第7話

 「はぁ…なんだかとても気が重たいわ」

「そんなこと仰らずに!さぁシャルロット様、トリートメント流しますよ」


さて、新しいドレスにお召し替えする前に…とシャルロット様はヴィンセントにより無理矢理お風呂場へと連れて行かれました。

初夏の爽やかな日差しとは言え、少し汗ばむ陽気の中お庭を走り回っておりましたので、ヴィンセントは先に汗を流してきてください、と言って、シャルロット様を付きのメイドのセシルにシャルロット様を文字通り投げ渡し、その勢いにつられてセシルまでもが猫足の大きなバスタブの中にシャルロット様を文字通り投げ込みました。

予測済みだったのか、もうすでにお湯をきっちりたーっぷりと沸かし、シャルロット様が今ハマっているオレンジとシトラスの香りのボディソープで湯船を泡泡にしてお風呂の準備がされておりました。

お風呂が大好きなシャルロット様は最初は渋々だったものの徐々に機嫌がよくなり上機嫌でお風呂に入っております。

セシルにしっかりとシャンプーをしてもらい、短時間の短縮版ではありましたがスペシャルなトリートメントケアをしてもらって大満足で湯船に浸かっておりましたが、セシルからそろそろ…と催促されて再び少しテンションが落ちておりました。


「このままずーっとお風呂に入っておきたいわ」

「さすがにふやけますよ」

「はぁ…上がりたくないわぁ。このまま泡の中でのんびりとしていたいわ」


まったく乗り気ではないご様子のシャルロット様は仕方なしにのろのろと足取り重くオレンジとシトラスの香り立つ泡がたくさん立っているバスタブから出ると、お湯とタオルを持って待ち構えているセシルの前へとやってきます。

セシルは待っていましたと言わんばかりにシャルロット様の柔らかくて艶やかな髪のトリートメントをお湯で流します。ついでに白くて華奢で、滑らかなお肌についている泡も一緒にお湯でざばーんッと豪快に流しました。

手早くサササッとトリートメントと泡をきっちりと流し取ると、すぐに洗いざらいのふわふわのタオルでシャルロット様のお肌を優しく包み込みます。

そしてこれまた手早くバラの香りのオイルを持ってきてシャルロット様のお身体と髪にしっかりと塗りたくり保湿を行います。タオルで余分なオイルをふき取ると、チャチャッと手際よくインナーとビスチェコルセットを着せました。


「さぁ姫様、お召替えですよ!」

「はぁ…このままベッドにダイブして眠りたいわ」

「駄目です」

「んもぅ、セシルの意地悪!」

「はいはい、何とでも仰ってください。さぁメイクルームに行きますよ!」


駄々をこね続けるシャルロット様の発言を適当に受け流して、セシルはシャルロット様の手を取ってお風呂場から近くにあるメイクルームへと連れていきます。足取り重たいシャルロット様は大きな石のように重たい足取りでしたが、何気に力持ちのセシルに引っ張られてようやくメイクルームへと入っていきました。


「やっと来られましたか。予定時刻より5分遅れています。…まったく。さぁ早く座ってください」

「ヴィー!」


メイクルームには、マントを取り制服の袖を捲り上げて手にタオルを持ってスタンバイしているヴィンセントの姿がありました。

意外な人物がいることにシャルロット様は驚きましたが、時間が押しているため不機嫌になっているヴィンセントにサッと手を引っ張られて、大きな鏡が付いているドレッサーの前の赤いクッションが引かれた椅子に有無を言わさずと言った状態でドサッと座らされました。


「時間が無いからこの私がやるんですよ」

「ヴィー手際良いものね」

「姫様がのろのろ動くから皆手際悪くなって遅いんですよ」

「なによぉホント、ヴィーって失礼なんだから!」

「はいはい、時間無いんだからもうさっさと始めますよ」


ヴィンセントは手に持っていたタオルでシャルロット様の頭をちょうど良い感じの強さでガシガシ拭いて髪の水気を取っていきます。ある程度水気が取れたら、手にこれまた芳醇なバラの香りがするオイルを付けてシャルロット様の髪にしっかりと馴染ませます。

