第43話

 時間は限られている。

 小屋に冷蔵庫もなければ、私がいつ来るかも分からないため、あらかじめトッピング用の食材を保存しておくことは出来ない。


 けれど……。


 ガシャン。


 どこか遠くで陶器が割れる音がするな、と思ったら足下だった。

 私の手元にあったどんぶりが私の足下でバラバラになっていた。


 どんぶりの底に残ったスープが返り血みたいに飛び散っていた。


「ちょっと、どうしたの!?」

 夏希が慌てて私のそばへ駆け寄る。

「うわ、派手にやったね、ちょっと今日、本当にどうしちゃったの?」

 慌てる夏希を私はぼおっと眺めていた。

「美冬、私がかけら拾うから、動かないで。」

 そう言うと、彼女はしゃがみ込み、破片を拾い始めた。


 だって、おかしい。

 タカナシさんの『飼い殺し』が始まったのは私が生まれて間もなくだったはずだ。


 私が初めてタカナシさんと会った時点で、タカナシさんの監禁は8年近くに及んでいたことになる。


 そんな人が急に手首の血管を切って自殺したいと考えるだろうか?


 それも何回も。

 そして、何回も自殺を試みたのならなぜタカナシさんは死ななかったのだ?

 機会はいくらでもあったのに。


 無知な私は見落としていた。


 タカナシさんは死にたくて手首を切っていたのではない……。


「痛っ!」

 私の足下で夏希が小さな悲鳴を上げた。

 彼女の右手の指先が赤く染まっている。

 丼の破片で切ってしまったのだ。


 その時、私は自分で自分の体を制御することが出来なかった。

 まるで、何かに操られているかのように。


 気がついたら私はしゃがみこみ、夏希の右手を握っていた。


 そして、


「ちょっと!!」


 夏希が悲鳴のような声をあげる。

 しかし、私は彼女を逃がさない。


 私の口の中で、鉄のような味が広がる。


 これだ。


 この味だ。


 これがタカナシさんのチキンラーメンの味だ。












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「美冬編(完)」

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