【十四】恐ろしい存在なのか優しい存在なのか
「遅い、ナゴ」
「まあまあ、そう怒らずに。ちゃんと連れて来たじゃないか」
ナゴは苦笑いを浮かべて巨大狐にお辞儀をしている。
「そうそう、そんなに怒ったら血圧上がるってもんだ。ほら人の子が怯えているじゃないか」
「そうそうタヌキチさんの言う通り。コンコンさん」
「こら、誰がタヌキチだ。俺様はムジンだ。阿呆猫が」
巨大狸は『ムジン』っていうのか。
あっ。
ムジンがナゴの腹を小突いた。
なんだ。殺気を感じる。背中がゾクゾクする。
恐る恐る、振り返ると巨大狐が眉間に皺を寄せていた。
そうとう怒っている。うわっ、睨まれた。ここにいたら巻き込まれそうだ。一刻も早く立ち去りたい。
「ナゴ、名前はしっかり憶えろと再三言ったではないか。我はコセン。そのちっぽけな脳に叩き込んでおけ」
コセンと名乗った巨大狐が地面をドンと叩き、鋭い牙をむき出しにしていた。
待て待て、またなぜ睨む。
翼はビクンと身体を震わせて、縮こまる。
『コセン。コセン。コセン』
忘れまいと巨大狐の名前を心の中で連呼する。死にたくはない。
神獣とは皆こうなのか。ナゴは
気を許した瞬間、襲い掛かって来るかもしれない。こんな状態で気を許すことはできない。絶対に怒らせないようにしなくてはいけない。
こんな世界にヒカリはいるのか。もしかしてヒカリは監禁されているのではないか。それとももうこの世にはいないとか。
そんなこと考えるな。今はここから逃げることを考えたほうがいい。もちろん、ヒカリと一緒に。
「なぁ、コセン。ちっぽけな脳だなんて。酷いよ。おいらだって一応神獣だ。そこのところわかってくれよ」
「急に猫なで声だしやがって。とにかく、しっかりしろ」
ムジンの目が怯えている。この中で一番力があるのはコセンなのかもしれない。
んっ、なんだろう。さっきからコセンがチラチラとこっちを見ているような。
一瞬、ナゴとも目が合った。あれ、ムジンもこっちを気にしている。
なんだ、みんなして。
気づけばナゴが近づいて来て耳打ちしてきた。
「コセンって偉そうだろう。嫌な奴だって思っただろう」
えっ、急に何を。
「おい、ナゴ。聞こえたぞ。文句があるなら直接言え」
「あはは、文句なんかない、ない。ただうるさい狐だって思っただけだ」
「そうそう。俺様もそう思う」
「な、なに。我がどれだけ苦労していると思っているんだ。こうなったら、おまえらをまとめてボコボコのギッタンギッタンのペラッペラにしてやろう」
「やれるものならやってみろ。俺様が返り討ちにしてくれる」
うわっ、ムジンの爪が伸びた。あんなのにやられたら間違いなく死ぬ。
「ムジン、おいらにやらせろ。必殺尻尾ムチが天狗になったコセンを叩きのめしてやる」
ドンとナゴの尻尾が地面を叩き、
いったいどうなっている。
砂埃が収まったあとに地面を見遣ると地割れしていた。よく見るとナゴの尻尾がトゲトゲした鋼鉄の針と化している。あくまでも自分の見た感覚だけどおそらく間違っていないだろう。
惚けていてもやっぱり神獣なのかと痛感した。
「ふん、我の力を侮るな」
コセンが尻尾を一振りしただけで台風並みの風が襲い掛かってきた。
ナゴが間に入ってくれたため飛ばされずに済んだ。ナゴと少しだけ目が合い頷くと、ニヤッと笑みを浮かべたように映った。
恐ろしいのか優しいのかよくわからない。
何。今のはなんだ。早い。早過ぎる。
ナゴがコセンとの間合いを詰めた。ムジンもだ。あの大きな身体であんなにも素早く動けるのか。
コセンは低い体勢を取り身構えている。
次の瞬間、ガチンとの音が鼓膜を震わせた。
コセン、ムジン、ナゴが同時にぶつかり合って火花が散った。おいおい、なんで急にこんなことになった。
神獣の喧嘩か。喧嘩なんて生易しいものじゃない。殺し合いなのか。ダメだ、そんなのダメだ。止めなきゃ。
「やめてくれ。争わないでくれ。仲間なんじゃないのか。仲良くしなきゃダメだろう。神獣だろう。それじゃただの野獣だ。化物だ。とにかくやめてくれ。争い事は嫌いだ。やっちゃダメだ」
んっ、神獣だから争い事はダメっていうのはどうなのだろう。そもそも仲間じゃないのかもしれない。自分で言って疑問を感じてしまった。神々も争い事はあるはず。そうだとしても、目の前の光景は見ていられない。醜い。恐ろしい。
あれ、いつの間にか静かになっている。
「やっぱり、ヒカリの認めた
ナゴが腕組みして何度も頷いている。
ちょっと待て、今なんて言った。『伴侶』って口にしなかったか。それって……。
「そうのようだ」
コセンは目を細めて笑みを浮かべている。
ムジンは「なあ、こんな茶番劇じゃなくてもっと違うやり方はなかったのか。俺様、頭がいてぇよ」とぼやいていた。
「確かに。けど、試すにはこれしかやり方が思い浮かばない。ナゴ、なんか他にやり方があったか」
「ない、ない。というか、おいらは頭を使うの苦手だ」
「まったくしかたがない奴だ」
三人揃って笑い出す。
なんだ、これは。茶番劇だって。試すだって。なにがどうなっているんだ。わけがわからない。
「えっと、おまえの名前はなんだっけ」
ナゴの手が頭に乗っかり尋ねてくる。こいつもう忘れたのか。
「久遠翼だ」
「そうそう、翼だ。飛べないのに翼。そう憶えればいいか。合格したから歓迎するぞ」
『合格』ってどういうことだ。
うぉっ、ちょっとちょっと。
突然、コセンの鼻先が近づいてきて口角が上がる。
「合格、おめでとう。実はヒカリがおまえを必要としている。この国のために頑張ってくれ。というかヒカリをみつけてくれ」
ムジンも顔を近づけてきてニヤリとする。
「争いは嫌いだろう。その気持ちを忘れずに、よろしく頼むぞ。そうでないとこの国は滅んでしまうからな。だが、ときとして戦わなくてはならないときもある」
「はぁ、そうですか」
わけもわからないまま返事をした。
なにがどうなっている。頭の中がごちゃごちゃだ。
自分は必要とされているのか。ヒカリに必要とされているのか。嬉しいことだけど、『みつけてくれ』というのはどういうことだ。
伴侶? 合格? 茶番?
疑問符で頭がいっぱいだ。
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