【六】救いの神?


「クシミ。その者を放してやれ」

「ミサクチ様。この者はこの神聖な地で盗みを働いたのですよ」

「殺す必要はない。すでにその者は祖父が死ぬことで罰されている」

「しかし」

「クシミ。同じことを言わせるつもりか。許すと言ったら許す。この者はいずれ必要となる。さっさと放すのだ」

「はい」


 翼は突然放り出されて地面に顔から落ちてしまった。

 口から血の味がする。身体中あちこち痛む。翼はゆっくりと起き上がりその場に座り込むと、いったい何がどうなったとあたりに目を向けた。


 助かったのか。なぜ、どうして。

 白大蛇の姿はない。夢だったのか。

 そんなはずはない。ひとじいの姿がどこにもない。すべて現実だ。


「ひとじい」


 呼びかけてみたが返事はない。ひとじいは本当に白大蛇に呑み込まれてしまったのか。それにしてもあんな馬鹿デカい蛇がいるとは。

 ここはやはり神獣の住まう山だった。


 本当にそうなのか。本当にあのデカい蛇は神様だったのか。

 人を食い殺すような神なんて。思い出すだけでブルッと身体が震えた。

 神様とは恐ろしいものなのかもしれない。


 そうだ、白大蛇以外にももう一人誰かの声がしなかったか。

『許す』という声が確かした。姿なき声の持ち主こそ神様かもしれない。そう考えれば納得できる。そうでないと白大蛇が従うはずがない。そう考えると、白大蛇は何者だ。神様ではないのか。


 翼は首を傾げた。いくら考えても答えは出てきそうにない。

 何はともあれ、命拾いしたってことだ。姿なき神様かもしれない存在に感謝しなくてはいけない。


 そもそも自分が犯した罪ってなんだ。

 必死にさっき聞こえた会話を思い出す。確か……『盗みを働いた』とか。

 盗みを働いた覚えは……。


 もしかして種のことか。そうか、そういうことか。それならこれは返さないといけない。


 ザザザッ。

 木々の揺れる音にビクッとして「す、すみませんでした。この種はお返しします」と翼は種をそっと地面に置いた。


 再び、ザザザッとなり音のほうに目を向けるが誰もいない。何かの気配を感じた気がしたんだが。


「人の子よ、さっさと帰れ。さもなくば殺すぞ」


 突然背後から声がして振り返るとギラリと光る瞳と鋭い牙がすぐ目の前にあった。翼は腰を抜かしそうになりながらもどうにか足を動かして走り出す。


 汗が至る所から噴き出してくる。

 早くここから逃げなくちゃ。ヒカリのことは気がかりだが自分が死んでしまっては助けることはできない。

 白大蛇に呑み込まれたひとじいの顔が蘇り、またしてもブルッと身体が震えた。


『ヒカリ、ひとじい。本当にごめん』

「待て、人の子よ。止まれ」


 その声が背中にぶち当たるや否や前のめりになり両手をついて膝をつく。そこに何かが転がってきて手元数センチのところで止まった。

 黒くてキラキラしたダイヤモンドのような形のものが目の前に。


 光る種だ。


 取ろうとしたが身体が動かなかった。これって金縛り。やっぱり殺されるのか。額から汗がしたたり落ちる。


「それはおまえにやる。持っていけ。おまえの祖父を殺めてしまったびだ。クシミはやり過ぎてしまった。あやめることはなかったというのにな。いつの日かおまえの望みが叶うときが来るであろう。だが今はそのときではない。そういうことだ。種を持って早く帰れ」


 詫びって。ひとじいの命はこのちっぽけな種と一緒だってことか。


『ひとじいの命はもっと重い。こんな軽くなんてない。種なんかよりひとじいを返してくれ』


 そう叫びたかったが声が出てこなかった。


「これもおまえの運命だ。いや宿命というべきか。不思議な縁だな。またいつか会うこともあるやもしれぬ。行け」


 フッと身体が軽くなったかと思ったら、急に重さを感じて前につんのめってしまった。またしても口から血の味がした。二度目の顔面強打の仕打ちが待っているとは。


 翼はそのまま意識を失って地面に横たわった。



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