、「大丈夫……、大丈夫」自己暗示を掛けるように、寒いとを交互に時々呟いていた。



 途中、何度かセンセから電話が鳴っていたがそれらを全部無視していた。良心が痛む。きっとまた私を探し回っているのだ。今度は本気で怒られるかもしれない。普段は温厚でイエスマンなセンセだけど、病院で私を救い出してくれたときの顔は一生忘れることは出来やしない。



 ちょっと怒った風でいて、安堵と喜びと疲労等々がない交ぜになった可笑しくも頼もしく、格好いい顔。



 無理矢理弟子入りしただけの私にここまで必死になってくれることが嬉しかった。あの時は気を失ったフリをしてお姫様抱っこされながら、薄く開けた瞼から彼の顔をまじまじとしたから見上げていた。何度も大丈夫だよと声を掛けてくれた彼の声。



「あーあ、初恋って叶わないみたいだし……、そもそも初恋なの? 違うか。私の初恋は石田三成様だし、センセは二人目? あれ、二人目ならこの恋叶ちゃったり、しちゃったり?  きゃはっ!」



――ああ、馬鹿だなぁ。



 自分でも判る。世間一般で言う頭の弱い女子高生だってことくらい自認しているさ。でもでも、そんな頭の弱い女子高生でも交した約束を守ることくらいは出来る。



――犯人は絶対に捕まえる。



 21世紀の森の公園はもう閉園時間を過ぎているので門は閉められている。防犯カメラにはバッチリと私が門をよじ登っている姿が映っているかもしれない。犯罪なんだよね。住居侵入罪だとどれほどの罰則が適応されるのかな。



「そんな罰則なんか怖くないもん! っと」



 園内に侵入することができた。



――まずは謝らなきゃ。



 ずんずんと坂を下りて、ちょうど高架下に人影を発見した。



「丁度良い時間かな」

「自転車かっ飛ばしてきたからね。約束の時間が指定されていなかったけど?」

「ご免ね。忘れてた」

「そっか。で、何読んでたの?」

「降旗先生の小説」

「そっか。面白い?」

「どうかな。まだ読み始めたばかりだから」



 外灯の下。彼女もまた袴姿だった。私のように侍風ではなく彼女は白衣に白袴。神職を彷彿とさせる。



「まず謝らせて欲しいんだ」

「なにを?」

「ごめんね。守れなかった」

「なにを?」

「お友達として守るって」

「そんな約束した?」

「したよ。玲奈・・は頭良いから忘れないよね」

「私は小山内玲威だけど? 死んだ玲奈姉さんのことを言っているなら墓前に手を合わせれば? ああ、できないか。沙穂、貴女も死ぬんだから」



 手に持った得物。



 直刀。



 鞘から抜くと外灯を反射する鋭利な銀。



 対する私は竹刀袋から木刀を取り出した。



 真剣相手に心許ない一振りだが私にはこれしかない。



 息を吐きながら腰を少し落とす。左足を半歩前に出して右足は半歩引く。時計で見ると足先は3時だ。木刀の切っ先は右足の小指近くに。私が得意とする変則的な下段の構え。



「ねえ、玲奈」

「なに?」

「やっぱり玲奈じゃん」

「玲奈は死んだの。眼の色だって」

「カラコンでしょ? 私は玲奈と話したいの。来世は妹になりたいっていってたでしょ。別に妹じゃなくてもいいじゃん。優しいお姉ちゃんで、私の親友で、それじゃダメ?」

「可愛い妹と親友を殺した殺人犯だよ」



 外灯の下。玲奈はコンタクトを取って灰色の眼で私を見据えた。



「まだ私は死んでないんだけどぉ」

「死ぬよ、直ぐに。だって、沙穂って弱いもん」



 玲奈は道場で見せた両肘を高く伸ばした大上段。首切りの祭儀を任されて明治から現代まで伝えられてきた小山内の剣。



――大丈夫。殺し合いをするわけじゃない。意識は常にあの直刀。考えるのは相手を倒すんじゃなくて、あの得物をどうにかすればいい。



 相手は処刑の業を磨いてきたけど、こっちは実戦の業を磨いてきた。



――斬り合いなら私に分がある……、はず。



 玲奈との間合いを少しずつ詰めていく。彼女の一撃は片手面による首を狙った一撃。あれ、待って。彼女の業は相手が座っているのが前提の一撃。立ち向かう私に対しても首を狙うのかな。それとも普通に袈裟斬りなのかな。



