【十】御弥山へ(一)
御弥山の場所は知っている。五年前に行っているんだから、知っていて当然だ。知ってはいるが白大蛇のことを考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。
どうしたものか。
何を言っている。どうしたじゃない。行かないなんて選択肢はない。
御弥山か。
思い出しただけで震えがくる。
パソコンで検索してみてもあまりいい情報は出てこない。
『御弥山に登ったら二度と帰って来られなくなるらしい』
『化け物が住む山』
『幽霊がうようよいるぞ』
『死にたきゃ御弥山へ行けばいい』
そんな書き込みが多々あった。
何、検索なんてしている。不必要な情報は見るんじゃない。
ヒカリを探しに行く。そうだろう。きっとどこかで生きている。
けど。
けど、じゃない。
こんなことで
んっ、これは……。
『異世界への扉が御弥山にはある。神隠しにあった者はきっとそこにいる』
翼はじっとみつめて黙考した。これは。
正直、信じられる話ではない。ただ五年前のことを考えると、まるっきりデマとも思えない。
事実だとしたらヒカリは異世界に入り込んでしまったということか。
もしかしたら白大蛇がいた場所はすでに異世界だったのではないのか。そう考えれば納得がいく。
あっ、この書き込み。
御弥山に関するチャットをみつけた。
***
AS:光る花なんてものがあるらしいぞ。御弥山で咲いているんだって。
YU:本当に? けど、怖いな、行くの。化け物に殺されるって話もあるし。
AS:でも、みつけたら神様に会えるらしい。すごくないか。
YU:というかありえない。神様だよ、神様。会えるわけがないよ。ただの噂話だよ、それって。それに殺されたくないし。
NK:確かにね。でもさ、光る花があれば守ってくれるって話もあるらしいよ。行ってみない。面白そうじゃない。
YU:えええーーー。私、パス。怖いもん。
NK:ちょっと待ってよ。怖くないって。光る花があれば大丈夫だって。
AS:そうそう、大丈夫、大丈夫。
YU:そうかなぁ。大丈夫かなぁ。って、光る花、持ってないでしょ。やっぱり無理。
AS:ああ、もう。大丈夫なんだって。行くべき者には光る花のほうから近づいてくるって話があるんだから。大丈夫。
YU:本当に、本当。それなら、大丈夫なのかなぁ。
NK:うんうん、大丈夫、大丈夫。
***
なるほど。これは興味深い話だ。翼は光る花に目を向けた。この花があれば守ってくれるのか。書き込みを信じればの話だが。それにしても、こいつらどこで光る花のことを知ったのだろう。
考えてもしかたがないか。
ヒカリに会いたい。助けたい。そうだろう。
答えは決まっている。御弥山に行く。
神隠しだろうが異世界だろうが死が待っていようが行くしかない。いや、死ぬのは嫌だ。生きてヒカリを連れ戻したい。
『御弥山』か。
何が起こるかわからない山。
招かざる者が立ち入れば本当に殺されてしまうのかもしれない。ひとじいのように。
山に殺される。そうじゃない。山に住む神獣にだ。その山に自分は
突如、白大蛇の姿が脳裏に蘇って一気に気力が
ダメだ、ダメだ。こんなんじゃダメだ。
翼は、頭を振り嫌な記憶を振り払った。
御弥山に登るのならしっかりと準備をしなきゃいけない。神獣がいようがいまいが山を甘くみたら命を落としかねない。遭難する可能性だってある。
前回とは違う。ひとりであの山に挑まなくてはいけない。
『ひとじい、見守ってくれよな』
翼は空を見上げて、祈った。
とにかく万全を期したほうがいい。服装は大事だ。気をつけなきゃいけない。着替えもあったほうがいいか。登山靴は必須だろう。水分補給も大事だし水筒はなきゃダメだ。携帯食もあったほうがいいだろう。
雨が降るかもしれない。レインウェアも用意しなきゃ。
万が一ってこともある。備えあれば
ひとじいが教えてくれたことを思い出し、準備をしていく。
そうだ、健康保険証のコピーもあったほうがいいか。
サバイバルナイフとかも必要かもしれない。
翼は少し考えた。
武器を持っていると知ったら神獣は攻撃的になるかもしれない。持っていかないほうがいいのではないか。
本当にそうか。あのとき白大蛇は突然襲ってきた。武器があろうがなかろうが関係ない。サバイバルナイフをみつめて一人頷いた。あくまでも護身用だ。持っていったほうがいい。
これで準備万端。それでも何かトラブルが起きるかもしれない。
トラブルか。
考えてみれば異世界に行こうとしていること自体がかなりのリスクだろう。こっちからトラブルに飛び込むようなものだ。ヒカリを連れ戻すってことはそういうことだ。
気合いだ、気合。恐れるな、気持ちで負けるな。
よし、行くぞ。明日決行だ。
『待っていてくれ。ヒカリ』
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