全文解説「夜空にねこ座がない理由」

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  とりあえず四季で1作ずつ出しておこう、ということで、今回最も締め切りが遅かったテーマ「冬」。

  匿名コン全体での応募数も他の季節の3割増し程度でしたが、本作も同様に、締め切り少し前にどうにかやっつけた代物です。

  猫と白鳥が主人公の童話風掌編ですね。

  本作の主題は「犬かと思ったら白鳥だった」という叙述トリック(?)なのですが、作中では説明不足だった気もするので、詳細は後述します。


  ともあれ、猫と白鳥の話です。

  日本国内での白鳥は、冬にシベリアの方から訪れる渡り鳥なので、「冬の鳥」という印象があります。

  猫はどうかと言えば、これもどうやら、一般には「冬の獣」という印象があるようです。


  というのも、今回の匿名コンでは、春夏秋のスリーシーズンがそれぞれ約30作、冬が40作ほど集まっているのですが。

  お題が「冬」の作に、妙に「猫」が多く出てくるのですよね。

  以下、「猫」という文字が出てくるところを、同一対象を意味する物を除いてカウントしたんですけど。


  ■春(31作)の猫出現率

   猫存在:6.45%(モブx2)、猫表現:19.35%

  ■夏(29作)の猫出現率

   猫存在:3.45%(主要キャラx1)、猫表現:6.90%

  ■秋(29作)の猫出現率

   猫存在:3.45%(虎x1)、猫表現:10.34%

  ■冬(41作)の猫出現率

   猫存在:19.51%(主役x3、主要キャラx1、モブx3、虎x1)、猫表現:21.95%


  2位の春(6.45%)の実に3倍近い猫存在出現率でした。

  つまり、猫自身は寒さが苦手なのに、世間からはなんとなく「冬の獣」の印象を持たれているわけです。

  夏に氷を食べるような、夜に灯りを点けるような倒錯を感じますね。


  歳時記において、猫は『【春008】短編や 欠けたオレオと 削る文字』(https://kakuyomu.jp/works/16817139556846164332/episodes/16817139557018508016)でも触れられた「猫の恋」のように「猫の妻」「子猫」「うかれ猫」など春の季語として使われる場合。

  それと、「こたつ猫」「灰猫」のように冬の季語として使われる場合があります。

  前者はいわゆる猫の発情期や出産期を意味する言葉で、語感も洒落ていますし、ついつい詠み込みたくなるものです。

  が、猫が恋をするのは往々にして家の外、人と関わらない猫同士の話。

  対して、後者は家の中のこと、寒がりの猫が人の興した熱源に寄ってくるわけですから、冬の猫が春の猫より身近というのは分からないでもありません。


  また、夏には「海猫」という季語がありますが、これが「海猫渡る」なら春、「海猫帰る」なら秋の季語となります。

  そういえば今回『【春013】小さい春見つけた』(https://kakuyomu.jp/works/16817139556846164332/episodes/16817139557018469964)でも似たような季語の話がありました。

  日本を渡来地にする鳥獣で、春から夏に向けて来て、秋に帰るものといえば、やはり海猫でしょう。

  なので、これも広義の猫関連小説と言えなくもないのでしょうか。

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 空には星が多すぎる。

 目当ての星を探すのに、余分な星が邪魔だと思った者がいた。

 発端なんてその程度だ。

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  後半でいきなり隕石が落ちて終了、というのではあまりに急展開なので、冒頭で事前に星を落とす予告をしています。

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 タマリスは天井埋め込みエアコンの直下にて、吹き降ろす温風を一身に浴びていた。

 猫一匹にとって広すぎる室内には六基の天井埋め込みエアコンが設置されているが、横長の部屋の中央部下座側、ドアの直上に設置された天井埋め込みエアコンは、ドアが開いた際に室内外をやんわりと遮断するエアカーテンの役割も担う。そのため、他より強力な風力、暖かな温度設定が為されている。

 彼女、タマリスはこの風を、天井おろしと心の中で呼んでいた。

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  「タマリス」は猫の個体名の定番「タマ」と「felis」のリスを繋げた名前ですが、書きながら「シマリスみたいな名前だな」とは思っていました。