――ええい、そんなことはどうでもいいんだ。



 落ち着け。落ち着け。私はゆっくりと息を吸い込んで、同じように長くゆっくりと吐き出す。



 彼女の振り上げた刀は微動にも揺れない。



「怖い? 大丈夫。首、刎ねてあげるから」

「自分で首を狙ってますよ、って暴露してるじゃん」

「ほんと、おかしいよね」



 一瞬だけ笑った玲奈に油断したことに気が付いたのは、彼女が大きく踏み込んで、刀を振り下ろし始めた時だった。「ぐっ」驚きで息が止まったが、生存本能というのだろうか。私の身体は私がイメージしていた通りの動きをする。



 下段から斬り上げるのではなく、上半身を左に逸らしながら刀の角度を変えずに引き上げる。



 玲奈の右手が柄から離れた。左手首が内側に捻られることで刀の角度が鈍角に、しかしそこで軌道が垂直のものから袈裟の軌道に変わり、どう考えても不自然な加速度で私の首を狙った。



 一瞬の出遅れだったけど、木刀を打った刃は角度が鈍角なことも功を成して、そのまま滑っていく。このまま流して反撃の一撃を彼女の手首に決定打を叩き込む。道筋を書き上がっていた私は木刀を滑っていく刀に注視していた。予期しない玲奈の動き。柄に再び右手でしっかりと握るとそのまま手首を反転させた。つまり木刀を滑る彼女の刃が反転して私を向く。漫画でもないのだから木刀をそのまま切断するなんてことはできるはずもない。



 二之手を模索する前に、左足を大きく一歩踏み出すと同時に身体を大きく捻りながら一閃に振るった玲奈。



 上段からの攻撃に対しての受けの構えだった私は真横からの一撃に耐えられず、咄嗟に力が加わる方向へと跳んで転がった。



「ちょっと、殺す気だったでしょ!?」

「うん。そのつもりだったけど?」



 返す言葉もありません。玲奈はもとから私を殺す気でいたんだから当然だ。死と隣り合わせた私の鼓動やテンションが自制の利かないくらいに爆発して、「あっぶないなぁ! 死んだら毎晩化けてやるからなぁ」おもいっきり睨み付けてやった。



 首を刎ねる一撃を磨いてきたとばかり思っていたのが油断だった。反省する。彼女も咄嗟の行動だったのか。それにしては落ち着いた素早い対応だ。



 砂利を払いながら立ち上がって今度は正眼に構える。玲奈に相性のいいと踏んでいた下段の守りも通じないなら、もうなんでもありの実戦剣術だ。



 その前に。



「ひとつ、聞いてもいい?」

「うん。なに?」

「村瀬さん……。村瀬牧人をどうして殺したの?」

「降旗先生の編集者さんね。どうしてだと思う?」

「判らないから聞いてるんでしょ!」



 構えもせずに玲奈は、「私に援助交際を持ちかけてきたの。もちろん断ったし、そんな理由では殺さない。彼ね、降旗先生に嫉妬していたみたいだし、ある人に聞いたら彼、二年くらい前に何人もの女の子に迫って自殺させていたみたいなの。裁いてもいい罪が転がり込んできた、それだけだよ」世間話をするような気楽な口調で言った。



「どうして罪人を自分の手で殺そうなんて思ったの?」

「一つだけじゃなかったの?」

「私馬鹿だから覚えてないよ!」

「可愛い子。いいよ、教えてあげる。親友だもんね、沙穂は」



 ニッコリと笑んだ玲奈は語り始める。



「私の実家、小山内家が首斬りの祭儀を取り仕切る神職の家系なのはもう知っているよね。厳しい修行の日々。犯罪や罪に対して潔癖な父に育てられたらどう? 色んなことに興味を持つ子供からしてみれば、良い迷惑だよね。それに親戚から妹はちやほやされて私は可愛がられない。どんな気持ちだと思うか寄り添って考えてみて。頑張っても褒められない。良いことをしても当たり前。玲威は偉い。玲威は頑張った。じゃあ私はなに? あの家の中で小山内玲奈はどういう存在なの。幼い頃から苦悩の日々を過ごしていると、家の教えに反発して悪い事をしようって思うのは自然だよ。何をしても構ってもらえない子供がグレるのと一緒。妹の背中に熱したお湯を掛けたときは気持ちよかった。ああ、私は特別なことをしているんだって。でも、もっと良い方法を思いついたの。逃げ出したお母さんはいらないし、妹が可愛がられるなら妹になればいいんだって」

