1章-終節 譚-ものがたり-の始まり

第43話 優しく在れ、共に強く在れ



目を覚ますと、病院の白い天井が映った。

隣のベッドには、ディアドラが寝ているのが見える。

窓側に目をやると、椅子にもたれかかりながら新聞を読んでいるクリスがいた。

新聞の見出しにはこう書いてある。「鳶原公園、正体不明の崩壊多数! 隕石目撃情報も!?」と。

どうやら完全にもみ消すとまでは出来なくとも、ロゴス能力の存在は隠蔽できたらしい。

あと、俺はどうやらあの戦闘の後すぐさま気を失っていたようだ。


「起きたか、始」

「おはよう。俺どれぐらい寝てた?」

「10時間、と言ったところか。現時刻は月曜の午前6時頃だ」

「そっかー。こりゃ、学校は休みだな。なんて姉ちゃんに言い訳しよう」

「事故に遭ったが、幸い軽傷だった。そう機関の連中は説明していたぞ。感謝するんだな」

「ありがたい話だ。で、その機関の人たちは?」

「もう帰ったよ。次の任務があると」

「……そっか」


出来ればもう少し長居してほしかったけど、そう言う訳にもいかないみたいだ。

あの人たちがいなかったら、俺はあと一歩の所で街を守れなかった。だから感謝してもしきれない。

室岡を倒したのは俺だけど、それは俺だけの功績じゃない。

ディアドラやクリス、そして機関の皆の力で成し得た結果だ。


「その顔、明らかにまた他人の事を考えている顔だな?」

「ぎくっ」

御身おまえが童子切を御したから我らは勝てたのだ。

 世界を滅ぼしかねない力を持つ童子切を、人間災害から護った。即ち、世界を救ったのだ。

 それは揺るぎない事実。御身おまえだけの手柄ではないが、御身おまえも誇って良いのだ。

 もう自分を軽んじるような思考は許さんからな。我が破滅掌者ピーステラーとして」

「あぁ、そっか。そうなのか……。俺、世界を救ったのか」

「ま、たった1つ醒遺物フラグメントを守った程度では、そう誇るものでもないか」

「どっちなんだよ」


ちなみに俺が勝手に借り受けた童子切だが、クリスの談によると機関が回収していったらしい。

あの戦闘で美術館も巻き込まれてしまったが、奇跡的に展示品の破損は0だったそうだ。

いや、かつてクリスが宿っていた『鏡張りの剣』は、粉々に砕け散ってしまったけれど、どうやら大事にはなっていないらしい。


「あの剣はこちらで修復し、そして元あった場所に配置しておいた。

 あれが無くなれば、吾輩わたしの存在が万が一にでもバレかねん。そのような事態は避けたいのだ。

 我が存在の証拠は一片たりとも残さない。そう言う方針で行きたいと思っているが構わんな?」

「お前、バレたりすると何かヤバいのか?」

「あらゆる願いに応える力の塊。そんなものを欲しがらない奴がいるか?」

「確かに、誰だってほしがるだろうな。お前みたいな力は」

「と言う訳で、今後もよろしく頼むぞ、我が破滅掌者ピーステラー

 吾輩わたし御身おまえをいたく気に入った。自分の為に他人を助け、他者と自分を同調させるなど。

 今まで見たことが無い精神性だ。精々死ぬまで、この吾輩わたしを楽しませろ」

「……りょーかい」


クリスの言葉に俺は溜息をつく。こいつの傲慢性はどうも治っていないらしい。

こんな奴と付き合い続けていかなくちゃならないのかと頭が痛くなる。まぁ、変な奴の手に渡るよりは、コイツに振り回される方が万倍マシか。

しかしそうなると、こいつと一緒にどう過ごしていくかが課題になる。キーホルダーにしておくと露骨に不機嫌になるし。

かと言って人型を保たせたまま家に連れていくわけにも……。いや、三者面談が終われば姉も家を離れて長期出張に行くし、その点は大丈夫か?

いや、そもそも機関に配属になって、この街にはもう住めませんとかそういう結末が待っていたりするのだろうか。

等と思考を巡らせていたら、鈴のように軽やかな声が耳をくすぐった。


「おはようございます。お早いお目覚めですのね」

「おはようディアドラ。ごめん、そっちの方が重傷なのに先に倒れて」

「いえむしろ貴方の方がダメージ深いですからね……? 火傷に至っては、Ⅲ度に到達していたとか。

 幸い、五月雨さん来てくれていたから、後遺症の残らぬよう手当をしてくれたそうですけれど」

「五月雨?」

「お集まりいただいたロゴス能力者の中にいませんでしたか?

