二人の痛み

「ただいまー」って声がして、真白さんと玄関に迎えに来た。


二人の様子を見ると何かがあった事が、すぐにわかった。


でも、俺も真白さんも尋ねはしなかった。


例え、今日二人がキスをしていたとしても、それでもいいとさえ思えた。


「お酒飲む?梨寿りじゅさん、カフェインレスいれようか?」


「うん」


俺と真白さんは、何も聞かなかった。


ビールを冷蔵庫から取り出した。


由紀斗にグラスと一緒に渡した。


「ありがとう」


「ううん」


コーヒーをいれにキッチンに行くと真白さんもついてきた。


「キスぐらいしてきたかな?」


「さあね」


「嫌じゃないの?」


「仮にそうなっても、仕方ないぐらい傷ついてるのがわかるから」


「私も、わかるよ。だから、ザワザワもイライラもしない。」


「そうだね」


コーヒーをいれて、真白さんに渡した。


「ありがとう、持っていくね」


そう言って、梨寿さんの元に行った。


俺も、ビールとグラスを持って由紀斗の隣に座った。


しばらく沈黙が続く…。


それを打ち破ったのは、他の誰でもなく由紀斗だった。


「毎日、抱けば一発で子供が出きるってさ」


由紀斗は、おかしそうにケラケラ笑った。


「千尋、俺、あいつぶん殴りたかったよ」


目の中に、涙が溜まっていく。


「誰が、そんな酷いこと言ったんだよ」


「おじさんだよ。自分の息子に子供が出来て。体柔らかくして、毎日ちゃんと抱けだってよ。俺は、消えそうになってる梨寿をあいつ等から守れないんだよ。千尋」


由紀斗さんの、グラスを持つ手が震えてる。


「大丈夫だよ。由紀斗は、何も悪くないよ。たいした事ないよ。いつも、そうだったでしょ?」


「たいした事あるよ。いつも俺は、守れなくて苦しんでたんだよ。あんな奴らを捨てれない俺が大嫌いなんだよ。」


「血の繋がった家族なんだから、

仕方ないよ」


「血が繋がってるのなんか無意味だって。あいつら見てたら思うんだよ。血なんか繋がってるから、平気でここを抉るような言葉言えるんだろ?無神経な言葉、言えるんだろ?」


由紀斗は、ボロボロ泣いている。


「そうだよ。」


梨寿さんは、由紀斗にそう言った。


「血が繋がってるから、平気でここを殺せるんだよ。私も母がそうだったからわかるよ。絶対に断ち切れない糸だって知ってるから、無神経な言葉が言えるんだよ。人権なんてないよ。一人の人間なんかじゃない。由紀斗だって、私だって、ただの所有物でしかないんだよ」


梨寿さんの言葉に、由紀斗は、頷いた。


「そうだな。俺達は、今日そうされてきたな」


涙が流れてきていた。


深い苦しみと悲しみの中に、二人が沈んでいるのは明らかだった。


うまい言葉が、見つけられない。


「へその緒で繋がった日から、きっと私は、母の所有物になる事を望んで産まれてきたんだと思う。だから、由紀斗だって…。そうでしょ?」


「そうだな。あの人は、俺を自分の一部かなんかに思ってる。」


「もう、操られる糸を切ったらいいんじゃない?私は、やっと切れてきたよ。」


「わかってる。」


梨寿さんは、由紀斗に泣きながら笑う。


「また、由紀斗の家族に会うでしょ?でも、その度に、私達がボロボロになる必要はないでしょ?私達は、お互いに優しくしようよ。どれだけ、傷つけられても抉るような痛みをつけられても…。ねっ?由紀斗」


「そうだな。そうするべきだよな。」


梨寿さんは、真白さんに二階に行こうと言った。


「由紀斗、断ち切りなよ。おやすみ」


「ああ、おやすみ」


二人がいなくなって、由紀斗は俺の手を握りしめた。


「由紀斗の痛みをなくすような言葉がうまく見つけられない。」


「千尋、そんなのいらないよ」


「気持ちをもっとちゃんとわかってあげたい。」


「わかる必要なんてないよ。わかってるって思うと同じだって押しつけちゃうんだよ。あの人達みたいに…」


「由紀斗、愛してるよ」


「どうした?急に」


「そんなに辛そうに泣かれたら、それしか言葉が出てこなくて」


「ハハハ、ありがとな。俺も、千尋を愛してるよ」


その笑顔を守りたくて、俺は、由紀斗を抱き締める事しか出来なかった。



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