「だから……、殺したの?」



 言葉では無く微笑みの返答。



 玲奈の玲威に対する嫉妬はもう狂気さえ感じられるほどだ。



「殺しても私が捕まったら意味が無い。だから私はお母さんの実家に身を寄せて、無差別連続殺人事件を起こして、妹には小山内玲奈として死んでもらおうって。それなのに、余計な誰かさんが私の影でこそこそ罪も無い人を殺して回るんだから」

「神崎富美恵?」

「わざわざ展示館から、ある企業にどういうアプローチで助力を得て太刀を盗みだしたかは知らないけど」

「玲奈の直刀はどうしたの?」



 本物の刀なんてそうそう手に入れられるはずもない。実家にあったのを持ってきた、というのはちょっと無理がある。打ち合った時に注視していたけど、腕の立つ職人が仕上げた一品だというのは明らかだ。



「ある情報屋に小山内家が秘匿とする祭儀や関係者の情報と交換してもらったの」

「情報屋ってそんなこともするの? 私の知り合いの人はそんなことしないと思うけど」

「刀を渡されたときに言われたよ。僕は情報屋であって、運送屋でも仲介屋でもないって。話が逸れちゃったね、他に聞きたいことある?」



 灰色の目が私を見る。



「こんなこと止めない? 私まだ死にたくないし、玲奈にこれ以上罪を重ねて欲しくないよ?」

「なら私の心を助けて、親友なんでしょう?」



 玲奈は石柱に置いてあった携帯電話を弄りだし、「止められるなら……、止めてよ」真上を走る車の音に掻き消えそうな小さな声で、しかし私はしっかりと玲奈の声を聞いた。



「もうすぐ沙穂のセンセが来るよ。首の無い死体を晒すのは恥ずかしいなら、私を止めてみて」

「玲威ちゃんは玲奈が大好きだったんだよね。私も大好き。私みたいな時代劇マニアと友達になってくれたんだもん。絶対に止めてあげる。今度は約束守るよ」



 こっちには引けない理由がある。



「真っ直ぐな眼が玲威そっくり」



 大上段にまた構えた玲奈が舞踏のようなすり足で右回りに円を描くように距離を詰めてくる。常に彼女の中心線に木刀を捉えながら此方も一歩一歩と寄る。



 近くには投げつけるモノも楯にできそうなものもない。砂利を踏みしめる音が段々と近付く度に私の中で押さえ込んでいた恐怖が増して大きくなっていく感覚。飲まれるなと叱咤して大きく踏み込んだ。



「てやぁ!」



 発声することで恐怖に打ち勝つ。



 繰り出すは刺突。がら空きになった腹部に見舞えば苦痛悶絶は必至。あと少しの距離で届くといったところで視界が塞がれた。顔にパチパチと何か小さなモノが幾つも当たった。



「実戦剣術が活かせてないよ、沙穂」



 痛む眼を開けると視界のほぼすべてを埋める彼女の灰の眼。腰に差した黒鞘が私の鳩尾に叩き込まれた。そのまま身体を丸めて倒れ込み盛大に咳き込む。先程の視界を奪った目の痛みの正体は砂利だったのか。下駄を脱いだ足の指で砂利を掴み蹴り上げるように砂利を私の顔に浴びせたのだ。



 咳き込み、涙で視界がぼやけるなか、無理矢理仰向けに転がされて、玲奈に馬乗りにされた。首に充てている直刀の冷たさ。喉を鳴らせば肉に刃が食い込んでしまう嫌な想像。このまま彼女が体重を掛ければ難なく私の首は断たれる。



