第1話 元騎士団長の傭兵、依頼を聞く
六年前。
「なんでですか!?」
黒髪の青年がそう叫ぶ。
「……なんで……なんで今更……! なんで!」
雲で覆われた暗い空の中、燃え盛るある廃墟。その周りで必死に何かを指示している騎士の者たち。
自分もあの騎士と同じ純白の鎧を着ていることに気がついた。
そして、青年の近くには身体と離れた首一つ。
青年の左目は潰れ、そして、何かを抱き抱えていた。
女性だ。肩から腰まで鋭利な刃物で斬られていた。
おそらくもう息はしていなかった。
「…………」
自分は何も言えなかった。言葉が詰まり、口が動かない。
ただ立ち尽くしてその場を見ているしかできなかった。
純白の鎧は次第に黒くなる。自身の気持ちを表現するように。
青年もはっきりと見えなくなる。
見えるのは右目の大粒の涙と左目の大量の血の涙。
そして怒りに満ちた顔だった。
青年は最後に叫んだ。
「答えろよ! 団長!」
★★★
「ハッ」
目が覚めた。少し古びた木目の天井を眺めてギバ・フェルゼンは起き上がる。
(夢か……)
夢で少し安堵する。少々臨場感があったが。
(それもそうか)
とギバは自嘲する。なんせ昔のことだったから。
「汗がひどいな」
悪い夢を見て、枕もびっしょり濡れる程の汗が出たらしい。顔が少し気持ち悪いな、とベッドから出て顔を洗うことにする。
そんな時だった。
「ギバさん! いますか!?」
遠慮のない大きなノック音が聞こえてきた。
タオルで濡れた顔を拭うと、ギバはドアを開けた。
そこにいたのは純白の鎧に身を包み、長い赤髪を後ろに纏めた女性だった。
「おはようございます」
アイラ・マヤ。騎士団第一師団の師団長だ。
彼女は相変わらずキチッとした敬礼をしていて、それを懐かしく思いつつ、
「なんだ?」
とぶっきらぼうに返す。
すると、アイラは言った。
「団長に至急依頼したいことが」
昔の呼称をしつつ、そう言うアイラは真剣そのもの。
どうやら遊びにきたわけではなさそうだ。
「詳しく聞こう」
ととりあえず家へ招き入れた。
部屋に入るとすぐに資料を渡してきたので、目を通して内容理解に努めた。
一通り資料を見た後、無造作に置かれた酒瓶を興味深く見ていたアイラに
「貴族の娘が誘拐されたのか?」
と概要の確認をする。
「えぇ。ブラウン家の一人娘リラ嬢が昨日攫われました」
アイラは平然とした顔で依頼内容を話し、ギバの向かいの椅子に座った。
「団長にも……」
「もう団長ではない」
言葉を被せて訂正すると、アイラは若干、悲しそうな顔をするが、すぐに平常心を取り戻し、
「……ギバさんにも、この娘の救出作戦に参加してくれませんか?」
そう言って、ギバを真っ直ぐ見た。
ギバは眉を顰めて、もう一度資料を読んだ。
「ブラウン家のご令嬢か。確か中央貴族とはいえ、下級の家だったな。
なぜ騎士団が動く?」
「それが、その娘――リラ・ブラウン様にはレッド家のご子息との婚約の話が出ておりまして」
「婚約? 資料によると年齢は十二とあるが」
ギバはリラ・ブラウンの情報が記載されているページを確認すると、アイラは冷静に頷く。
「正式に決まるのは成人――十五になってからですね……まだ、直接お話もしていないとか。
それで、以前、レッド家主催のパーティーが王都郊外であったでしょう?」
「噂では、聞いているな」
「さすがです。
そのパーティーにリラ様も参加していたんですが、そこでレッド家のご子息様に一目惚れされたようでして」
「なるほどな。レッド家は、この国の宰相を務める家柄。その家の関係者が攫われたとなれば、騎士団も動かざるをえないか」
ギバは、舌で頬を押して、背もたれに体重をかけると、
「それにしても、騎士団を駆り出す程とは。相当気に入られたんだな」
「えぇ。それはもう。そういうお話をされること自体、嫌いな方ですからね。
縁談の話とかも断っていたのに、今回は珍しく執着しているようでして」
確かレッド家の子息の年齢は二十だ、と記憶している。
品行方正と評され、その若さでもう重要な仕事を任されている程の有能な男だった。
しかし、恋愛となると話は別だった。自分は興味ない、と膨大な縁談を突っぱねて、そういう話自体避けている傾向にあった。
そんな男がリラ・ブラウンという娘に対しては別だということにギバは密かに驚きを感じていた。
「それにレッド家だけでなく、ブラウン家からも」
「何?」
「リラ様のご両親は、彼女をとても溺愛しておりまして、いなくなったとわかるや否や我々騎士団とレッド家に連絡をしてきました。
レッド家にも連絡したのは騎士団を即座に動かしたい、という目論見もあったようです」
「なるほどな」
ギバはもう一度資料を眺める。
「犯人の目星はついているんだな?」
「はい。資料に書いてある通り、『バナナ盗賊団』でしょう」
「……バナナ?」
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