第42話 救誓の譚
「おのれ! おのれおのれおのれェ!!
あと少しで英雄の完全覚醒を狙えたものをォ!! 我らが決戦の地ごと隔離など卑怯者がああああああああああ!!」
俺は意志を込め、魔王を屠る
そのまま室岡へと視線を向けると、まるで網に誤ってかかった蜥蜴のように藻掻いている奴の姿があった。
奴の周囲には、透明な壁のようなものが覆っている。それを破ろうと火炎を連射する室岡だが、紅蓮の業火は壁に衝突すると同時に、霧散するように掻き消されていった。
空間隔離、と駆け付けた機関の人たちは言っていた。なるほど。今この空間は、周囲の街からは切り離されている状態なんだろう。
さすがはロゴス、何でもありだ。だが今は、その荒唐無稽さがありがたい。これで心置きなく、奴とぶつかり合えるって訳だ。
そんな風に決意を固めていると、聞き慣れた声が脳裏に木霊する。
『……始』
「なんだ、クリス」
『かつて
人はどうして、繋がり合って生きていくのか。1人で生きていくのではいかぬのか、と』
「そんな事もあったな。お前なりに、人間を知りたいんだったよな」
そういえばすっかり忘れていた。元々コイツは、人間を知りたいんだったな。
その過程で俺の意志を探ったり、喧嘩したり、勘違いしたまま俺が突っ走ったりして忘れていたけど。
「色々あったけど、どうだ? 人間とやらが理解できたか?」
『うむ。今その答えが、少し分かった様な気がする。
人は1人では、やれる事に限界がある。例え
だが他人がいれば、仲間がいれば、こうして限界を超え補い合える、か。これが人間の生態なのか』
「生態って。……まぁ、大体そんなもんか。そうだよ。これが、人と人が繋がるって意味だ」
『……そうか』
どこか満たされたような、そんなクリスの相槌が響いた。
どうやら、ほんの少しでも人間を分かってくれたようでホッとする。安心したよ。これから長い付き合いになるだろうから、少しでも俺たちの事を知ってくれたら、それに越したことはないのだから。
『
あれほど無力だと自責の念を覚えていれば、誰かに縋りたくもなる。だがそれでも、お前は誰かを守る為に立ち上がったのだな』
「それもあるけど、ちょっと違うな。俺は誰かが苦しむのを、見るのが嫌だっただけだよ。俺って、簡単に同情する人間だからな。
だからさ、目に映る人をみんな助けたいって、いつも思ってた。出来る限りを救いたい、もう2度と失いたくないから、……ってな」
『その誓いは、今も変わりないか』
「当然だ。今はひとまず、街全員を救いたい」
『ならば力を振るえ! そのお膳立ては、全て整えてやる!!』
「──────。ありがとう!」
童子切を握り締めて、俺は室岡へと飛翔する。高く、高く、天の彼方にまで届くほどに、俺は己の身を弾丸とする。
飛翔に必要な空力計算も、それに必要な風も、全てクリスが生んでくれた。俺は彼女の力を己の物とし、そして湧き出る意志を以てして、童子切をこの手に握る。
込める意志はただ1つ。"みんなを救いたい"。たった1つの、シンプルな意志だ。
「届くか……ッ! この俺の領域にまで至るか!! 青き英雄よ!!
なれば見せてくれ!! この俺に進化の証を!! 俺にお前の真価をォ! 愛させてくれえええええええええええ!!!」
室岡の眼前に、俺は飛翔する。それを前にして、室岡は歓喜の雄叫びを放っていた。
その開いた強大な
「もうやめろ室岡! もう勝負は決した! 戦いは終わったんだッ!」
「終わらぬさ! 人類がこの世に存在する限り、進化は望まれる!
全ての人類を進化させるこの俺もまたぁ! この世に何度でも蘇るのだァ!」
「無理やりな進化なんざ、こっちから願い下げだあああああっっっ!」
俺は灼熱の暴風を退けるべく、童子切を振るう。
斬って、斬って、切り刻んで。街を救うという誓いを込めて振るう。
身体全体が、燃えるように熱い。視界がぼやけ、息が苦しい。
それでも俺は必死で意力を振り絞る。だが、室岡の猛る炎は、留まる事を知らなかった。
無限とすら思えるほどに沸き続ける紅蓮の大河は、一見勝ち目がないように思える絶望だ。
『苦しいだろうな。だが──────諦めるか?』
「なわけ無ぇだろうがァァアアアアアッ!!」
だがもはや、その程度で止まる俺じゃない。刀身を伝い、炎の熱が俺の掌に伝わってくる。
それでも例え、この手が炭と化し燃え尽きようと、俺は決して握り締めたこの手を離さない。
俺は無心で童子切を振るう、振るう、振るい続ける。
目の前の災害を屠るために。もう2度と失わないために。救うと定めた誓いを、形にするために!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そして、ただ無心で振るい続けた果てに、紅蓮の炎壁が切り開かれる。
紅蓮に盛っていたその渦を抜けると、奴の竜体の胸元が目の前にあった。
生命を維持する、心の臓腑のちょうど眼前。勝負を決するという意味では、これ以上の場所はない。
見上げると、そこには歓喜の表情に染まった室岡の頭部があった。
「は──────ははははははははぁッ!
これが、死か! これが幕引きか! これが俺の……っ!! 終焉かぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!」
「……室岡」
「なんだ、英雄よ。随分と昏い面だ。もっと悦べよ」
トドメの寸前、気がつくと俺は室岡に対して、偽りない本音を語りかけていた。
馬鹿みたいな高笑いに、見ているだけで苛立つその表情。どれをとっても、即座にいなくなってほしい存在なのに。
それでも俺は、奴に対して一言。たった一言だけ、告げたい気持ちが脳裏をよぎったんだ。
「ちょっとだけ礼を言うよ。お前がいなかったら、俺はまだ迷っていた」
「そうか。迷いは消えた、か」
そう言うと、室岡は清々しい笑みを俺に返しながら言い放った。
「なれば止まらずに進め。救うと誓った
全てを救うと心に定めたのならば、その誓いを絶やさずに生き続けろ」
「望むところだ」
笑う室岡の胴に、俺は斜め一文字に童子切を振り下ろす。
俗にいう、袈裟斬りのスタイル。刻まれた斬撃の痕跡は、今までのどの傷跡よりも深いものだ。
完全に両断が出来なかったのは少し惜しく思うが、それでも文句なしに、これですべてが終わったと思える一撃だった。
血を流しながら、室岡は力なく地へと落下していく。その光景を前にして、俺はようやく戦いの終わりを認識した。
街を覆っていた災害は、今此処に終焉を迎えたのだ。
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