第6話

 「セシルお願いっ!一生のお願いよっ!!どうか今日は見逃してっ!!」

「ダメですシャルロット様。残念ながら見逃すことは出来なんです。ってか姫様一生のお願い何個あるんですか。もう1000回くらい聞きましたよ」

「シャルの人生1000回あるのよっ!!」

「どんな神様ですか姫様」

「ねぇセシル~っ!!」

「ダメですぅ~っ!!姫様を逃したら私もヴィンセント様にねちっこくクドクドお説教されて1週間くらいイヤミ攻撃くらうから嫌なんです~っ!!私こそ一生のお願いですから逃げないでください~っ!!」


さてさて、セシルに引きづられるように東のお庭の古い塔から回収されてきたシャルロット様は、未だにセシルに抵抗の体勢を見せております。腕力も無くか弱くてセシルには勝てるハズもありませんが、それでもなんとかセシルの手から逃れようとシャルロット様は無駄に頑張っておりました。

しかしセシルも負けてはおりません。シャルロット様を逃がしたとなれば、あのヴィンセントからの精神的に来るイヤミ攻撃が待っているかと思うと、セシルは怖くて仕方ありません。必死にシャルロット様を逃すまいとがっちり腕を掴んで捕獲しております。


「んもぅ~っ!!セシルの意地悪~っ!!」

「大好きなシャルロット様に意地悪と思われるのは辛いですが、これも仕事なんで仕方ないんです~っ!!」


…っとギャーギャー叫びあいながらお城の廊下を進んだり後退したり…と繰り返しながらセシルとシャルロット様が中庭を通り過ぎようとされたとき、どこからかシトラスとムスクを掛け合わせた甘い香りが辺りを漂いました。


「おや、そこを行かれますのはシャルロット様!」


そしてカツンッとヒールの音をかき鳴らしながらハスキーでどこかセクシーなボイスが廊下に響き渡りました。


「…あらっ!ごきげんよう、マリア」

「まさかこんなところでお目に掛かれるとは…光栄でございます」


セシルはパッとシャルロット様から離れ、スッと後ろに下がり頭を下げます。シャルロット様もすぐに何事も無かったかのように取り繕い、マリアの方へとスッと手を差し出します。

そのスッと差し出されたシャルロット様の白くてお肌のきめ細やかな掌に口づけをされた、このマリアと呼ばれましたこちらの方―――…。

身長は10センチ以上はありそうなピンヒールを履いておりますが、おそらくウィリアム様やヴィンセントよりも高く190センチくらいはあるでしょうか、そんな長身に大胆にも深いスリットの入った赤いタイトなドレスを身にまとい、スラリとした脚を惜しげもなく披露しております。

そして黒曜石のように輝く腰まである黒い長髪にオレンジのメッシュを入れた豊かな髪の右側を編み込んで見事に結い上げ、切れ長に描いているキリっとしたアイラインと左目の下にあるセクシーな泣き黒子、そして艶やかな真っ赤なルージュがよりマリアの妖しさを際立たせております。


「…今日はマリアも一緒なのね」

「えぇ…本日はワタクシめもご一緒させていただいておりますの。しかしながらシャルロット様…本日も実に可憐で麗しくございますね」

「ありがとう。マリアも相変わらずセクシーでラブリーで素敵よ」

「ありがたきお言葉でございますわ❤」

「あ、ねぇもう皆はお部屋に行かれたの?」


ニコニコと微笑まれるお二人の間には和やかな空気が流れております。

そうれはもう、先ほどまで泣きわめいて叫びまくっていたことを忘れてしまうかのような感じでございました。ですがみんな揃っていらのであれば早く行かないとヤバいっと思われたのでしょうか、シャルロット様はハッと我に帰られました。