そしてセシルに合図すると、温めていたヘアアイロンを使ってシャルロット様の髪を乾かしていきました。水分が飛び乾いたところで、髪をスタイリングしやすくなるようにもう一度ヘアオイルを付けて馴染ませます。


「さてと…お着替え後のドレスはあのドレスだから…ヘアスタイルは簡単にアップスタイルにしましょうか」


ヴィンセントは、ドレッサーの大きな鏡に映っている、ゴールド製のハンガーラックに掛かっている胸元がオフショルダーのペールブルーのドレスをチラッと横目で確認すると、シャルロット様の髪を手に取って器用にアレンジを始めて行きます。

丁寧に事前にオイルに浸していた櫛で梳かして指通りをよくすると素早く耳より上の部分の髪を取って編み込み始めます。そして少し毛を引っ張ってルーズな遊び感を作ると残りの下部の髪を熱した太目のアイロンでクルクルと巻きました。キッチリとまとめつつもふわりとエアリー感を出した清楚なヘアアレンジを見てヴィンセントはうん、と満足げに頷きました。

そしてヘアメイクが終わると、今度はササっとキラキラ輝くラメ入りの白粉をお肌とデコルテ部分に薄らと施します。お肌も滑らかで綺麗なのでこれ以上余計なメイクを施さないようです。そして仕上げに、プックリとした瑞々しい唇に蜂蜜で作った保湿のクリームをそっと薄らと指をその唇に這わせて塗りました。


「さて…メイクは終了です」

「ありがと」

「さぁドレス着ましょうか」

「はぁい」


シャルロット様はスッと立ち上がり、ふかふかのラグが敷かれているお着替えスペースに移動しました。シルク地の滑らかな生地製のドレスを手慣れた様にササっと着せ、後ろのリボンをキュッと閉めて、胸元と袖口に添うように縫われている銀糸交じりのレースを綺麗に整えます。最後にウエスト部分にあるネイビーのリボンをキュッと締めてドレスを着せ終わらせると、すぐ傍に小さな椅子を持って来させてそこにシャルロット様を座らせると、ヴィンセントは膝を折りキラキラのラメがふんだんに施されたヒールを手に取るとシャルロット様の足にその靴を履かせました。

その間にセシルがネックレスとイヤリングを手際よくササっと装着させます。


「ありがと」

「あ…姫様ちょっと待ってください」


動き出そうと立ち上がったシャルロット様を制止して、ヴィンセントはヘアアクセサリーがたくさん入っているチェストを開きます。白い花にキラキラしたビジューとパールを散りばめたコームを取出し、そっと編み込み部分に差し込みます。

ヴィンセントはお召し替えが終わったシャルロット様を見て、満足げに微笑みながら子猫を優しく寝でるようにシャルロット様の髪を撫でます。


「これで良し…っと」

「…ありがと」

「それじゃあ姫様、行きましょうか」

「…ねぇヴィー、私行きたくないわ」

「ワガママ言わないでください。これも公務の一環ですよ。王族の務めです」

「はぁ…今日もゆっくりとお庭をお散歩して、美味しいお菓子を食べてのんびりしたかったわ」

「どこの隠居老人ですか。と言いますか国民の税金で生活しているんだからちゃんと働いてくださいよ」

「んもぅ分かったわよぉ!」


お二人は口げんかを交わしながらメイクルームを出ていきました。廊下をズンズンと進んで行く間も小声ではありますがお二人のしょうもない口げんかは止まることなく続いております。

なんやかんやしている間に、お二人は謁見の間へとやって来ました。

そこでようやく二人のどうでもいい口げんかは一旦休戦となったようで、お二人は口を噤みスンッと前を向き直ります。


「…さぁ姫様」

「分かってるわよぉ」

「この仕事終わったら大好きなお菓子たくさん食べていいですから」

「…ホント?」

「えぇ。私は嘘なんかつきません」

「ねぇヴィー、私、氷をフワフワに削った、甘いシロップとかソースとかクリームを掛けてフルーツ盛り盛りの『かき氷』っていうスイーツが食べたいわ」

「…ポールに作らせましょう」

「やったぁ❤」

「はい、じゃあ行きますよ」

「了解!」


食べたいスイーツを用意してくれる、と聞いてシャルロット様の瞳はキラキラに輝き、満面の笑みでヴィンセントを見つめます。そんなシャルロット様に呆れた顔でヴィンセントは見つめ返すと、エスコートしていた手をスッと離しました。

