【八】光る花
「翼、おい、翼」
誰。呼ぶのは誰。
夢か。現実なのか。よくわからない。一瞬瞼を上げ、再び閉じる。
「翼、花が咲いたぞ」
花が咲いたってなんのこと。どうでもいい。
んっ、花。
花って、もしかしてあの花か。咲いたのか。まさか、本当に。
翼は眠い目を擦って声のほうを見遣り心臓が跳ね上がった。
出た、幽霊だ。心臓の鼓動が速まって息が詰まる。
「翼、私だよ。おじいちゃんだよ」
誰だって。なんだ、ひとじいか。小さく息を吐き、胸を撫で下ろす。
「ひとじい、急に出てくるなよ。ショック死するかと思ったよ」
あれ、ちょっと待て。ひとじいは五年前に亡くなっている。やっぱり、幽霊だ。まあひとじいの幽霊なら怖くはないか。
「すまん、すまん。けど、あれを見なさい」
あれって。翼はひとじいが指差す先を見遣ると闇の中に淡い光りを放つ一輪の花をみつけた。
優しさに包まれているようだ。
温かくて、心地いい。
不思議と、速まっていた心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していく。
「ひとじい、あれって」
「私があげた種がやっと花をつけた。これでヒカリのもとへ旅立てるな。よかった、よかった」
ヒカリのもとへって。本当に行けるのか。星那ヒカリは行方不明のままだ。五年も経つがヒカリのことは一時も忘れたことはない。
神隠しだって当時大騒ぎしたのを思い出す。
ヒカリは生きているのだろうか。五年だぞ。
光る花をみつめているとヒカリの笑顔が重なって見えた。正直、諦めの気持ちが心の半分を占めていた。そんな思いを光る花が打ち消してくれる。諦めちゃいけないような気がしてきた。
「ひとじい、ヒカリのもとへって」
あれ、いない。言いたいことだけ言って消えてしまった。
翼は光る花をじっと見遣り、小さく息を吐く。それにしても綺麗だ。なんだか心が洗われるようだ。この世のものとも思えない不思議な光る花。虹色の光が部屋中を照らして幻想的な雰囲気になる。
あれ、なんだろう。何か動いたような。
花に近づいていってすぐに動きを止めた。後ろか。誰かいるみたいだ。ひとじいかと一瞬思ったが明らかに気配が違う。
恐る恐る振り返ると、そこには巨大な猫が黄金色の瞳を光らせて立っていた。なぜか鳥居も見える。なんだ、いったい何が起きている。
ここは自分の部屋のはず。
巨大猫は天井を突き破ってしまうくらい大きい。
えっ、天井。おかしい。巨大猫がいる場所だけ天井が消え去っている。何がどうなっている。頭がおかしくなってくる。
目を擦りもう一度目を向けると、ただ壁があるだけだった。もちろん天井はある。いつもの部屋の景色だ。幻だったのか。それとも寝ぼけているのか。いやいや、意識ははっきりしている。待てよ、実は夢ってこともあるのか。
「花が光を失う前に旅立つのだぞ。おまえの好きな冒険のはじまりだ」
うぉっ、びっくりした。
「ひとじい」
あれ、いない。
「ひとじい、もっと説明してくれよ」
何が冒険だ。いろいろ聞きたいことがあったのに。五年前の崖からの転落のこととか。白大蛇のこととか。この花のことだってそうだ。そんなことよりも大事なことはヒカリのことだ。あいつは生きているか。
再会できのるか。ヒカリのことを考えていたら胸の奥がチリチリと熱くなった。
痛い。急になんだ。
胸の痛みとともにふくらはぎが痛くなってきた。寝間着のズボンを
細い三日月みたいだ。そっと触れてみると熱を帯びていた。
「あっ」
一瞬、痣が虹色に発光した。そんな馬鹿な。目の錯覚だ、きっと。
いったい、これって。
翼は何気なく光る花へと目を向けた。
あの花とこの痣、何か関係があるのだろうか。確かこの痣は白大蛇に遭遇したときの怪我が原因でできたものだ。
あれ、あのとき確か白大蛇とは別の誰かがいたような。思い出しかけたのだがすぐに記憶が途切れてしまう。思い出そうとしても真っ白な
えっ、は、花が。
光る花がブルブルッと震え出して二つの葉がグゥーッと上へと伸びた。なんだこの花は。まるで生きているみたいだ。
生きていることに違いはないのか。それにしてもこんなふうに動く花なんてはじめて見た。永い眠りから目覚めて伸びをしたようだ。
痛みが消えた。おかしなこともあるものだ。それよりも眠気が差してきた。これもこの花の影響だろうか。
翼は大口を開けて欠伸をすると、ベッドへ潜り込み瞼を下ろした。
「おやすみ」
翼は光る花に向かって、なぜだかそう口にしていた。
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