「えぇ、先ほど謁見の間に入られました。私は少し別の用事がございましたので席を外させていただいたのですよ」

「そう。じゃあ急いだ方がいいのかしら…」

「えぇそうですね。シャルロット様、急いでお召し替えいたしましょう!」


お二人のほのぼのとした雰囲気につられていた後ろに控えていたセシルもハッと我に返り、シャルロット様のお部屋に戻りましょう、と急かしました。


「ごめんね、マリア。もう少しあなたとお話していたいのだけど…また今度ゆっくりお茶でもご一緒しましょう」

「お引止めして申し訳ございません…えぇ、是非!」


シャルロット様がクルッと向きを変えてお部屋の方に向かって走り出されましたその時です。いつものあの声が大きなため息と共にまた聞こえてきました。


「…ったく。こんなところにいらっしゃるとは。もう皆さまお部屋でお待ちですよ」

「ヴィー!」


はぁ…と聞こえよがしにもう一発大きなため息をつきながら、パリッとした白い制服に身を包まれたヴィンセントが大階段をカツカツカツ…と早足で降りてきました。


「今日もばあやに泣き付かれましたよ。本当に貴女は困った方ですね…」


本日も眉間に深い皺が刻まれております。そしてシャルロット様の前まですごい速さで来られ、そっとシャルロット様のお手を取られたかと思うと回れ右くらいの急転回で元来た方へと向きを変えて、また超早足で歩き出されました。


「ちょっとヴィー!」

「はい、早く行きますよー」


有無を言わせずその場を早く立ち去ろうという感じでヴィンセントは歩き出します。なんだか一刻も早くここから立ち去りたいと言わんばかりにのスピードでヴィンセントはシャルロット様の手を引き真っ直ぐ前だけを見て機械的に喋りっております。


「…ヴィンセント様❤」


まるで聞こえていないかのようにヴィンセントは無視してズンズン歩いていきます。

ちょっと、とシャルロット様がヴィンセントに声を掛けようとした時です。


「ヴィンセント様ぁんッ!!!」

「っ!」


セクシーでハスキーな声が廊下に響き渡ります。そしてまるでイノシシが走るかのような勢いでマリアは一目散にドドドドドドド…っと走り出すと、そのまま血走った眼のまま一心不乱にヴィンセントに向かって行きます。

あ、危ないと思ったヴィンセントはサッとシャルロット様の手を離したその瞬間、ドスッと鉄球の様な衝撃がヴィンセントに走りました。


「…離せっ!」

「嫌です~ッ!!マリアはヴィンセント様にお会いしたくて今日は着いて来たのです~っ!!」

「私はお前に会いたくなどないッ!」


タックルの如く、マリアがヴィンセントを羽交い絞めにして抱きつかれております。

とっさの判断でヴィンセントからお手を離され、少し離れた場所にいらっしゃったシャルロット様ですが、あら~と笑いながらそんな二人を見て笑っておられました。


「あぁ…っこの艶やかで美しい銀髪…ッ!彫刻のように整っていらっしゃる端正なこのお顔…。まるで研ぎ澄まされたアメジストのような瞳に病的に青白くてきめ細やかな美しいお肌…。そして意外と細マッチョのたくましいお身体…っ!あぁ…たまらないわッ!!」

「…っ!」

「あぁ…ヴィンセント様の香り…。サッパリとされたこの石鹸と官能的な麝香のような香水とあなた自身の香りが混ざり合って…あぁ…もうマリア…ダメ…っ!!」

「離せ…」


ギリギリ…と思いっきり力強く後ろから抱きつかれた上、ちょうど頭一つほど大きなマリアはダイレクトにヴィンセントの首筋の香りを堪能するかのように鼻息荒く、執拗に嗅ぎまわされております。


「ヴィンセント様…愛してます~っ!」

「いいかげんにしろ…っ!」


マリアがヴィンセントに口づけをしようと強引に体の向きを変えようとした隙を見て、ヴィンセントはマリアを思いっきり払いのけました。


「きゃ…っ!」

「マリア!」


バターンッととてつもなく大きな音を立てて、マリアは床に転がりました。先程まで笑ってご覧になっていたシャルロット様もさすがにギョッとビックリされておられます。


「ちょっとヴィー!酷いわッ!」

「…貞操の危機なんでしょうがないのですっ!」


ゼーハーゼーハーと肩で息をしながら、ヴィンセントは額の脂汗を手で拭いました。そしてキッとぶっ倒れているマリアを睨みつけます。


「マリア、大丈夫?」


未だ床にうつぶせで転がっているマリアにシャルロット様は駆け寄りました。小刻みに肩が震えているのをご覧になって、シャルロット様は打ち所が悪かったのではないかとハラハラされております。