 白衣を纏った女性で、他者を治癒するロゴスのスペシャリストです」

「あー。いた気がする」


それを聞いて、機関には何から何まで世話になりっぱなしだったと改めて思った。

確かに俺は、室岡の火炎を凌ぐのに手いっぱいで、後先など全く考えていなかった。

童子切を伝わって凄まじいまでの熱が伝わっていただろうから、きっと無残な事になっていたのだろう。

だというのに、掌を見れば以前と何ら変わらない状態にまで戻っている。

ロゴスを使えば、こんな超常的な治療も出来るのかと俺は目を見開いた。


「とはいえ、治療はやはり正式な病院で直すのが一番ですので、貴方にはこうして入院いただきました」

「そっかー。姉ちゃん、怒るだろうなぁ。人助けでこんな大けがしましたなんざ言ったら、何て言われるか」

「まぁ私から何とか言っておきますよ。ちょうど隣のベッドですしね。あの人も、あなたの事が心配なだけですから」

「ありがと。……って、なんで姉ちゃんといつの間にパイプ作ってんだ? あの後何処かで会ってた?」

「秘密、ですわ。乙女は殿方に見せない関係を秘めるものですので」

「ほー、吾輩わたしも持つべきかな。一応ガワは人の雌だし」

「やめてくれ、頼むから。……ああそうだ。室岡は?」

「半死半生、と言った現状だそうです。

 現在は厳重な拘束の上、機関本部へと収容予定だとか」

「まぁ、そうなるか。っつか、良くあの状態で生きていられるもんだな」


それは俺も人のこと言えないか、と言ってから気付く。

基本的にロゴスを用いた戦いとは、要するに意志の張り合いだ。

先に心が折れたほうが負ける。そう言う意味では俺もアイツも、心が完全に折れなかったから負けなかった、と言うべきか。

ディアドラも折れなかったからこうして生きている。その心の強さは、まさに称賛に価すると言えるだろう。


「心が折れない限り、ロゴス使いは死なねぇってわけか」

「そう言う意味では、貴方の頑固さは相当タフですわね。

 何せ、私の言いつけを破ってでも、みんなを守るために死のうとするぐらいですから」

「それは、うん。マジでごめん。悪かった。反省している。あの時は本当に、思考が手一杯だった」

「本当かー? 反省しているかー? 御身おまえ、絶対これからも他人の為に行動し続けるだろう。

 一心同体だから分かるぞ。こいつの人助け癖は消えていない。他人への同情しやすさも据え置きだ。

 むしろ自覚した事で、より強固になったとも言える。今後も、こいつは自分より他人を優先するぞ」

「だーかーらー、そっちじゃねぇって。自分の命を投げ出すような選択をしねぇ、ってコト」


クリスが訝しむような目つきで睨みつけるので、俺は弁解を投げかけた。

『誰かを助けたい』。これはもう、否定しようのない俺の意志だ。それはもう変わる事はないだろう。

始まりは無力感からだとしても、後悔からだとしても、生きていて良いと証明するためだったとしても。

結局の所、俺の根っこは変わらない。誰かが嫌な気分になっていたら俺も嫌な気持ちになる。そんなお人好しの『意志』だ。


だから、人助けは止めない。俺はこれからも他人を助けて生きていくだろう。

だが、その為に自分を投げ出すような事は決してしない。そう俺はこの戦いを通じて決意した。

今までは、俺の人生は空虚なままだった。自分の為に生きているのか、他人の為に生きているのかすら曖昧な状態。

けれど、やっと気付けたんだ。俺の人生は、何処まで行っても俺ありき。俺と言う存在がいなくなったら、その時点で終わりでしかない。

だから自分を投げ捨てる前に他人を頼る。独りで抱え込まずに誰かに縋る。それが、俺にとって最も大事だと気付けたんだ。

今まで俺に足りなかったパズルのピースが、ぴたりと嵌るような感覚を俺は覚えた。


「他人は助けるが、他人より自分を優先しない。そういう事か」

「ああ。確かに他人は大事だし、苦しんでほしくない。けど、だからと言って自分を軽んじる自己犠牲はしない。そう決めたんだ。

 俺を大事に思ってくれている人がいる。死んだら困る奴がいる。……そう、今回の事件で嫌と言うほど気付かされたからな」

「ならば何も言いませんわ。もし何かあれば、絶対に相談してくださいね。

 貴方をこちらの世界に引き込んだことを、後悔したくないので」

「大丈夫だよ。後悔させない。それだけは絶対に約束するよ」

「約束、ですわよ」


ディアドラがこちらに小指を伸ばした片手を差し出す。

俺もそれに応えるように、小指を絡ませて約束を交わし合った。

もう決して、俺は自分の命を投げ出したりしない。自分を軽んじたりしない。

かつては、自分は生きていて良いのかとすら迷った事があった。自分は無価値だと、無意識のうちにずっと思い込んでいた。

けれどそれは間違いだった。俺を守ってくれる人がいる。俺を心配してくれる人がいる。そして、俺を必要としてくれる人がいる。

