第33話 夕方

「美冬」


 名前を呼ばれた。


「ほら、起きな。こたつで寝てると風邪ひくよ」


 そう言われて、私は目を覚ます。

 眠っていたようだ。

 隣を見ると眠そうな顔をした声の主があくびをしていた。風邪ひくよ、と言って置きながら多分本人も直前までこたつで寝ていたのだろう。


「しっかり寝てたね。起こすのかわいそうだったよ」

「夏希もでしょ」と私が言うと、彼女は白い歯を見せて笑った。


「こたつとB級ゾンビ映画が組み合わさると人は眠りに落ちる。こんな興味深いデータが取れるとは、大変有意義な休日になったね」

「なに言ってんだか」


 そうだ。

 今日は昼前に夏希が私の部屋に遊びに来て、昼食後に彼女の持ってきたDVDを見ていたのだ。映画の内容があまりにもつまらなくて、途中で二人ともこたつに突っ伏して眠ってしまったけれど。


「ねえ、美冬」

「何?」

「お腹、すいたね」

「うん、まあ、確かに」


 時計を見ると午後4時すぎ。だいぶしっかりと寝ていたことに呆れるとともに、小腹は程よく空いている。

 私たちは無言で互いの握り拳を突き出した。


「「ジャンケン、ぽん」」


 私がチョキで夏希がグー。


 あー、負けたー、と私がこたつの天板に突っ伏すと、

「いやー、悪いですね〜」と夏希がおどける。


 私と夏希が部屋で一緒に過ごすとき、小腹が空いたらジャンケンをして負けた方がおやつを調達する。

 夏希が私のへやに通い詰めるうちにそんなルールがいつの間にかできていた。


 敗北者の私は渋々こたつから立ち上がる。

「今日のおやつ、何?」と問う夏希に私は一言。


「チキンラーメン」

「本当に好きだね〜」と夏希は苦笑した。


 確かに私がおやつ担当になったら高頻度でチキンラーメンが食卓に並ぶ。

 しかし、こればかりは仕方ない。


 私にとっては思い出の品なのだから。


 私は高校1年生になった。

 今では「山の上のお城」と呼ばれる洋館を離れて、1Kのアパートで一人暮らしをしている。


 11月の半ばの日曜日、外では冷たい北風が吹いている。

 私たちは部屋でぬくぬくと映画を見て、こたつに入って昼寝をする。

 おまけに夕飯前にインスタントラーメンを食べてしまう。


 そんな悪い子を叱る者はここにはいない。



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