【十五】名前を変える?


 ナゴがじっとみつめてくる。

 なんだ、その顔は。

 どうしていいのかわからないまま、視線を逸らした。


「ところでコセン。こいつにここでの名前をつけなきゃいけないだろう。おいらがつけていいか」

「ナゴがか。いいけど、変な名前はつけるなよ」


 ナゴの口角が上がり、目尻が垂れさがる。なんだか嫌な予感がする。とんでもない名前を口にしそうだ。そんなことより話がどんどん進んで頭がついていけない。

 名前をつける。なんのことだ。翼って名前があるのに。

 きちんとわかりやすく説明してほしい。


「あの」


 翼は話に割り込もうとしたができなかった。なんかコセンに睨まれた。気のせいだろうか。


「『琥乙くおつ』はどうだ」


 コセンとムジンがお互い見合い「いいね」と頷いている。


『くおつ』ってなんだ。

「なあ」


 そう声をかけたら再びコセンに睨まれて「あの、その、すいません」と謝ってしまった。口出しするなってことだろうか。

 ナゴとムジンが腹を抱えて笑い出した。なんだ、なんだ。急になんで笑い出した。


「こら、笑うんじゃない」


 笑いをこらえるナゴが「だって、だって、琥乙の態度の変わりようがさ」と話しながら突然地面をガリガリ掻き出した。地面に穴ができていく。やっぱり力が凄過ぎだ。


「コセンが睨むからだ。あの目で睨まれたら、俺様だって謝っちまう」

「ムジン、それは言い過ぎだろう。それに我は睨んだりしていない。この目は生まれつきだ」


 そうか、そうなのか。睨まれたわけじゃないのか。ホッと胸を撫で下ろす。


「あの、さっきから名前の話をしているけど、俺の名前は『翼』だけど」

「わかっている。だが、ここでは違う名前を使ってもらう」

「なんで。翼じゃダメなのか」

「ダメだ。この国の決まりだ」

「けど、ヒカリはそのままの名前使っているみたいじゃないか」

「それはだな。ヒカリは特別なのだ。我がそう決めた。決定権は我にある」


 コセンが胸を張ってドヤ顔をする。その姿が滑稽で吹き出しそうになるのをどうにか翼は耐えた。危ない、危ない。笑ったりしたら本当に睨まれそうだ。


「じゃ、自分も翼のままでお願いします」

「んっ、それは……」


 コセンはナゴとムジンに何やら呟き話し合いを始めた。

 しばらく待っているとコセンがこっちに向き「おまえの言う通りにしてやろう。ツバサ」と口を開いた。


 ナゴはちょっと納得いっていないのか何やらボソボソ言っている。


「なんだ、ナゴ。我の意見に文句があるのか」

「いや、別にないけど」


 なんだか落ち込んでいるようにも見える。ナゴの顔を見ていたら可愛く思えてきた。


「まあなんだ。ナゴの考えた名前は良い名前だと思うぞ」

「そうか、そう思うかコセン」

「俺様も良い名だと思うぞ」

「ムジンまで。ああ、いい仲間がいておいら最高に嬉しい」


 いい名前なのか。『くおつ』だっけ。どんな字を書くのだろう。翼はナゴの脇腹の毛を引っぱり「『くおつ』っていい名前なのか。よくわからないけど、どんな字を書くんだ」と訊いてみた。


 ナゴは咳払いをひとつして話し出す。


「それはだな。『く』が王に虎と書いてだな。この字は虎の頭の形をした玉で飾った器って意味で『おつ』がえっと、その……」


 ナゴは上を向いて考え込んでしまった。

 ナゴの手元は空に文字を書きながら「一を書いてグググッと曲がってはねる」と呟いていた。

 一を書いてグググっとか。


「しかたがない奴だ」


 ムジンが地面に『乙』という文字を書いて指差した。

 なるほど、この文字か。どんな意味なのだろう。『琥』って文字は見た目からして格好いい。意味もなんとなくいい感じだ。


「ナゴ、ほら説明を続けろ」

「そうか、書けばよかったんだな。で、『乙』はだな。簡単に言えば二番目ってことだな。ちょっと気がきいて趣があるなんて意味もあるか。一番目ではないが、いい名前だろう。けど、正直に言えば久遠翼のそれぞれの文字の頭文字をくっつけただけだけどな。『久』の『く』、『遠』の『お』、『翼』の『つ』のな。漢字は後付けだ」


 ナゴは頭を掻いてにやけた。


「そんなところだと思った。ナゴにしては良い名をつけたと褒めたのに」


 コセンは鼻でわらって、ポンとナゴの頭を小突いた。


「まあいいじゃないか。俺様は気に入った。ヒカリは女王で一番だしな。琥乙が二番っていうのは頷ける。なあ、人の子よ、わかったか。おまえも気に入っただろう。考え直しただろう」


 ムジンに背中を叩かれて飛んで行きそうになったところをナゴのふわふわの身体が受け止めてくれた。


『琥乙』か。いいかもしれない。それにしてもヒカリが女王なのか。そんなことになっているなんて。


「決まりだ、いいな。今日からおまえは『琥乙』だ」


 ナゴに肩を叩かれて、倒れ込む。一瞬地面に埋まってしまうかと思った。


「おっと、すまん。加減したつもりだったが強かったか」


 びっくりした。なんて力だ。

 手が汚れてしまったじゃないか。翼はパンパンと土を払い落として立ち上がり、ナゴに向き直る。


「ごめん、やっぱり名前は翼のままがいい。ナゴには申し訳ないけど」

「そうか、残念だがしかたがない」


 ナゴが後ろを向いて項垂れてしまった。


「ナゴ、そう落ち込むな」


 コセンとムジンに慰めてもらっているナゴの姿に心が痛んだ。

 こればかりは譲れない。翼という名前が気に入っているから。

 あっ、そんなこよりヒカリだ。


「なあ、ヒカリはどこにいるんだ。『みつけてくれ』とか言っていなかったか」


 コセン、ムジン、ナゴが同時に振り返ったかと思うと何やら見合ってぶつぶつと言い合っていた。

 何を話し合っているのか気になり、翼は三神獣の言葉に耳を傾けた。


「ほらコセンが説明しろ」

「いや、ムジン。おまえが言え」

「なんでだよ、ナゴ、おまえに任せた」


 何をしているのだろう。そんなに説明しにくいことなのか。

 やっぱり何かあったのか。

 翼は胸騒ぎを覚えた。


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