  初期案では「ネコリス」だったのですが、「ネコだかリスだかわかんない名前だな」とも思っていました。

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 多くの猫は、手の届く世界で最も快適な場所を探し当てる才能を持っている。彼女もまたそんな猫の一匹だった。

 この部屋の中で、最も暖かく、寝心地が良いのは疑いなくこの場所。扉の前だ。

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  「猫は夏でも冬でもお気に入りの場所を動かず、ただ人間の手によって環境が最適化されることを座して待つ」という話もあります。

  が、その辺は個々の性質、また飼育環境や飼い主の方針によるかと思います。

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 そして、窓のない豆腐の色形をしたこの小屋には、床面積と同じ広さの一部屋があるのみ。

 部屋の外に雪が降っていることを、タマリスはドアを開かずとも承知していた。

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  この辺りは恐らく、春夏秋冬から連想される単語を書き出した中に『夏への扉』が挙げられていた影響だと思われます。

  あれも猫と冷凍睡眠の話なので、タイトルの割に冬感が強いですね。

  あちらの猫は扉の外に夏を期待していましたが、それよりもう少し知恵がある、という意味の一文なのでしょうか。

  もう1ヶ月も前に書いた物なのでうろ覚えですが。

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「こんな日に外に出るのは、愚か者のすることだねこ」

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  猫なので語尾が「~だネコ」となっています。

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 鼻から抜けるように呟きながら、ドアの向こうから響く音に片耳を立てた。

 バタバタと、愚か者が駆けてくる音がする。

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  この「バタバタ」というのは露骨な白鳥アピールです。

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「タマリスチャン、大変ですわん!」

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  白鳥なので語尾が「~でスワン」となっています。

  猫の語尾が「~だねこ」なので、もし犬なら語尾は「~だいぬ」になるのが当然の理屈です。

  この時点で何の迷いもなく発言者が白鳥だと認識した人もいるのではないでしょうか。

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 内開きのドア前に陣取って丸くなる身。当然のこと、ドアを開けば木扉に閊える。

 ゴッ、と。深く響く衝撃にタマリスは跳び退いて毛を逆立てた。


「シロナス、ドアを開ける時は気を付けるんだねこ。急にドアを開けたら危ないんだねこ」

「タマリスチャン、気をつけるんですわん! ドアの前に寝てると危ないんですわん!」

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  白鳥の「白」と「Cygnus」のナスを繋げた名前ですが、書きながら「白茄子みたいだな」とは思っていました。

  初期設定では「イヌナス」だったのですが、別にイヌ要素はないので、犬の名前にも使われる「シロ」に変更され、それに伴い「ネコリス」が「タマリス」になったという流れです。

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 猫ならぬシロナスには、論理的な思考は難しいと見える。

 タマリスが渋々と、シロナスが部屋に入れるように場所を譲れば、シロナスは飛び付くように白い体を立ち上がらせた。

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  「飛び付く」も露骨な鳥アピールです。

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「そんなことより大変ですわん! タマリスチャン、部屋の外に出るんですわん!」

「早く部屋に入ってドアを閉めるんだねこ、シロナス」


 ドアを全開にしたままキャーキャーと喚くシロナス。

 タマリスは猫パンチでドアを閉じようとするが、大柄なシロナスの体躯をドアごと転がすほどの力はない。

 眉間に可能な限りの皺を寄せて、タマリスは尋ねた。

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  白鳥の鳴き声は「キャーキャー」に近い音なのですが、「キャーキャー」と言われて「これは白鳥の鳴き声では?」と思うのは、白鳥の越冬地の近所に住む人くらいだったかもしれません。

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「で、何が大変なんだねこ」

「それが……その!」

「その?」

「何ですわん?」


 タマリスは鼻息を吹いた。

 シロナスは物覚えが悪いというか、物忘れが激しいというか、三歩歩けば物事を忘れるような所がある。

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  「三歩歩けば~」も露骨な鳥アピールです。

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「忘れちゃったから、もう一度見てくるんですわん」

「戻ってこなくていいんだねこ」


 ドアが閉まるのを見届け、バタバタと騒がしい音が遠ざかるのを聞き、背を伸ばして両前足で鍵を掛け。タマリスは再びその場で丸くなった。

 それからはバタバタと駆け寄る音にも、ガンガンとドアを叩く音にも、軽く耳を動かすだけで、タマリスは眠り続けた。

 しばらくしてまた、バタバタと何かが離れていく音が聞こえ、ミシリと小屋が軋む音がして。

 タマリスは落ちてきた天井ごと、天から墜ちた巨きな物に押し潰された。

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  ワンアイデア(※今回は犬と白鳥の叙述トリック)で書き始めた短編の場合、私は展開に詰まったら大体、天変地異による大規模破壊を引き起こす傾向があります。