「放っておけばいいのです。さぁ姫様、早いところ謁見の間に向かいますよ」

「だけどヴィー…」

「大丈夫です。コイツは人一倍頑丈な身体してますから。さぁ姫様、コイツのスイッチが入る前に早く行きましょう」

「スイッチ…?」

「まぁもうすでに入っているんですが、ギアが入る前に行きましょう」

「ねぇちょっとヴィー、言っている意味が分からないわ」

「…まだお子ちゃまは知らなくていいことです」

「?」


キョトンとした表情のまま問いかけるシャルロット様に対しどこか苛立ちを隠せないヴィンセントはふぅ…とため息のように一つ息を大きく吐くと、マリアの傍で座り込んでいるシャルロット様の手を取って立ち上がらせます。

そして早くここを立ち去りたいと言わんばかりにシャルロット様のお手を強引に引かれ歩き出しました。


「…ふふふ❤」

「マリア…?どうしたの?どこか痛いの?」


のっそりと上半身を起こしたマリアですが、なぜだか不気味に笑っております。

あぁ…と一つため息を漏らすとヴィンセントは仕方ないなぁと呟きました。


「全く…昼間だと言うのに」

「…ヴィー?」

「姫様の教育上よろしくないですねぇ」

「…?」

「姫様、少しの間耳を塞いでてください。セシルは姫様に見えないように目を隠してやってください」

「あ…ハイ!」

「え?」


ヴィンセントはシャルロット様とセシルにそう言い放ちました。いまだキョトンとしているシャルロット様ではありましたが、パッとセシルの手が自分の目を覆って来たので反射的にご自分の耳をさっと塞ぎました。

ヴィンセントはそれを確認すると不気味に笑っているマリアを蔑んだかのような横目でチラッと見つめ、強い口調でマリアを攻めたてます。


「痛くないよなぁマリア。お前はそれが快感なんだもんな」

「…あぁその冷たい瞳ッ!ゾクゾクしちゃうっ!!」

「昔っからお前はそうだよなぁ…。このド変態が」

「あぁんっ!もっとなじってぇ~っ!!」


床にゴロンゴロンと転がって身もだえしながらマリアは興奮しております。そしてもっととせがむかのようにヴィンセントの足元に縋り付きました。

そんな様子をもう完全に置いてけぼりのセシルは凍りつきながらもシャルロット様にこの地獄絵図が見えないように必死に隠しております。


「…くっつくな!」

「あぁん❤」


ヴィンセントはマリアを足蹴りにしましたが、恍惚の表情を浮かべているマリアは歓喜の声を上げながらうふふ❤と笑っております。

セシルは早くこの地獄が終わらないかな、と思いながら、目の前で繰り広げられる訳の分からない光景を石のように気配を消して見ないふりをしておりました。

ヴィンセントはマリアの隙をついて思い切り投げ飛ばしました。ビターンッと大きな音を立ててマリアは3メートルほど先の壁にめり込みます。

ふぅ…と額の汗をサッとヴィンセントは拭い、乱れた制服を正すと、セシルに合図をしてシャルロット様の目隠しをしていた手を外させます。そして急に視界が明るくなり眼をぱちぱちさせているシャルロット様のご自分の耳を塞いでいる手にそっと手を置いて離させました。


「さぁ姫様…終わりましたのでさっさと行きましょうか」

「え、えぇ…」


めり込んだ壁からずり落ちて床でピクピクと悶えているマリアを横目に、シレッとヴィンセントはシャルロット様の手を引いて一刻も早くこの地獄絵図から立ち去ろうといたしました。

ちょうどその時、大階段の上から少し幼い少年の声が聞こえてきました。


「あー、こんなところにいたーっ!シャルロットちゃんなかなか来ないから僕も探しにきちゃったよぉ~」


ふっと大階段を見上げますと、そこには赤やオレンジ、黄色など色々な色が張り巡らされた派手なかぼちゃパンツを履いた10歳くらいの見た目麗しい少年がちょこんっと立っておりました。


