番外編集
番外編 聖夜に響くロゴスの調べ
このエピソードは、時系列上は本編の後日談に当たります。
物語のネタバレも含みますのでご注意ください。
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クリスマス、この時期は街中が浮足立つような空気に包まれている。誰も彼もが、どこかワクワクしているような、そんな感情を抱いている。
当然それは俺が住む街、明灯市でも例外ではない。商店街は活気に包まれ、色とりどりのイルミネーションに包まれていた。
「おい、何なんだこの色めき立った光景は」
「お前クリスマスも知らねぇのか? えーっと……いざ説明しようとするとなかなかむずいな」
「オラ突っ立ってねぇで買い物手伝えよ。あとチキンと米とケーキの予約だからな」
さて、そんなクリスマスに俺たちは何をしているかと言うと、ディアドラ(荒っぽい人格)主導で商店街にて買い物をしていた。
目的はもちろん、クリスマスパーティーの準備だ。発端は俺が「せっかくだし3人でクリスマス集まるか」と、何の気無しに提案したからだ。
そしたら思いのほかディアドラがやる気になり、あれよあれよという間に気が付けばこうして準備を進めているという現状であった。
「
「まぁディアドラって子供の頃わりと……な過去あるしな。多分、みんなでパーティとかそういうの、憧れてるんだろ」
「ホラ置いてっちまうぞぉ? 早く来いよ始、クリス!」
「わーってるよ」
「まったく、神たる
俺たちはディアドラに言われるがまま、商店街を連れ回された。
クリスの奴は若干不満げではあったものの、そこまで反発することはなかった。勿論、俺も彼女に反発する気は微塵もない。
何故って? 今のディアドラ、すっげぇ楽しそうだから。
あんなに笑っているディアドラ、少なくとも初めて出会った半年前には、全く見た事が無かった。あの日、共に戦ったり叱咤されたりと色々あったが、共通してディアドラはどこか、肩に力を入れ続けていたような、そんな気がしていた。
だが共に過ごすようになり、いつしか普通に笑ったり、感情を見せたりしてくれるようになったと思う。今まで見せなかった
例えば今見せている荒っぽい人格のディアドラなんか、いつもは戦闘時にしか出てこなかった。だが最近は、日常生活の中でもふと出てきて、一緒に楽しんだり笑ったりすることが多い。
実際今も、口調こそ荒っぽいが、表情は非常に楽しそうな、屈託のない笑顔に染まっている。
とても半年前に、死闘を共に潜り抜けたとは思えない、日常そのものが此処にはあった。
あれ以来、俺とクリスはロゴスについて学びつつ、力の使い方を日々練習している。半年という月日が流れたが、思ったよりロゴスの腕前は上達しない。
ディアドラ曰く、自転車操縦に似たような感覚で、コツが分かれば一気に伸びるそうだが……そのコツを掴むのに時間がかかるんだよなぁ。
まぁ急ぐ事でもない。
「ふっ」
「なんだよ、人の顔見て笑うとか失礼だな」
「いや。
「そうか?」
「そうだとも。焦らずに己を研鑽するなど、
「うっせーよ」
ただ、確かにクリスの言う通りだとは感じた。変わったのはディアドラだけじゃない。俺自身も、あの戦いを経て色々と変わったようだ。そう言う意味でも、俺はディアドラに心から感謝している。
あの日俺を助けてくれた。そして、俺の持つ"意志"を信じてくれた。何よりも、俺の目を覚まさせてくれた。どれだけ感謝してもしきれない。そんな思いが、俺の中には満ちている。
ならばどうする? 決まっている。今楽しんでいるディアドラを、全力で後押しするという形で、恩返しするだけだ。
「チキンと、お米と……ハイ。これでこの店で買うべき食材は全て終えましたわ!