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「うっ、うっ……タマリスチャン……」

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  これを書いている私は「タマリス」という名前に引きずられ、この台詞もテレビ東京版アニメ『ぼのぼの』のシマリスくん(cv. 吉田古奈美)の声で脳内再生されています。

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 星の墜ちた土地の遥か上空をシロナスは羽ばたき飛び回る。

 赤く燃える星はタマリスの住んでいた小屋を押し潰し、星自体より幾十倍も大きな窪みを穿った。

 タマリスの住む白い小屋の室温は、シロナスには少し暑すぎる。余り中に入ることはないが、越冬地での友として、タマリスとは長年の付き合いもあった。

 初めに呼びに行った時に逃げていれば助かる道もあったかもしれないが、二度目に来た時にはもう、タマリスが全力で駆けても避難は間に合わなかっただろう。

 シロナスの言葉を聞いてすぐに逃げなかったタマリスが悪いのか、伝える前に三歩歩いて内容を忘れたシロナスが悪いのか。いずれにせよタマリスは未曾有の大災害により、跡形もなく消滅した。

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  ここまで露骨な鳥アピールは繰り返しているものの、作中で「白鳥」とは明言していないので、人によっては「えぇ……何か犬が飛んでるんですけど……?」という感想を抱くかもしれません。

  白鳥なので飛んでも大丈夫です。


  ちなみに、ねこ座(Felis)は猫好きの天文学者が考案したものの、結局定着せずに消えていった星座で、季節としては春の星座。

  また、はくちょう座(Cygnus)は夏の星座です。


  冒頭で「目当ての星を探すのに、余分な星が邪魔だと思った者がいた。」というのを、今回ねこ座が滅ぼされた理由のように書いています。

  ですが、春の星座が消えても、冬の星座を探しやすくなるかは疑問です。

  どうしてねこ座を潰したんでしょうか。

  なるほど、展開に詰まったから天変地異が起きたんですね。

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 星の墜ちた跡地にはいつしか雨水が溜まり、新しい湖が生まれた。シロナスは毎年冬になるとその湖を訪れ、名も忘れた友を思ってキャーキャーと鳴いたという。

 やがてシロナスの子や孫が湖に満ち、シロナス自身は天に昇って星になったが、燃える星に焼き尽くされたタマリスの姿は夜空の何処にも残らなかった。

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  ここまで露骨な鳥アピールは繰り返しているものの、作中で「白鳥」とは明言していないので、人によっては「えぇ……何か犬が湖に満ちてるんですけど……?」という感想を抱くかもしれません。

  白鳥なので湖に満ちても大丈夫です。

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 これが現在の八十八星座に、ねこ座が数えられない理由と、その顛末である。

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  ねこ座が考案されたのが1799年。

  近世以降に考案された星座で、現在の88星座に残っているのは南半球の星座が大半ですが、ねこ座に限らず現在まで残らなかった星座は多いようです。

  なお、プトレマイオスの星図に残るトレミーの48星座が纏められたのは西暦100年台。

  実際にはそれ以前から、はくちょう座は認識されていました。

  「猫が星座になり得た時期」と「白鳥が星座になった時期」の順序が現実とは異なるのですが、あと10万年もしたらほんの2000年足らずは誤差になるでしょうから、神話としては特に問題ありません。

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【どっとはらい】

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  「どっとはらい」は民話の終わりに付ける結句で、東北地方の一部で使われた言葉です。

  類語としては「めでたしめでたし」「とっぴんぱらりのぷう」「しゃみしゃっきり、鉈づかぽっきり、蔵の鍵ぴぃん」など。

  どうも最後が字面的に締まらないので、他作品で見られた【Fin】を和訳して挿入したものです。

  雑に置くだけでも、何となく話が締まったような気がしますね。

  気のせいだと思いますが。

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