「守れなかったね? 二度も、私を」

「やめて……、玲奈」



 喋るのも怖い。



 でも喋る。訴えかける。実力で彼女に劣っているなら彼女の残っている善意に訴えかけるくらいしか方法はない。



「もう少し、チャンスを上げる」



 玲奈は私からゆっくりと退いて、立つように言った。



――止めてほしいんだ。



 応えねばならない。親友が助けを求めるその手に。



「もう油断しないから」

「初めからしないでよ。命のやりとりをしているんだよ、私たち」



 やはりこれしかない。



 私は最初に構えた下段を取る。玲奈はこの下段がどういう手段で用いられるかをさっきの打ち合いで知っている。この業は力で勝てない大人達を相手から一本取る為に研究した一之手で流し、二之手で反撃に出るというもの。



 玲奈にまだ二之手は披露していない。



 彼女を打倒するならもうこの構えしか持ち合わせていないのだ。



 もちろん玲奈も大上段。



 私が見た業は袈裟斬りと横薙ぎ、鞘の打突、この三種。まだまだ未知数の業が控えているかも知れないというのに、私に残された手は残り一つ。集中して、成功させるしかない。



 すり足で円を描くように右回りにまた詰めてくる。



 私からは動かない。焦れったく逸る気持ち抑えて好機の瞬間にだけ目を光らせておく。円描きを止めた玲奈が一足で大きく跳ぶ。



――さっきより速く!



 勢いよく刀を引き上げると、先程と同じように木刀の上を滑るが、私はもう玲奈の刀を見てはいない。また反転が来る前に、彼女の延びた右手が柄に触れたタイミングで、腰と腕の筋肉を限界まで伸ばしながら無理矢理木刀を引き上げた。



 突如として支えを失った玲奈は少しだけ姿勢を崩した。好機。木刀を翻して二之手に転じる。宙を不安定にブレる刀を真上から勢いよく叩き付ける。玲奈は衝撃でバランスをさらに崩し、同時に手から刀が落ちた。



 私も木刀から手を離して玲奈に密着してそのまま押し倒す。何が起きたのか、といった彼女の大きく開けた眼は振り上げる私の拳に釘付けになる。



「殴ってでも止めてあげるよ!」



 端正な容姿は笑みを作り、私はそれを一瞬だけ見て頬を殴りつけた。



「いったぁ!」

「殴った私も痛いんだぞぅ!」



 もう一発、あともう一発、とりあえず三発殴ると彼女はもう抵抗をしようとはしなかった。



「もういいよね。ちゃんと止めたよ、友人として。今度は守ったから」

「油断した私の負けかな。でも、三勝一敗だから、私の勝ち越し」

「罪を償ってよ?」



 一度目を閉じて大きな溜息を吐いた玲奈に、溜息をつきたいのはこっちだよと言ってやりたかった。あげくには、「沙穂って少し重いんだね」なんて笑う。



 ええ、ええ、そうですか。なら降りてあげなくちゃね。まったく失礼な彼女から身を退けようとした時、私は激しく横転した。器用に腕と足を使ってはね除けられたのだ。何事かを問おうと彼女を見上げて、「なんの……、冗談?」眼前に突きつけられた刀の切っ先を一瞥してから玲奈を睨み上げる。



「第二ラウンドだよ。止めるならちゃんと止めなきゃ。私は学習するけど、沙穂は何度も油断するのは良くないよ。親友としての忠告」

「私を殺す?」

「そう言ったよね?」



 木刀はさっきどこかに放り投げたので、たぶん遠くまでは放ってはいないと思うけど、少なくとも手の届く範囲に無いのは確か。彼女ほどの実力者だ。私が回避したところでその刀でバッサリと斬り捨てられる。刀を突きつけられた状態でタックルなんてできっこない。



 振り上げられる刀。肘を真っ直ぐに、切っ先から足先までが一本の直刀のように真っ直ぐだ。彼女の信念は曲がらない。真っ直ぐに生きる。真っ直ぐに忠実に。



――ああ、もう助からないや。



 自分の命が尽きようとしているのに、どうしてここまで落ち着いているのか。いや諦めきっているのか。人は為す術も無い死に対してこんな風に泣きわめくこともしないのだろうか。



