第2話 元騎士団長の傭兵、依頼を受ける

「……バナナ?」


 眉間の皺が更に深くなる。


「はい。四年前から巷を騒がせている窃盗集団のことです」

「あぁ、知っている。名前が特殊すぎるからな。嫌でも覚える」


 ギバだけでなく、アイラもそういう思いをしているようで苦い顔をしている。


「ブラウン家の屋敷に侵入し、逃げていった集団を衛兵やたまたま屋敷近くにいた商人など数多くの方が目撃したそうです。

 その集団は犯行の直前に近くの酒場で別の客と喧嘩をしていて、その最中に

『自分はバナナ盗賊団だ』

と豪語していました。

 結構激しい喧嘩だったようで、記憶に残っている人達が多いのは、不幸中の幸いでした」


「なるほど。屋敷での目撃情報と喧嘩していたという集団が一致して、すぐに特定できたわけだな。

 ……だが珍しいな」


「そうですね。奴らが主に盗むのは魔道具です。それも安価な人工の魔道具から高価な天然物まで多岐に渡ります。

 しかし今回のターゲットは貴族の娘。今までの傾向とは大きく異なります」


 アイラの言葉を聞きながら、資料の続きを読む。


「しかも犯行声明もないのか。

 身代金目的でないとすると、最悪どこかに売られる可能性もあるな」

「そうですね。何故か奴らは人身売買や奴隷商売にも手を染めています。もしリラ様に何かあったら……」

「面倒ごとになるな……」


 ギバの顔にはありありとその光景が見えていたのか、深いため息を漏らす。


「更にいうと、奴らのアジトも未だ不明。

 恐らく、ここ王都の周辺にあることは間違いないでしょうが。

 国や貴族を脅かす程の犯罪もしていないこともあって、騎士団ではノーマークとなっていました」


「なら、自警団に依頼すればよいだろう?

 彼らならこの周辺の地理も詳しい。

 すぐに盗賊団のアジトも突き止められるんじゃないか?」


「フッ」


 ギバの発言にアイラは自虐的に笑みを溢す。


「ご存じでしょう? 私達と彼らの折り合いが良くないことを」

「あぁ。そうだったな」


 ギバは眉間に手を当てて、天井を見上げた。

 共に国・街の治安維持を担う両者であったが、貴族中心の騎士団と平民中心で成り立つ自警団では、元々反目することが多く、仲が良いとは言えない関係だった。

 特に六年前からその溝がかなり深まった。

 両者、王都内で事件が起こる度にいがみ合っている。


「ギバさんが騎士団長を務めていた頃は、だいぶましだったのですが。

 騎士団と自警団が手を取り合って解決した事件も数々ありました」

「…………」

「ですが、辞任させられてしまった後は、ギバさんが団長に就任する以前の頃くらい、いえ、更にひどく対立して……傭兵となった今でも伝わっていますでしょう?」

「耳にはしている」


 平静を装っているが、アイラの言葉の節々から悲痛さを感じる。

 王都を歩く度に騎士団と自警団が睨み合い、口論しているところを目にする。

 直接危害を加えるということはないが、一触即発状態なのは否めない。

 騎士団であるアイラが情報提供を願い出たとしても、簡単に引き渡すことはないだろう。


「それで私というわけか」


 ギバの発言にアイラは大きく頷いた。


「今でも、傭兵として、王都中の数々の事件を解決してきたと聞いています。

 その団長……ギバさんなら、必ずや力になっていただけると」

「過剰評価だな」

「そんな。ギバさんの実力・指揮能力、事件解決力は騎士団時代でもトップクラスでした。その実力は今も――」

「私はただ、自分の信念に従ってきただけだ。それに今はもう違う」


 そう言って、ギバは資料を机の上にバシンと置くと、立ち上がった。


「とにかく、犯人の目星はついているんだ。

 王都のことがわかれば、そう難しい事件でもない。

 最近変わったことがある。見かけない人が現れた。そういうのをひとつひとつ探れば、すぐに救出できるはずだ」


「!? それでは?」


「協力しよう」


 身支度を整えながら、ギバは答える。


「ありがとうございます」


 アイラも椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。


「急なお願いにかかわらず引き受けてくださり大変助かります。報酬は弾ませてもらいますので」

「相場通りで良い。それよりもおそらく時間がない。

 さっそく聞き込みにいこう」


 アイラと会話しながら、淡々と手早く準備を終えたギバは愛刀である大剣を持って、外に出ようとドアノブを掴むと


「あの!」


とアイラが呼び止めた。


「……なんだ?」

「あ、いえ、その」


 衝動的に止めてしまったのだろう。戸惑っているのが目に見える。

 言いたいことがあるが、言ってしまっていいのか、と悩んでいるようだった。

 だが、すぐに意を決してギュッと拳を握ると、


「戻る気はないのでしょうか? 騎士団に」

「ないな」

「っ!! ですが!」


 即答して断るギバの言葉を聞いて、傷付いたように表情を歪めるアイラ。


「貴方がいなくなって、騎士団は瓦解しています。

 ギバ・フェルゼンという柱がなくなり、歩むべき道がわからなくなってしまっています。

 自警団との問題もそうです」

「私にはもう関係ないな」


 そんなのは今の騎士団長に進言すればいいだろう、と冷たくあしらうと、アイラはギリッと悔しそうに歯ぎしりをして「ですが!」と叫んだ。

 しかし、ギバはその叫びに被せるように


「――それに元老院が許さないんじゃないか?」


と静かに述べて、白熱しそうなアイラにブレーキをかけた。

 すると、負け惜しみを言うようにボソッと


「あのじじぃ達には言わせておけばいいんですよ」


と普段の冷静な彼女のイメージとはかけ離れた言動に、ギバは困ったように舌で頬を押す。


「……君の言いたいことはわかるが、元老院の発言を甘く見ない方が良い。

 彼らの言葉ひとつで下級貴族が落ちぶれることだってある」

「それは……わかっていますが」

「元々嫌われている。私は地方貴族の出だからな。

 彼らからしてみれば、地方貴族のサルが騎士団長になること自体不快なんだ」

「…………」

「今更戻れるなんて思ってはいない。

 君だってその報いは受けたはずだ。元副団長?」


 ギバがそう言うと、アイラは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「今は第一師団の師団長だったか?」

「えぇ。で私も降格処分を受けました。

 ですが、それはギバさんが――」

「それに――」


 皆まで聞かずギバは口を挟んで、アイラは閉口する。

 ギバは持っている大剣を見た後、目を閉じる。

 そこに映るのは、片時も忘れることがない光景。

 先程の夢でも見てしまった。

 転がった首塚。肩から腰にかけてバッサリ斬られた女性。その女を抱き抱えて泣き叫び糾弾する男。


「『罪』が償えるまでは戻る気はない」


 ギバは扉を開けて、朝日で眩しく輝く外へ出ていった。

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