失礼します、と声を掛けてヴィンセントは謁見の間の重厚な白い木製の大きな扉をゆっくりと開きました。


「お待たせしてごめんなさい」

「あぁ、やっと来たか」


謁見の間では王座に座っていらっしゃったウィリアム様がナルキッス国から来られた大使らと何やら楽しげにお話をされている最中でした。

オフショルダーのペールブルーの愛らしいドレスに、華美になりすぎずに、けれどもきちんとした華やかさを出す耳元に光る雫型のビジューのイヤリングと首元のパールを基調とした繊細なデザインのチョーカー、そして丁寧にセットされたヘアメイクでシャルロット様は清楚な美しさを振りまいております。


「おぉ…っ!これはこれはシャルロット様!!」

「お噂通り、なんと美しい…!」


ナルキッス国の大使や若いお付きの者たちは、満を持して現れたとんでもない美少女のシャルロット様のお姿をご覧になって色めき立っております。

そんな大使たちの態度を知ってか知らずか、シャルロット様は大使たちの方を見てにっこりと微笑まれます。するとその天使のような微笑みを見られた大使たちはズキューンっと言う音を立てて射抜かれた胸を抑えております。


「…な…っ何という微笑みっ!」

「あぁ…なんだかこの微笑みをいただいただけで胸がときめいて…幸せな気分になれるっ!」

「あぁ…まるで女神のようだ…っ!!」

「はぁっ!ウィリアム陛下と並ばれるとさらに美しさが倍増して何だかもう黄金の光が射しているようだ…っ!!」


息も絶え絶え、ナルキッスの大使たちは倒れそうになるくらいの衝撃に必死に耐えて、ウィリアム様の横に立たれたシャルロット様…という極上の並びをご覧になっております。スッと部屋にいつの間にか入って来ていたヴィンセントは、ナルキッス国の大使たちをイチコロにしているシャルロット様を見てあぁ…と一言小さく呟きあははと笑っております。


「まぁ姫様、黙っていれば本当に愛らしくって天使の様ですもんねぇ。まぁさらに極上に可愛くなるように私が飾りたてておりますけれど」

「おやヴィンセント様」

「口を開くと化けの皮剥がれちゃいますけど」

「…それ以上仰ると多分怒られますよ」


横に居たばあやがヴィンセントにシーっと人差し指を口元に当てて静かに、とジェスチャーをしましたが、ヴィンセントははいはい…と言った感じで受け流します。

少し離れているシャルロット様に聞こえてはいないと思うのですが、何やらまたヴィンセントが自分の悪口でも言っていると察したのでしょうか、ジッとヴィンセントの方を見てアッカンべーっと舌を出しました。


「…ったく子どもっぽくってしょうがないですね」

「そればヴィンセント様もですよ」

「ん?ばあや何か言いましたか?」

「…いいえ何も」


シャルロット様の行動にイラっとしたヴィンセントの独り言のような呟きにばあやはポソッとツッコミを入れました。しかしヴィンセントには聞こえていなかったのか、はて何ですか?と聞き返します。

ばあやは仕方ないですねぇと言わんばかりにフフフ…と笑ってヴィンセントの顔を見ました。訝しげな顔をしたままヴィンセントはばあやを見つめておりましたが、まぁいいやと思われたのでしょうか、さっと前を向きなおして謁見の間の上座を見直しました。


「…大使殿?どうかされましたか?」

「あ…っ!!いえ…そのお二人の輝かんばかりのお美しさに我々一同心を打たれておりました」

「そのようなこと…。ナルキッス国こそ眉目秀麗と名高いフランツ王子殿…それに麗しい両陛下もがおられるではないか」

「まぁそうですが…。いやしかし、ウィリアム陛下とシャルロット様が並ばれているお姿を拝見いたしますと…まるで完成された一枚の絵画のようです」


うんうん、とナルキッス国の一同は激しく首を縦に振ります。まぁ…とシャルロット様は少し恥ずかしそうに下を向かれました。その少し恥らった様子にもナルキッス国の大使たちはキュン…っとされた様でほんわかした気持ちでシャルロット様を愛でるように見つめております。


