第42話

「「いただきます!」」


 私と夏希はこたつを囲み、アツアツのチキンラーメンを前に手を合わせた。

「あ、夏希ネギ入れな。」

「毎回、チキンラーメンを茹でる度に刻んで偉いな~」

「チキンラーメンに妥協は許されない」

 そう言って私たちはチキンラーメンに青ネギを散らすと一気にすする。


 夏希は、麺を頬張る私の顔を覗きこんだ。

「どう?今日は上手く出来た?」

 私は「うーん」と首をかしげる。

「今回はお湯の温度にこだわったんだけどな……。」 

「やっぱり、昔、親戚のおばさんの家で食べたチキンラーメンの方が美味しい?」

「うん、そうだね。これも美味しくないわけじゃないんだけど……」


 タカナシさんと出会い、タカナシさんと会うことが出来なくなってから何年も経った。

 けれど、タカナシさんと一緒に食べたチキンラーメンの味ははっきりと覚えている。

 一人暮らしを始めて何度も自分でチキンラーメンを作ってみた。

 しかし、未だにあの時の味は再現出来ない。


 こんなにシンプルな料理なのに。


「チキンラーメン作るのって、難しいな」

 私がつぶやくと、夏希がふふっと笑った。

「こだわるね~、美冬は」

「だって、悔しい」

 


 私は未だに「一流のチキンラーメンを作れる料理人」になれていない。



 不服そうなわたしを見て、夏希は面白いことを思いついた、というような顔をした。

「美冬の親戚のおばさんはチキンラーメンを茹でる3分間とそれに前後する少しの時間だけで、チキンラーメンをより美味しくしてしまったんだよね?」

「うん」

「その間にチャーシューとか何かトッピングを入れた訳じゃないんだよね」

「うん」



 そもそも、タカナシさんがいた小屋には冷蔵庫がなかった。だから、チキンラーメンに乗っているのは常温保存出来るネギと卵だけだ。



 また、私がタカナシさんの小屋を訪れるのは不定期だったから予め用意しておくというのも不可能だったのだろう。


「そうか、そうか」と夏希は頷いた。


「だとしたら、美冬のおばさんがチキンラーメンを美味しくする方法は一つしかないよ」

「何よ?」

 夏希は得意気な顔をした。

「愛だよ。愛情。」

 


 ……何言ってんだか。



「そんなんじゃないよ」

「いや、料理は愛情っていうでしょう?」

「チキンラーメンは料理って言って良いの?」

「愛があれば料理よ」


 それじゃ料理人は商売あがったりじゃないか。

 私は残り少なくなった麺をすする。


「お母さんはね、あなたのことを愛している。ずっと、ずっと愛している。」


 耳元で懐かしい声がこだました気がした。


 まさか。そんなことでチキンラーメンの味が変わる訳……。


「あ、雪降ってる!」

 夏希が窓の外を見上げて言った。

 ひらりひらりと綿雪が舞っている。

 初雪だ。

「これは積もるかな~」と夏希は楽しそうだ。

 まだ、雪を純粋に楽しめる感性を彼女は持っている。

 ふと、私は彼女に聞いてみたくなった。

「ねえ、」

「なに?」

「私の名前好き?」

「えっ」

 急に何を聞くんだと怪訝な顔をされた。

 まあ、そうなるだろう。

 しかし、ここまで来たら後には引けない。




「いいから、『美冬』って名前、どう思う?」

「………まあ、悪くないんじゃない、でしょうか?」  

「うん、好きか嫌いかでいうと?」

「……好かきかな……?」

「そう。それは、とっても良いね」




「何が!?」と、戸惑う夏希に私は「何でもよ」と答えて、食べ終わった丼を持って立ち上がる。



「ちょっと、ちょっと!どうしたの今日?」

「どうもしないよ」


「そういう割には顔赤いし、ちょっとにやけてますな~」

「……赤くもないし、にやけてもないし」



 私は足早にこたつを後にする。

 逃げなければ永遠にからかわれる。


 その瞬間、何の脈絡もなくあることを思いついた。


 チキンラーメンを茹でる3分と少しの時間にチキンラーメンを美味しくする方法を。


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