 私が眼を瞑ると、「沙穂。いいお友達でいてくれてありがとう」別れの言葉。



 頭上辺りでガンッという音が鳴る。



 頭がたたき割られた音だろうか。しかし痛みも無い。即死かな。だけど玲奈は頭なんて狙わない。私は彼女が斬りやすいように最後はうなじを晒していたのだから。



「帰ったらお説教だからね」



 聞き慣れた声にハッとして眼を開けると、振り下ろされた一撃を木刀一本で受ける男性の背中。すぐにセンセだと判った。肩を大きく上下して息を切らしている様子で、足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がった。



 玲奈も大の男と鍔迫り合いなんてするつもりもなく距離を空けた。



「キミは小山内玲奈さんでいいんだよね?」

「確認することに意味はあるかな? 降旗先生はもう知っているはずだよ」

「私からも一つ確認。降旗先生じゃないよね?」



――え、どういう意味?



 目の前で木刀を握る頼りないヒョロッとした体躯の男性は見間違うこともない降旗センセだ。相手を油断させる虚言にしては玲奈らしくないような気がする。



「私、知ってるよ。奉像さんでしょ? 私の家に首切りの剣術を伝えた国津罪に名を連ねる奉像当主の長子」

「父とは縁を切っているんだ。俺は降旗久七。あまり売れないSF作家だよ」

「剣じゃなくてペンを握れば?」

「ああ、本当にジャンル違いだよね。できればこんなモノなんて持ちたくない。嫌でも思い出すんだ、クソ親父の毎日のしごきをね。キミなら共感してもらえると思うんだけど?」

「そうだね。親の押しつけは厳守。時代錯誤な悪習を継がせようと躍起になってる。私たちに選択する余地なんてなかった。でも、降旗先生は放棄したんだよね。だから、降旗って名乗ってる。旗を降ろしてして降参してるの。その苗字もアナグラムで付けたの?」

「名推理だよ。キミはミステリーに向いているかもしれないな」

「結構好きだよ、ミステリー。でも残念だな、降旗先生とはジャンル違いだよ」



 玲奈は大上段の構えを取り、センセも一度道場で見せた独特な構え。



 地から天に昇る柱のような玲奈。



 右足を大きく前外側に伸ばし、30代半ばにはしんどそうなくらいに腰を落とす。木刀は地面と水平になるように頭上で構える。



「そんな構え知らない……」

「そうだろうね。これが本来、奉像の構えだから。小山内家に伝授した業はあくまで、本流から派生した試作の業なんだよ」

「使えない業を私の家に伝えた、ということ?」

「使えないわけではないよ。実際に明治からここ最近数十年前まで実際に首を刎ねていたわけだし」



 二人の構えは身体に結構負担が掛かるはずなのに微動にもしない。



「東儀沙穂さん、無事だったか。さあ安全な場所まで」



 久内刑事が到着して私を二人から引き離していく。「待って。見届けたい」懇願すると渋い顔をされたが、「私と彼、須藤君から離れないように」私の補助を須藤さんに任せて懐から拳銃を引き抜いた。



 最悪の場合はこのまま射殺もやむなしという雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。



「もう二つだけ聞いても良いかな。神崎富美恵さんの居場所とか知らない?」

「逃げたよ。七人目として殺そうと思っていたのに、七人目の首を勝手に刎ねるなんて酷いよね」

「そっか」



 距離を詰めていくのは玲奈だった。センセはその体勢のまま動かない。不用意に責めないのはセンセの業を警戒してのことだとは思う。センセの家系とか剣術とかは知らないからなんとも言えないけど、引きこもり体質でずっと小説を書いたり、DVD鑑賞で日々を過ごしているセンセがそこまで強いとは思えない。



 普段の様子から判断して私の方が絶対に強いはず。



 そこまで言い切れる自信がある。



 だというのに、玲奈の外灯に照らされた表情は攻めあぐねて少し苛立っているように見える。



「もう一つの聞きたいことを早く聞いてほしいな。首落ちたらもう聞けないよ?」

「ああ、うん。そうだね。今回の事件はキミ一人の犯行ではない。協力者がいるはずなんだ。その人物について教えてくれるかな」



 その場の誰もが耳を疑ったと思う。



 玲奈も明らかに表情を一瞬だけ引き攣らせた。

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