悲しみの帰宅

「そろそろ、帰ろうか?」


「うん、帰ろう」


二人で、散々泣いた俺達は、電車がやってきて、立ち上がった。


「由紀斗は、千尋さんといるの楽しい?」


「うん、すごく。梨寿りじゅは?」


「楽しいよ。母の事の呪縛からも離れられた。あっ、婚約指輪と結婚指輪返さなきゃね。」


「いいよ。梨寿が持ってて。あげたものだから。梨寿と選んだものだから」


「ありがとう。由紀斗は、指輪買いに行かないの?」


「いくつもりだよ。梨寿は?」


「私も買いに行きたい。」


「足は、痛みはまし?」


「最近、真白がマッサージしてくれるから」


「よかったな」


俺は、流れる景色を見ながら話す。


「昔よく、マッサージしたな、俺も…。」


「そうだねー。してくれてたね」


「優しく出来なくなるなんて思わなかったよな。あの頃は…」


「うん、そうだね。当たり前に手に入るって思ってた。」


「赤ちゃん?」


「うん。由紀斗のお母さんに言われた通りだね。」


「何、言われたの?」


「子供産む前に、家なんか建てるから出来ないのよって!その通りだったね。」


「そんな事ないよ。関係ない。そんなことは」


「ごめんね、由紀斗に内緒にしとくつもりが言っちゃったね。」


今にも、消えそうな顔して笑ってる。


「もっと話してよ。母さんや父さんに何言われたの?」


「由紀斗は、子供を作れる人間なのに、子供の出来ない貴女のせいでいい迷惑ですって…。」


「何だよ、それ。」


そんな消えそうな顔するなよ。


「俺は、梨寿にそんな顔しかさせれないな」


「そんな事ないよ」


「あるよ。」


「ごめんね、由紀斗」


「両親にもっと色々言われてるんだよな。」


「ごめんね」


「全部言わないのわかってるから」


駅について降りた。


「でもさ、梨寿。いつかでいいから話してよ。墓場まで持ってかないでくれよ。だって、俺達夫婦だっただろ?」


「わかった。いつか、話すね」


梨寿を幸せにするのは、もう、俺ではない。


俺は、梨寿に消えそうな顔しかさせれない。


「あのさ、俺、会社で。嫌、またいつか話すよ」


「うん、わかった。」


ポンコツだって言われてたんだ。なんて、言ってどうするんだよ。


これ以上、苦しめてどうするつもりなんだ。


「運命って、自分で作るもんだってTVで占い師が言ってたのにさあ。俺達は、子供がいる運命。えがけなかったよな」


「歴史は、かえられないから。宿命はかえられないって聞いた事あるよ」


「じゃあ、俺達に子供が出来なかったのは宿命だったって事か?」


「さあね、どうだろうね。」


「そんな下らない迷信に振り回されたらダメだよな。」


「そうだよ。私の母親みたいになるよ。」


「最近、逮捕されたな。あそこの人達」


「うん、何かホッとしたよ。」


「それなら、よかったよ。一つでも、梨寿の苦しみが減る事は嬉しいよ」


俺は、そう言って笑った。


「由紀斗は、私の事を一番に考えてくれていたのに…。私は、自分ばかりだったかな」


「そんな事ないよ。俺だって、自分ばかりだったよ。」


「初めて、付き合った日に言ってくれた言葉覚えてる?」


「ああ、梨寿の足を支えていくって言ったな。」


「うん。これは、梨寿にとって大切なものだからって、はしゃぎすぎて忘れてた折り畳みの杖もってきてさー。」


「そんな事もあったな」


「私は、足のせいで不安や不満ばっかりなのに、由紀斗はそんなのたいした事ないって言ってくれた。私ね、まさか由紀斗以外に愛してくれる人が出てくるなんて思わなかったよ。」


「バカだな。梨寿は、足なんか関係ないぐらい魅力的な人間だって気づいてなかったか?」


「そんな事ないよ」


梨寿は、首を横にふった。


「そんな事あるよ。足が悪くなかったら、今の倍はモテてる。足が悪かったお陰で、俺は、10年も梨寿の傍にいられた。神様がいるなら、感謝しかないよ。」


俺は、梨寿の頭を撫でた。


「なにそれ?モテないよ。私なんか」


「それ、モテない人が聞いたらめちゃくちゃ怒るから」


「フフフ、由紀斗は、最高のパートナーだったよ。」


「親友になれるかな?心の友って書く方な」


「なりたいね。かわらず一番の理解者ではありたいよ。」


梨寿の頬を涙がキラキラ濡らしていた。


俺もまた泣いていた。


手に取るように、気持ちがわかるのに俺達は、繋ぎ止めなかった。






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