あとはケーキの予約だけですわ。始さん、この辺りで一番おいしいケーキ屋とかご存知で?」
「そうだなぁ。ちょっと距離あるし人気店だけど、いい場所を知っているから行くか」
「
「え? ああ、多分」
「
クリスが小刻みに俺の肩を小突いてくる。その光景を見て、ディアドラはクスリと笑っていた。
どこにでもあるような楽し気な空気。こういう何気ない日常が、ディアドラへの恩返しになっていると良いなと俺は考えていた。
ケーキは奮発して、ちょっとお高めのを予約した。来たる12月24日の昼に、取りに来るよう取り決めを交わす。支払いの際、ディアドラの目がキラキラと輝いているのが見えた。
そんな彼女を見ると、当日が楽しみになる。彼女へ恩返しをしたいという何気ない感情は、気付けばクリスマスパーティを絶対に成功させ、彼女を楽しませたいという使命感に変わっていた。
だが、クリスマス当日……。
◆
『発達した低気圧の影響で、明灯市に寒気が吹き荒れています。
24日の明け方から昼にかけて大雪警報が発令され、市長は不要不急の外出は控えるようにと警告を……』
「「「異常気象だああああああああああああ!!」」」
窓の外を見て、俺たちは愕然として叫んだ。
アパートの前の道路が、俺たちの背丈ほどの高さにまで降り積もった雪で埋まっているのだ。
確かにここ明灯市は、毎年降雪が多い地域ではある。だがはっきり言って、この量は異常だと言わざるを得ない。
ふざけるなと否定したいところだが、現にこうやって雪は降り続けている。このままでは、予約したケーキを取りに行くことが不可能なのは明白だった。
「どうする? 食材は十分あるけど、これじゃあケーキは取りには……」
「ま、まぁ仕方ありません。これは、仕方がないんです。自然現象の前には、仕方が……」
「納得できるか戯けが! 神たる
そう叫んで意気揚々と部屋を出たのはクリスだった。あのバカ、俺から離れると消えるって忘れたのか!?
……と、追いかけるべくコートを急いで着込んでいたが、杞憂であった。玄関から出て数十秒ほど経って、すぐさまクリスがトンボ帰りをしてきてからだ。
身体中を雪に塗れさせた、雪だるまとなって。
「さむい」
「そんな事ある!?」
とりあえず暖房の前に配置し、凍えた体を温めさせる。
「おのれ……! これはロゴス能力者の仕業に違いない!」
「何でもかんでもロゴスのせいにするんじゃねぇよ。普通に異常気象だろうがこれ」
「いえ──────。そうでもないようですわ」
「何だよディアドラ、お前まで……」
「これは……ロゴスの気配です!」
そう叫ぶと、ディアドラはコートを即座に着込み、全速力で外へと飛び出していった。
こんな吹雪の中無茶な! と思ったが、見るとロゴスを使って体の周囲に小さな炎を幾つも浮かべているのが見える。
なるほど、暖房兼雪を解かす消雪材の役割を果たすわけか。って、納得している場合か!
ロゴスを使っている奴がいるって言うんなら、なにか大きな事件がまたこの街で起きようとしているというのか?
もしそうだとしたら、俺たちも悠長なことをしてはいられない。
「クリス、行くぞ!」
「えー、やだー。われストーブのまえでくらすー」
「うるせぇ! じゃあキーホルダーになってくつろいでろ!」
「むー、しかたない。外に出るよりましか」
まるで冬場の猫の如くに丸まっているクリスを無理やり引きずり起こす。
だがそれでも動こうとしないので、仕方なく以前姉の目を誤魔化すために変身してもらったキーホルダーサイズの剣に再びなってもらった。
万全な防寒装備を整え、その中にクリスを忍ばせ俺もディアドラの後を追う。まだ見ぬロゴス能力者。一体どのような奴なんだ。まさかまた、人間災害レベルの凄まじい力を秘めた奴なんだろうか……?
あの時は
だが今はどうか? 今俺の手元にある
そんなな俺なんかが、天候を操れる奴に再び勝てるのだろうか。そんな疑問を抱きながらも、俺は駆けるディアドラへと追い付き、彼女が向かう場所へと共に奔った。
◆
「前々から思ってたんだけどさ! ロゴスの気配って何!?」
「ロゴスは人間の意志が現実になる異能です。即ち使用者は、多かれ少なかれ感情や思想に揺らぎが生じます。それを感じ取るわけです。
例えば、あからさまに苛立っている人と同じ空間にいると、気分が悪いでしょう? それと似たようなものだと思ってください」
「なるほどな。で、その感じ悪い奴が今、この明灯市にいると!」
俺たちは雪が降りしきる中、商店街を疾走していた。
本来ならば前も見えないほどの猛吹雪だが、今はディアドラが周囲に出現させた炎群によって視界が確保されている。
降り積もった雪も炎によって溶ける為、なんとか歩ける道が出来ている状態にあった。だがそれでも降り積もる雪は止むことを知らず、勢いが増すばかりだ。
ちなみに、街には俺たち以外の人影は1人としていない。まぁ、こんな雪の中外に出る人はいないか。そのおかげでロゴスを隠さずに使用できるのは、思わぬメリットである。
「まさか本当に、この雪がロゴスにより呼ばれたなんて……」
「これほどの大規模な改変を引き起こせるロゴス。相当に強い意志が根幹にあると思われます。一体何が目的なのでしょう?」
「もしかして、また
「いえ、その線は薄いでしょう。
まぁ
──────ッ! あれは!?」
吹雪の中、ディアドラが人影を見つけた。彼女の声を聞いたことで、俺も目を凝らしそれを見やる。
そこにいたのは、吹雪の中で踊り狂う男の姿だった。防寒具に身を包みながら、天に向かって祈るように踊っている人影。それはまるで、雨ごいの儀式か何かのようだった。いやまさか、そんなストレートなわけが……。
「彼からロゴスの気配がします」
「まさか……!? 奴がこの雪を?」
「そこの貴方! ここで何をしているのですか!?」
「五月蠅い! 雪乞いの儀式を邪魔するな!」
近づいて問うと、男はキレ気味に叫んだ。マジで雨乞い……ならぬ雪乞いだったのか。
見た所、普通の青年のように見える。とてもロゴスを扱う危険人物には見えないが、本当にこの人がロゴスを使ったのか?