「陛下、そろそろ…」

「あぁそうだったな」


話が進まないと思われたのでしょうか、ヴィンセントはウィリアム様の傍に寄ると耳元に小声で声掛けされました。和やか世間話モードだったウィリアム様はあっと、我に返られました。


「話が脱線してしまって申し訳ない…。それでは本題に入るとしよう」

「あ、いいえっ!こちらこそ申し訳ございません」

「シャル、少し難しい固い話になるから、お前は別室にいらっしゃるフランツ皇太子殿下の面倒を見てあげなさい」

「…え、シャル一人で?」

「この中ではお前くらいしか適任者はいないんだ」

「…」

「シャル」

「…分かったわ」


ちょっと嫌だったのかシャルロット様は不服そうな表情をナルキッス国の皆には見えないようにして一瞬チラッとウィリアム様に向けました。ウィリアム様は優しさを含みながらも有無を言わさない強い瞳でシャルロット様のお顔を覗き込みます。

根負けしてシャルロット様は観念しましたと言わんばかりにため息をつくと、ウィリアム様はニコッと微笑まれます。


「じゃあ頼んだぞ」

「…それでは皆様、私は少し退席させていただきますわ」


これまた再びにこやかにシャルロット様は微笑まれると、スッとお辞儀をして謁見の間をあとにしました。お付きのメイドのセシルもその後に続いて謁見の間をあとにします。再び静かな少しひんやりとした大理石の廊下をシャルロット様は足取り重たく歩き出しました。


「シャルロット様、フランツ様はあちらのティーサロンでお待ちです」

「そぉ…」

「姫様完全に乗り気じゃないですね」

「当たり前じゃない。フランツと共通の話題なんてないもの!一体何を話せばいいのか分からないわ」

「まぁ確かに」

「でもお兄様に頼まれちゃったんだもの。仕方ないわ」


はぁ…とシャルロット様は大きくため息をついて肩を落とすと、フランツが待機している別室へとのろのろとやって来ました。


「フランツのことは嫌いじゃないんだけれどね。なんて言うかテンションが合わないのよねぇ…。普通のテンションはまぁいいんだけれど、時おり起こるあの発作のように自分を美しいと褒め称えるのとか…付いていけないわ」

「仕方ないですよ。フランツ王子もまるで絵画の中の天使のように愛しくてお美しいんですもの。まぁ…ちょっと洋服のセンスは…いかがなものかな、と思う時もございますが…」

「そうなのよ!あの洋服のセンスも理解できないの!」

「仕方ないですよ。ナルキッスの国王陛下も独特のセンスをお持ちですから…」

「…原色なおかつ金ぴかは理解できないわ。それにたまーに全く言うこと聞いてくれずに怒るじゃない?もぉワガママなのよぉ!まぁまだ子どもだし、あのナルキッス大国の御曹司のお坊ちゃまだから仕方ないんだけど…」

「ワガママな姫様に言われたらおしまいですよね」

「んもぅセシルったらっ!」

「あ、すみません…つい本音が」


ぴしゃりと本音を口走ってしまったセシルにちょっとぷんすかとシャルロット様が怒っておりますと、もうフランツ王子のいるお部屋の前にやって来てしまいました。

シャルロット様は再び大きなため息を吐きます。


「あぁどうしましょう…」

「姫様ファイトです!」

「んもぅ!他人事だと思って!」

「…他人事ですもん」

「セシルの意地悪!」

「だって真実ですもん」

「…もういいわ。地道に頑張るわ。…かき氷のために」

「そうですね、かき氷のために頑張ってください」


ふぅ…っと力強く息を吐くと、シャルロット様は意を決して前を見据えます。そしてフランツ王子が待っているティーサロンのお部屋の扉をノックし、間の抜けた返事を聞くとゆっくりと中へ入って行かれたのでした。



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fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜 月城美伶 @chi1002

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