「…フランツ王子殿…」

「せっかく今日はパパの代わりにシャルロットちゃんに会いに来たのにぃ~。もう僕待ちくたびれちゃったぁ」


トントントン…とフランツ王子はリズムよく飛び跳ねるように階段を下りられ、ちょこんっとシャルロット様の目の前に来られました。


「えへへ…っ!シャルロットちゃん今日も可愛いねっ!」


フランツ王子はニコニコと愛らしい無邪気な笑顔で微笑まれております。シャルロット様はスッとフランツ王子にお辞儀をされました。フランツ王子はシャルロット様のお手を取られ、ご自身の口元に持ってこられてキスのご挨拶をされます。


「ありがとうございます。フランツ王子も、本日もお変わりなくプリティーでお美しいですわよ」

「えー、嬉しいッ!やっぱり王子たる者、見目麗しくないとねっ!!…でも将来はもっとイケメンになるから、それまで待っててねっ!」

「まぁ、それは楽しみですわ…」


シャルロット様のお手を両手でギュッと握り、鼻息荒く目をキラキラとさせながらフランツ王子は息巻いておりますが、シャルロット様はにっこりと笑顔のまま若干棒読みでお返事を返されておりました。


「4歳の差なんて、もう少し大きくなったら関係ないよねっ!ねぇ聞いて、シャルロットちゃん!!僕が15歳になったら僕のお城で盛大な婚約パーティーをしようっ!!金ぴかのドレスに金ぴかでたくさん宝石が付いた豪華な王冠を君に上げるよっ!!だからナルキッス王国のお姫様に…僕のお嫁さんになってねっ!!」

「…お気持ちありがとうございます。ですがそんな先のお話ですもの、もっと素敵なお方に巡り会わられて王子の気が変わってしまうかも知れませんので…そんなお約束私からは出来ませんわ」

「そんなことは無いよっ!だって僕は5年前からずーっとシャルロットちゃんのことが好きだもん!!これから先もその気持ちは変わらないよっ!!」


そっとシャルロット様がお手を離されましたがフランツ王子はもう一度ギュッとお手を握られ、頭一つ大きいシャルロット様に近づくように一生懸命背伸びをされております。


「はぁ…」

「5年後…きっとシャルロットちゃんは絶世の美女になってるよねぇ。そしてそんなシャルロットちゃんの隣にはイケメンに成長した僕が居て…。なんて素敵な画なんだろうっ!!楽しみだねぇーっ!!」


お顔の距離はほんの数センチくらいまで近づかれマジマジ…とシャルロット様のお顔を覗き込まれております。

そんなフランツ王子に困惑気味のシャルロット様はセシルやヴィンセントの方を向いて助けを求めております。また一つ、ヴィンセントが溜息を洩らしながらシャルロット様とフランツ王子の方へと近づいて参りました。


「フランツ様…この鏡をご覧なさってください」

「ん?」


ヴィンセントはフランツ王子にスッと近寄られ、どこからかニュッと手鏡を出してフランツ王子のお顔の前に差し出されました。


「鏡…」

「さぁじっくりとご覧になってください…」

「…美しいっ!」


パッと掴んでおられたシャルロット様のお手を離されてヴィンセントが差しだした手鏡を奪い取るように持たれると、ジッと鏡を食い入るように見つめておられました。


「あぁ…今日も僕はなんてこんなに綺麗なんだろう~っ!!…陶器のようなつるんとした肌、稲穂のような金髪に澄んだ湖のように青い瞳、すっと鼻筋の通った可愛らしいこのお鼻…あぁ、なんてバランスの良い配置の僕のお顔なんだろう…まるで僕、神話の中の美の神様みたいじゃない?」


目をキラキラと輝かせながらフランツ王子は鏡を上下左右と動かして色んな角度からご自身のお顔を眺めております。


「…ナルキッスの方々はホント個性的ですねぇ。さぁ姫様、とりあえず陛下のいらっしゃる謁見の間に行きましょうか。あ、でもその前に着替えましょう」

「えぇ…」


もうすでに疲れた、と言わんばかりにヴィンセントとシャルロット様は溜息をつかれ、遠くの床で未だにもだえ苦しんでいるマリアと、鏡の中のご自身に夢中のフランツ王子を置いて謁見の間へと向かわれていきました。

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