「貴方が、この大雪を引き起こしたのですか?」
「僕が? ははは! もしかしたら、そうかもしれないな……。
僕は幼いころから、呼ぼうと思えば大雪を呼べたからな。きっとこの大雪も、俺が呼んだんだろうな!」
「(? こいつ、ロゴスを知らないのか?)」
ふと違和感を覚えて、コイツにロゴスについて聞こうとした。が、ディアドラが俺に視線を送り制止した。
まずは話を聞こう。そうディアドラの視線は語っているような気がした。
そうして俺たちは、男から話を聞いた。
なんでも男は、生まれてこのかたこの雪国たる明灯市に住み育っていたらしい。
で、幼いころから空に『雪よ降ってくれ』と願うと、必ずそれは実現したのだという。
それ以来彼は、心のどこかで雪を降らせる力が自分にはあるんじゃないかと思うようになったらしい。
「それでダメ元で願ってみたらこの状況さ! 僕は今興奮しているよ!
もっと、もっとだ!! もっと降れ! 何もかも埋め尽くしてしまえ!」
「(ディアドラ、これもロゴスなのか?)」
「(思い込みに対し、何らかの激しい感情が呼応して大規模な変革を起こしているものと思われます。
ロゴスと呼べるほど使いこなせていないようですが、少し危険な兆候ではありますね)」
「(激しい感情? それって?)」
「貴方、何故そんなことをしたのです? もしあなたのせいで大雪が降ったとしたら、大勢の人が困るのではないですか? それもこんなクリスマスに──────」
「だからこそだよォ!! 僕はクリスマスを台無しにしたいんだァ!!」
「あの子に振られた僕みたいに!!! みんな不幸になればいいんだああああああああああああ!!」
「「………………。」」
男は大号泣しながら、雪の降りしきる天に向かって慟哭した。え、えぇー……。そ、そういう"意志"もあるんだー……。
まぁ、確かに全てを台無しにしたい気持ちは分かる。きっと全てを雪で埋め尽くしたくなるような、凄まじい落胆だったのはその激しい泣き顔からも理解できた。
きっと彼には、ほんの少しだけロゴスの才能があったのだろう。最初は偶然だったかもしれないし、あるいは必然だったのかもしれないが、幼い頃に雪を望んだら雪が降ったという経験があった。
そんな幼い頃の万能感故に、彼自身どこかで「雪を降らせる力」が自分にあると思っていた。そんなロゴスの"芽"とも言える存在が、激しい感情に呼応して一時的に暴走している……というのが今の彼なんだろうか。
参ったなぁ、こういう場合ってどうすればいいんだろう。悪気がないわけだし(いや、みんなに迷惑をかけようとするのはこの上ない悪意なのだが)あんまり荒療治はしたくない所だ。そもそも、自分がロゴスを扱っているという事実にも気付いていないしこの人。
あまりロゴスを意識させると、今度はそれを自覚してより強力なロゴス使いになりそうで怖い。こういう場合はプロに判断を仰ぐが良いか、と隣のディアドラに俺は視線を送る。
するとそこには、怒りの形相に染まったディアドラの姿があった。
「……ざけんじゃねぇぞ」
「──────え?」
「ふざけんじゃねぇえええええええええええええ!! てめ……っ!! 俺がどれだけ……!!
