Scene6-3

―雅孝―

朔也との過去を話し終わると、慶一さんは小さく息をついた。

「そんな事があったんだ。」

「はい…。」

「今でも好きなんだ。その人のこと。」

言われ、少し考える。

「…いえ、そんなことは。」

「嘘だろ。」

「どうしてですか。」

不思議に思って聞くと、慶一さんは何故か気まずそうに目を逸らした。

「…慶一さん?」

ごめん、と謝られて首を傾げる。

「何がですか。」

「実は…見ちゃったんだよ。あんたの会社に行った時、引き出しに…」

「…ああ。」

言われて思い出した。そういえば指輪をケースごと、デスクの中に入れたままだった。

「あれは…処分しそびれて、ずっと置いてあるだけです。」

「…ふうん?」

「本当ですって。確かに…手に取ることが、無かったわけじゃありませんが。」

傷だらけのシルバーリング。そこに積み重ねられた二人の思い出を捨ててしまうには、もう少しだけ時間が必要だったのかもしれない。

だけど、もう―。

「いいんです、朔也…彼の事は、もう吹っ切れました。」

「本当に?」

「ええ。実は、別れた後も会いに行ったことが何度かあって。…でも、はっきり言われましたから。やり直すつもりはないと。」

「そう…。」

慶一さんの視線が、窓越しの夜空へ向けられる。

「満月ですね。」

「うん…雲がかかってるけどな。」

背中から、そっと抱きしめた。されるがまま動かない慶一さんの耳元に顔を寄せる。

「『月が綺麗ですね』ってどういう意味か知ってます?」

「アイラブユーの意訳だろ。」

間髪入れずに答えが返ってくる。

「さすが先生ですね。」

「有名だろ…ていうか、この空模様でその台詞は無いな。」

「どうして?」

雲間に、幻想的な光を放つ月を見上げる。

「朧月っていってさ…確か、雨の前兆なんだよ。」

「そうなんですか、知らなかった。」

「明日は雨かもな…。」

呟く慶一さんの口元を、唇でそっと塞ぐ。

「…明日は、お休みですか?」

「うん…」

緩く結んであった、バスローブの紐を解く。再び触れ合った口づけが、深くなっていく。

ベッドに身を横たえて、まだ柔らかく蕩けたままの中へ身を沈め、静かに目を閉じた。

傷ついたまま開いていた心の隙間が、確かに満たされていくのを感じていた。

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