【十一】御弥山へ(二)


 無人駅の御弥山みややま駅に降り立ち、思いっきり息を吸い込む。

 ひんやりした空気が気持ちいい。ちょっと肌寒いか。大丈夫、歩いているうちに寒さも感じなくなるだろう。


 この景色を見るのも五年ぶりか。

 じっと御弥山をみつめ、吐息を漏らす。

 懐かしさとともに寂しさも募ってくる。ひとじいがそばにいてくれたらよかったのに。


 閑散とした御弥山駅。無人駅とはそういうものだ。

 以前もそうだったが自分以外この駅で降りた人はいない。好き好んで御弥山に来る登山客はいないのだろう。


 一両編成の車両も自分一人っきりだった。貸切り状態だった。よく廃線にならないものだ。いろいろと頑張っているのだろう。


 遠ざかる電車を見送り、息を吐く。

 これが旅のはじまりだったらどんなによかっただろう。

 ひとじいとヒカリと登山する。想像したところで、幻影はすぐに消え去ってしまう。


 ここへ観光に来たわけではない。ひとじいの言う通り冒険に繰り出すとでも言えばいいのか。馬鹿を言え、ヒカリを探しに来たんじゃないか。


 翼はゴクリと生唾を呑み込み、眼前に広がる大自然の光景へと目を向けた。

 あそこにそびえる御弥山との真剣勝負だ。命がけの闘いだ。御弥山が自分を受け入れなければ、ひとじいと同じ運命を辿る可能性は大だ。


 ヒカリと出会えるだろうか。

 会いたい。早く会いたい。

 大丈夫だ。きっと会える。空を見上げて、ヒカリの面影を思い重ねた。


『ヒカリ、待っていろよ。絶対に俺が連れ戻してやる』


 自分には光る花がある。

 ビニール袋に入れてきた光る花に目を向けて一人頷く。きっとこの花がヒカリのもとへ導いてくれるはずだ。ネットの情報を鵜呑うのみにはできないけど、光る花が鍵になるのは間違いない。まったく根拠はないがそう確信できる。


 光る花が異世界への扉を開く。


 そんなことが実際に起きるだろうか。確信したはずなのに、すぐに考えが揺らいでしまう。 


 ダメだ、こんなんじゃ。

 大丈夫。この花があれば、大丈夫。

 光る花をみつめて、期待感を膨らませていく。


 ただひとつ、忘れてはいけないことがある。下手をしたら自分の命を落としかねないということを。あの山には危険がたくさんある。恐ろしい白大蛇とまた遭遇してしまうかもしれない。それだけは避けたい。


 信じろ、この光の花を。ネットのチャットを。

 警戒を怠らずに進めばいい。光る花も守ってくれるはずだ。


 翼はそう念を押すと再び深呼吸して空を見上げた。

 それにしても空が広い。真っ青な空に鳥がくるりと輪を描くように飛んでいる。あれはトンビだろうか。


 これが楽しいハイキングに向かうところだったらよかったのに。

 またそんなことを考えて。真剣勝負だと言っただろう。

 よし、行こう。


 うわっ。

 なんだ猫か。


 急に飛び出してくる奴があるか。びっくりさせやがって。

 古びた無人駅の待合室で昼寝でもしていたのだろう。猫にしてみれば、突然人が来て安眠妨害だと訴えたいところだろう。びっくりしたのは、猫のほうかもしれない。なんとなく申し訳ない気分になった。


 それにしても田舎だ。駅前に売店どころか民家も見当たらない。遠くのほうには民家はあるから人は住んでいるのは間違いない。

 目の前には荒起あらおこしされた田がどこまでも広がっている。これこそ人がいるあかしでもある。今まさに荒起しをしているトラクターも窺える。


「おっ、第一村人発見」


 なんてどこかのテレビ番組を真似てみる。だからどうしたって思うかもしれないが、言いたくなったのだからしかたがない。

 その先に今日の目的地の御弥山がある。

 第一村人のおじさんと目が合い「こんにちは」と声をかけるとトラクターのエンジンを切り話しかけてきた。


「なんだい兄ちゃん。古墳でも見に来たのかい」


 古墳。そういえばこのへんに古墳があるんだっけ。どこだろう。あまり興味がなかったから古墳の存在を忘れていた。


「古墳、ですか」

「おや、違うのかい。ほら、あそこに。まあ、見た感じはただの森みたいだけどよ」


 確かにただの森だ。


「あれが古墳なんですね」

「そうだよ。兄ちゃん、古墳じゃないのなら、まさか御弥山に登ろうってわけじゃないだろうね」


 おじさんが下から上へとねめつけるように見てきた。


「はい、御弥山に行こうかと」

「ダメだ、やめなさい。神様の怒りをかうぞ」


 突然、おじさんが怒り出す。やめなさいと言われてもヒカリをみつけるためには行くしかない。


「すみません。どうしても行かなくてはいけないんです。光る花が咲いたから」


 翼はビニール袋を差し出してそう話すと、おじさんが眉間に皺を寄せてビニール袋に目を向けた。


「なあ、兄ちゃん。何も入っていないじゃないか。大丈夫かい」

「えっ、あの大丈夫です」


 おじさんは腕組みをしてなにやら考え込んでしまった。どうしたのだろう。


「兄ちゃん、気をつけるんだぞ。必ず帰って来いよ」


 おじさんはそう告げると自分に向けて手を合わせて、トラクターを再び動かしはじめた。


 あんなに怒っていたのに、なんで急に。光る花のせいだろうか。おじさんには見えていなかったみたいだけど。もっと話を訊きたかったがおじさんはどんどん離れて行ってしまう。やっぱり、この花には何かがある。


 翼は首を捻りつつも御弥山へと続く農道に足を向けた。

 んっ、あれはなんだろう。御弥山の頂上付近に何かがいる。


 あれは、鳥……。

 さっきのトンビではなさそうだ。カラスだろうか。それにしては、やけに大きいような。目の錯覚だろうか。翼は目を擦り、もう一度山の頂上あたりに目を移す。


 消えた。

 どこにもいない。空をグルッと見渡したがやっぱりどこにもいなかった。


 おかしなこともあるものだ。やっぱり、あの山には何かあるのだろう。いやいや、そうじゃない。おそらく鳥は山の中に降り立っただけだ。なんでもかんでも不思議なことに直結させるのはよくない。


 いざ、御弥山へ。

 自分にとっては命のかかった戦いになるだろう。気を引き締めて挑め。


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