この日のパーティ楽しみにしていたと思っていやがるんだああああああああああああああああああ!!」
「うわあああああああぁぁああああ!?」
ディアドラが吠えると同時に、彼女の周囲に浮かんでいた焔が爆発的に燃え上がる。
一瞬のうちにその紅蓮の爆発は周囲に降りしきる雪を溶かし、積もった雪を水へと変え、周囲を開けさせた。
凄まじい熱気だ。防寒具を今すぐに脱ぎ出したくなるほどの。いや、しかしこれは流石に……!
「でぃ、ディアドラ!? ちょっとこれはやり過ぎじゃないか!?」
「テメェの雪のせいでぇ! 楽しみにしていたクリパがおじゃんになるところだったんだぞ! 分かってンダろうなドグサレがァ!!」
「ダメだ! これ聞いちゃいねぇ!」
「ひ、ひぃ!! 来るなぁ!!」
一歩、また一歩と、紅蓮の炎を纏わせたディアドラが男へと歩む。
男はそんな彼女の姿に恐れを成し、払いのけるように腕を横に振るった。
するとどうだろう。周囲をふぶいていた雪が、その腕の動きに同調するようにディアドラへと向かっていったのだ。その姿はまるで、指揮者か何かを想起させる。
不味い! ディアドラとぶつかり合った事で、あの人の意志が強まり、ロゴスと適応し始めているんだ! このままでは、彼がロゴス能力を使いこなしてしまう!
「でぃ、ディアドラストップ! ストップ!! このままじゃ──────!」
「……!? は、はははは! そうだ! 僕には雪を操れる力があるんだ!
君のその焔にはびっくりしたけど! 僕には雪が付いているんだ! そうだ! 雪こそが僕の友達なんだああああああ!」
叫びながら男は、周囲に満ちる吹雪へと指揮をして命令する。
同時にディアドラへと向かう、幾億もの雪の結晶たち。あんな量の吹雪を相手にすれば、人間は凍死してしまうだろう。
──────だが、ディアドラはそんな付け焼刃なロゴス能力を、ものともしなかった。
「で?」
「あ、あれ? な、なんで、効いて、な……」
「1つ、教えてやる。ロゴスはイメージを現実にする力だ。お前が雪を操作できるようになったのも、お前のイメージのおかげだなァ。
そ・こ・で・だ。1つだけ質問してやる。簡単な質問だ。ケツの力抜いて答えろ」
「お前にィ! この業火に勝てる雪が想像できるかァ!!!???」
苛立ちを隠せない口調から、怒髪天を衝くと言わんばかりの激情が詰まった咆哮へと変わるディアドラ。
そんな彼女の感情を表すかのように、周囲を覆う焔が爆発的に燃え上がり、彼女へと向かった吹雪の全てを無へと帰した。
ファイアーウォールという比喩がネット世界では存在するが、ゴウゴウと燃え盛るその焔はまさしくそのファイアーウォールを現実に出現させたが如き威容だった。
「ぎぃやあああああああああああああああああああ……あ…ぁ……ァ」
ばたり、と男はそのまま気絶した。
目の前に特大の炎の壁が出現し、そしてその中心には般若の如き表情の少女が立っていたのだ。恐怖で失禁していてもおかしくはないだろう。
彼が気絶すると同時に、周囲を覆っていた吹雪は徐々に勢いを弱めていき、やがて降雪量は0へと収まった。
「終わ……った?」
「はぁー……はぁー……。え、ええ、終わりました。
彼の処遇は……、恐らく記憶処理ですかね。ロゴスというほど完成されていませんし。
今回の事件の元になった"天候制御の成功体験"だけを消せば、もうこのような事態は起きない筈です」
「あ、ああ。お疲れ」
気がつくと、曇天に覆われてた空に切れ目が生まれて日光が差し始めていた。
何とかいい具合に収まってくれたが、これは少しやり過ぎじゃないのか? 周囲を見渡すと、商店街に降り積もっていた雪が全て溶けて排水溝へと流れ出していた。どうやらディアドラの怒りは、想像以上だったようだ。
見るとディアドラは、肩で息をしているほどに疲労している。相当の意志を消費したみたいだ。
「お、オイ大丈夫かよディアドラ!?」
「大丈夫、ですわ。ちょっと気合を入れ過ぎた、だけですので……!」
「何でそんな……」
「なんでって、それは──────」
「始さんと、クリスさんと一緒に……クリスマスを楽しみたかったので……。
は、初めてだったんです! みんなで買い物して! ケーキ買って! パーティするだなんて……!
