【七】現実だったのか夢だったのか


 ここはどこだ。やけに暗い。

 誰だ。声がする。

 目を凝らして人影を見遣り、首を傾げる。


 呼んでいるのか。手招きをしているみたいだ。この声は誰の声だったろう。知っている。

 翼はゆっくりと歩みを進めた。


「なんだ、ひとじいじゃないか。生きていたのか」

「翼、光る種を大切に育てるんだぞ。いいな。それがヒカリをみつける鍵になるはずだ」


 それだけ口にするとひとじいは暗闇に溶け込んでしまった。


「ひとじい」


 翼は飛び起きて、ハッとする。

 あれ、ひとじいはどこだ。ここは、えっと。

 わけがわからずに、ただ茫然ぼうぜんと目の前の景色を眺めた。


「翼、大丈夫か」


 声のしたほうに目を向けると、なぜか父と母は涙ぐんでいた。


「よかった。本当によかった」


 よかったって、何が。さっぱりわからない。


「父さん、母さん」

「翼」


 母が突然抱きついてきて、戸惑った。

 なに、なに。突然なんだ。


「ちょっと母さん。どうしたっていうんだよ」

「翼、どうしたじゃないわよ。一週間も目を覚まさなかったんだから」


 一週間も……。母の言葉に驚愕きょうがくした。そうだ、御弥山でヒカリを捜索していたはず。白大蛇が出てきて……。


「うわっ」


 思わず叫んでしまった。


「翼、大丈夫よ。ここは病院だからね」


 病院。そうか、病院か。助かったってことか。

 目の前に白大蛇がいた気がした。どうにも頭が変だ。混乱しているのかもしれない。


「怖い目にあったのよね」


 あれは怖いなんてものじゃない。死ぬところだった。けど、生きている。

 なんで助かったのだろう。思い出せない。どこかで頭を打ったのだろうか。白大蛇のことは憶えているのに。


 一瞬、ひとじいが呑み込まれていく姿が蘇り、またしても大声をあげてしまった。


「大丈夫。ここは安心だから」


 母に抱きしめられて頷いた。わかっている。ここには白大蛇は来ないはずだ。いや来るかも。いやいや、来ない。落ち着け、大丈夫だ。


「母さん。俺、大丈夫だから」


 母は涙を拭いながら、うんうんと頷いていた。その横で父も涙目だったが笑みを浮かべている。


「ねぇ、じいちゃんのことだけど」

「いいの。何も言わなくていいの。わかっているから」


 わかっている。本当に。そんなはずはない。父も母も何もわかっていない。白大蛇に呑み込まれたことを知っているはずがない。それなら、何をわかっているっていうんだ。


「本当に奇跡だった。崖から転落して翼は助かったんだから。じいちゃんが身をていして守ってくれたんだろうな」


 どういうことだ。


 父の話をよく聞いたところ、崖の下にひとじいと自分が転落しているのがみつかったらしい。ひとじいが自分を抱きしめて守るような形でいたとか。これはどう理解したらいいのだろう。


 白大蛇には出会っていないってことか。夢でも見たとでも言うのか。

 崖から落ちた記憶はない。記憶喪失になっているのか。吊り橋のある場所に行ったはずだ。違うのだろうか。


 何がなんだかわからない。

 百歩譲って崖から落ちたとしよう。いくら守ってくれたとしても助かる見込みはなさそうだ。ひとじいがクッションになったのか。そううまくいくだろうか。どれくらいの高さから落ちたかにもよるか。それほど高い場所じゃなかったら助かる可能性もあるのか。けど……。


 いくら考えても理解に苦しむ。

 自分の記憶とはかけ離れている。この記憶は間違っているのか。間違ってなんかいない。そのはずだ。


 崖から落ちたんじゃない。白大蛇が襲って来たんだ。

 なんだ、このモヤモヤする気持ちは。


 白大蛇からどうやって自分は助かったのだろう。

 白大蛇の追跡から逃げて崖から転落してしまったのだろうか。本当に白大蛇とは出会っていなかったのか。全部夢だったのか。ありえない。御弥山に行ったことは夢ではない。それならばどこからが夢なのか。


 そうだ、光る種。


「母さん、俺の着ていた服は?」

「えっ、服。それなら汚れていたから洗濯してタンスにしまってあるけど。どうして」


 洗濯。

 種はなかったのだろうか。それとも気づかずに洗濯してしまったのだろうか。


「あのさ、ポケットに種みたいなのなかったかな」

「種。さあね。あったかしら」


 母は小首を傾げて考え込んでいた。この反応はなかったってことか。そうか、自分は長い夢を見ていたってことか。納得できないけどそう考えるのが自然だ。


「翼、もしかしてこれのことか」

「そう、それだよ」


 あれ、光っていない。違うのか。思わず、それだと言ってしまったけど、違うのか。


「これ、種なのか。そうか」


 黒くてダイヤモンドみたいな独特の形。あれはやっぱり光る種だ。光っていなくても光る種だ。


「父さんそれどこで」

「これか。崖下で倒れていたとき翼が握っていたって、捜索隊の人が渡してくれたんだ」


 そうだったのか。

 やっぱり自分の中の記憶は夢じゃない。たぶん。


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