今までも近くにいてくれていたけど、心の中にある壁のせいで気付けなかった。あの日の炎が、俺にとっての壁になっていたんだ。

けれどこの一連の事件で、その炎は消え去った。俺はその始まりになった少女に感謝しながら、俺達は互いの顔を見て笑い合った。


「まぁ貴方の人助け癖は根源的な物でしょうし、治るとは思っていませんわ。

 そう言う意味では、貴方のその決断は予想できていたと言えるでしょうね」

「お見通しだったかぁ。確かに、ここまで来たらもう俺を構成する要素の1つか」

「そもそも、ロゴス能力にまで発展する程のものですしね。

 こうなるともう一生の付き合いでしょうね、そのお人好しさは」

「違いない。他者と同調してその在り方を模倣する。此奴にしか出来ないロゴス能力だよ、これは」

「え? そう? そんなに珍しかったのか? あの能力」

「普通、意志と言う物は自分の為のものですからね。

 誰でも、自分と言うパーソナリティの中核には、他者を近づけさせないのが常です。

 それなのに自分から他人へ近づいて、あまつさえ同調までさせるは、実に始さんらしいです」

「それは、褒められてんのか? よくわかんねぇなぁ」

「まぁロゴスの世界では希少、とだけ覚えておくが良い」

「ふーん」


まぁ理屈は何だっていい。重要なのは、力を得れた事なんだ。

ずっと自分は無力だと嘆いていた中で、ようやく俺は誰かを救う力を手に入れる事が出来た。

誰かを助けたいと願う中で、こうして俺の手の届く範囲が広まったのは、素直に喜ばしい事だ。

この力で俺は、もっと多くの人を救う。そう思うと俺は、情けない話だがにやけるのを止められなかった。


「力かぁ……。ようやく俺にも、力が」

「悦に浸っている所申し訳ございませんが、やり過ぎにはご注意を。

 それにまずはロゴスについての基礎から学んでいただきますからそのつもりで」

「あれ? R.S.E.L.機関に配属とか、そういうのじゃないの俺? まだこの街に住める?」

「始さんはまだ学生の身でしょう? それに、まだロゴスの基礎から応用に至るまで、まだ何も知りません。

 貴方はこの街で過ごしつつ、ロゴスについて学んでいただきます。機関の任務へ携わるかどうかは……。

 そうですね、恐らくレイヴンの匙加減次第と思われます。そもそもあなたの存在は機関の中でも機密事項ですし」

「あー、そうなのか。てっきり機関の一員になって、これからたくさん世界を救う! とかそう言う事になるのかと」

「機関の一員とならずとも、世界は救えますわよ。世界滅亡の種、醒遺物フラグメントは星の数ほど世界に眠っています。

 今この瞬間も、どこかで世界は救われているのです。だからそう肩の力を入れずとも、いずれ世界なんてすぐに救えますわ」

「世界中に滅びの種か。違いない。吾輩わたしのような存在が、こんな未熟な人間の手に渡るぐらいなのだからな。

 世界の滅びの1つや2つ、その辺に転がっているというものだ」

「それは勘弁願いたいな! 今日みたいな事件は当分体験したくないかな!」


思っていた着地点とは違うが、まぁこういう結末もありだろうと納得した。

世界を救う。幼い頃に憧れたヒーローみたいな事だが、それが日常的に起こり得ると考えると、俺の胸は高鳴った。

だがどうにも、俺にはまだ知らない事が多すぎるようだ。となれば、今やるべきは学ぶことだろう。

学校の傍らでロゴスについて学ぶとなると、忙しくなりそうだ。


「分からない点があれば、私が丁寧にお伝えしますわ。大抵の事は知っていますから。

 幼いころから関わっている故、ロゴスについてはあらかた知識を深めた身ですからね」

「オイオイなんだよそれ。まるで今後も、ディアドラが俺と一緒にいるみたいな」

「いますわよ? 今後もあなた方を見守るように、とレイヴンから仰せつかっておりますので」

「え?」

「ひとまずは、貴方のおうちの隣に住むつもりなので。

 以降宜しくお願いしますわね」

「えっ?」

「ああ。お姉さんにも既にお話し済ですわ。彼女、自分がいない間の監視役が出来たと大喜びでした。

 お部屋の整理整頓、毎日の食事、生活習慣。機関の一員として、そしてお姉さんの友達として、管理させていただきますのでご覚悟を」

「えっ???」


いけしゃあしゃあと、とんでもない爆弾が落とされた。

俺が? ディアドラと? 一緒に? この街で??? なにがなんだか理解が追い付かない。

後ろを振り返ると、「私もいるぞ」と言わんばかりにクリスが親指を突き立て自分を指していた。

うん、ありがとう。何も励ましにならない。むしろ頭痛の種が増える様な気がする。



……どうやら、今後も平穏は訪れそうにないらしい。


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