だから……! その、それを台無しにされたのが、嫌で、つい……」
ディアドラは頬を染めながら、そう叫んだ。彼女がパーティを楽しみにしていたと言われ、俺は素直に嬉しかった。
良かった……。こんなに怒るぐらいディアドラは俺の提案したクリスマスパーティを楽しみにしていてくれたのか。ただちょっと、明らかにやり過ぎだけど。
まぁ、相手は怪我とかもしていないみたいだし、特に大規模な能力の使用を見られたという訳でもなさそうだ。なら、これで万事解決……で良いんじゃないかな!
「とりあえず、ダメ元でケーキ屋行ってみる? 雪、ほぼ溶けたし」
「そうですわね。無かったらまた別の店で買いましょう」
そう返すディアドラの表情は、どこか吹っ切れたかのような笑顔だった。
ただ、この大雪ではあのケーキ屋は閉まっている可能性が高い。空いていたとしても、先ほどのような天候ではケーキの材料やらが仕入れられていなかった可能性は高いだろう。あのケーキも楽しみにしていたんだろうなぁと思うと、ディアドラに対して申し訳なさを覚えた。
……と思っていたのだが、その心配は杞憂に終わる。
なんと予想外にも、しっかりと予約分のケーキは用意されていたのだ。店主曰く、大雪の中クリームやら何やらを担ぎ入れ、気合で作り上げてお客さんを待っていたらしい。随分とガッツに溢れたケーキ屋さんだった。
『客の予約には全霊で答えるのがプロというものよォ! パーティ、楽しんでいきなぁ! 前途ある若者諸君!』
「ありがとうございますわ!!」
「ありがとうございました」
ケーキを受け取る時のディアドラの眩い笑顔は、多分生まれ変わっても記憶に焼き付いている事だろう。そんなレベルで、彼女の笑顔は可愛らしく、そして嬉しそうだった。
その後のパーティがどういう風になったかは……まぁ、想像に任せる。1つだけ言えるのは、あんなに興奮して嬉しそうなディアドラを見たのは、後にも先にもこれっきりだった、というだけの話のみだ。
ついでに付け加えておくと、この後のディアドラの姿も以降見れない珍しい物だった。
なんでも彼女が放った熱気は、思ったよりも遠くからも観測できる代物だったらしい。その結果、目撃してしまった人たちが数名いてしまい、『明灯市、真冬の蜃気楼発生!?』とSNSで見出しが踊る有様になったそうだ。
パーティが終わって数時間経って、ディアドラはその件でR.S.E.L.機関からこっぴどく怒られたそうだが……。
ここでは、その時の彼女の様子は割愛しておくことにする。
1つだけ言えるのは、パーティの時の彼女も、怒られてしょげている時の彼女も、皆揃ってディアドラという少女の素顔なんだなという事だ。
今まで肩の力を抜けなかった彼女が、こうして俺たちと距離を縮めてくれている。その事実を確認できただけでも、このパーティは意味があったんだ……と思う。
そう思うと、俺の頬は自然と吊り上がり、にやけてしまうのだった。
◆
──────遡る事、少し前。
ディアドラと始が、街へとロゴス能力者を探しに出た時の事。
彼らは気付かなかったが、彼らが走り抜けた道路の物陰に、1人の少年が立っていた。
いや、始が懐に忍ばせていたクリスならば、あるいは気付けていたかもしれない。だが、その上で彼女は何も言わずにいた。
何故か。
その少年に、クリスはえも言えぬ気配を、感じ取ったからだ。
「あれが、
実際に見てみると、なんという事も無い普通の男だな」
少年は誰に言うでもなく、独りごちる。その容姿は一言で言い表すならば、"純白"であった。
纏うコートも、神の色も、瞳の色も、全てが純白。肌の色さえ、石膏像の如くに純白に包まれていた。
さながら今の明灯市においては、その色は保護色の如く少年を包み込む。ディアドラや始が少年を発見できなかったのも、これに由来するのだろう。
「君が、その得た力で何を成すのかは知らない。
けれど、覚えておくんだな」
少年は、街を奔る長久始の背を見やりながら、ただ一言だけを吐き捨てるように言い放った。
「
そう告げて、少年は掌を握り締める。その手には、黄金に輝く天秤のようなものが握られていた。
そうして始とディアドラの姿を確認した少年は、踵を返して何処かへと消えていった。
まるで、吹雪の中に溶け行くように──────。
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