第3話 僕ってさ、本っ当に……

 せつなくも楽しかった昼休みはあっという間に終わり、午後の授業もつつがなく終了。 

 僕はさっさとカバンの中に荷物をまとめ、教室をあとにした。

 朝練あされんなし。

 放課後練習なし。

 廃部はいぶ寸前すんぜんのダメ部ならではの直帰ちょっきコースである。


 昇降口しょうこうぐちから外へ出ると、ギラギラとまぶしい陽光が全身におそいかかってきた。


「うへえ、あっついなあ……」


 右手で影を作りながら空を見上げる。

 気象庁の梅雨つゆ明け宣言はまだ出ていないような気もするが、雨雲あまぐもなんかどこにもありゃしない。

 絵に書いたような夏の青空だ。


 十七歳、高校生活最後の夏。


 いわゆる青春まっさかりのはずなんだけど、僕の場合はどうなんだろうね。

 胸の奥にさみしさがこみ上げてきて、ため息が出た。


 一緒に遊ぶ友達もほとんどいないし、スポーツは好きじゃない。

 学校行事に熱中する事もなければ、夜遊びに夢中になる事もなかった。


 だから青春らしいといえるのは、ただ一つ。

 何となく続けていただけの囲碁将棋部で、ひなちゃんと出会えたことだ。

 人生を楽しむための努力さえしていなかった僕にとって、今の状況は一生に一度くらいのラッキーチャンスだと思う。


 部活という名目めいもくのもと、週に何度も二人きりの時をすごすことが出来るこの奇跡。


 しかも彼女の顔もろくに見られないという情けなさ全開の僕にとって、下向いて指だけ動かしていればいい囲碁と将棋は本当にありがたい。

 何から何まで、神がかり的に都合つごうが良いのだ。

 でもこの奇跡の日々も、そろそろ終わりが近づいていた。


 もう六月下旬げじゅん

 他の生徒たちは夏休みが来る日を指折ゆびおり数え始めている。

 しかしそれは僕とひなちゃんのお別れの日が近づいていることでもあった。


 うちの高校は三年生の一学期末で部活動を引退する決まりだ(運動部は夏の公式戦が終わるまで)。

 それからは受験や就職活動のために時間をかなければいけない。

 とすると一年生のひなちゃんと三年生の僕が二人でいられるのも、あと一ヶ月たらずということになってしまう。


 あと一ヶ月。

 期末試験の時期なんかもふくめると、実際に会える回数はもっと減ってしまう。

 残り何回だろう。 

 十五回くらいかな。 


 それっきりお別れなんてイヤだあ……。

 悲鳴みたいなかすれ声が、僕の口からあふれだした。


「ひなちゃん……」

「はい」

 

 真後まうしろから幻聴げんちょうが聞こえた。僕の妄想力は近ごろ高まる一方だ。


「ああ君は声まで可愛いね……」

「えっ、いやーそれほどでも」

「いやいや、君は足の爪先つまさきから頭のてっぺんまで可愛いさ」

「マジですか、わはー! てれちゃいますよお!」


 ドンッ!

 と、突然背中を突き飛ばされて、僕はハッと我にかえった。


 嘘。

 マズイ。

 すっっっごく、嫌な予感がする。

 今、誰に背をたたかれた?

 なにげなく誰と会話していた?

 僕の後ろに立っている人って、誰だ!?


 生きた心地ここちもせぬまま振り返ると、やっぱり、彼女だった。


「センパイ、あたしをほめたってなにもいいことないですよー」

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