第26話 ダイアローグ



「おかえりー。ちゃんとやりたい事、やれた?」

「うん。ありがとう姉ちゃん。あの発破のおかげで、なんか決心できたよ」

「え~? 私のおかげ~? なら、ちょっと今日のカレー、奮発しちゃおうかなー」

「俺も腹減ってるし、超豪華で頼むわ」


 特に不自然のないように自宅に帰り、姉と会話する。よし、クリスの事はバレていないようだ。

 姉の見えないところで胸を撫で下ろす。変化自体がうまく行かない可能性もあったので、最悪友人を急遽泊める事になったとか言い訳も考えていたのだが、杞憂だったようだ。


『オイ貴様。なんだこの、ふざけた姿は』


 そんなことを考えていると、脳内に声が響き渡った。形を変化させたクリスの声だ。


「(何って、しょうがないだろ。それしか浮かばなかったんだから)」

『しょうがないとは何だ! 貴様ぁ……っ! 吾輩わたしにこのような屈辱的な姿を取らせるとは!』

「あら? そのキーホルダー、どうしたの?」

「え? ああー、これ? 街で偶然会った友人から貰った、どっかの土産。ほら、サービスエリアとかで売ってるじゃん? こういう剣のキーホルダー。そういう奴だよ」

「あー、あるよねー。男の子っていつまで経っても、そういうの好きだよねー。にしてもすっごいピカピカじゃん。全面鏡張りみたい。今時のこういうのって、レベル高いのねー」

「は、ははは……」


 何とかうまく誤魔化せた。

 俺がクリスを変化させたのは、極小スケールの刀剣だった。最初にこいつを見た時と同じ、鏡の如き輝きを放つ刀剣。これならば実際にこいつが変化していたものだし、変化できるはずだと考えたのだ。あとはスケールを縮めればこの通り。どこにでもあるようなキーホルダーだ。

 だが、どうもクリス当人はお気に召さなかったらしい。まぁ、流石に玩具になれと言われたら、神様でもキレるか。


「ところで、今日はどんな人助けしてたの~?」

「えー? まぁ、企業秘密ってことで、今回は一つ」

「あれー? お姉ちゃんのおかげで決心がついたとか言ってなかったかなー?

 恩人には経過報告をするのが、義務なんじゃないのかなー? ほれほれ~」

「何だよその義務。まぁちょっと、普段より俺が頑張る必要があっただけの話だよ」

「頑張る、ねぇ。頑張るのもいいけど、無理だけはし過ぎないでよね? 何度も言うけど始、本ッ当に自分より他人優先するんだから!」

「うん。分かった。分かったから姉ちゃん」

「本当に分かってるー? 分かって無かったら、カレーの肉抜きだからね?」


 何度も言われているから分かっている、と言いたいが、まぁそれだけ姉が心配するというのも分かる。親戚や祖父母の援助もあったが、俺がここまで育つ事が出来たのは間違いなく姉のおかげだ。だからひとまず、姉を心配させないように生きたいと俺は心に誓った。


『そういえば、最初に吾輩わたしへ唱えた願いも、自分ではなく他人のためであったな。興味深い』


姉からよそってもらったカレーを掻っ込んでいると、唐突に脳内にクリスの声が響いた。


「(いきなり話しかけるなよ、こっちは飯食ってるんだぞ)」

『何故そこまで他者を助けようとする? 己の事はどうでもいいのか? それとも、他者を助ける事で己の利とする算段でもあるのか?』

「そこ掘り下げるところか? 俺としては、あんまし触れてほしくないんだが」

『それは何故だ? 契約した関係である吾輩わたしに対しても、言えぬ醜聞があるとでも?』

「…………」


 こいつ、デリカシーというものがないのか?

 人には誰にだって触れてほしくない過去の1つや2つあるだろうに、どうしてこうもずけずけと踏み込んで来られるんだ。

 流石は神様といったところか。人間の細かい感情の機敏など、眼中に無いというわけだ。


「(お前が神様だってことが、よーくわかったよ。同情とかした俺がバカだった)」

『理解することは良きことだ。言葉を力にするロゴスにおいて、理解とは力ゆえな』

「(それはもうディアドラから聞いた。分かってるよ)」

『故に吾輩わたしも、御身おまえたち人間を理解したい。吾輩わたしを扱うその根源を、知りたいと思う』

「(知りたい? 何で?)」

吾輩わたしからしても、人間が持つ意志の力は未知だ。故に、その根幹にある人間の過去や強い感情、並びに欲望というものを学びたく思う。御身おまえらの力になる、醒遺物フラグメントとしてな』

「……何だよ。知りたい気持ちはお互い同じだった、ってわけか」


 どうやら、完全に人間らしさが無いというわけではないらしい。人を知りたいと告げる彼女の声色には、若干の弱さが見て取れたような気がした。

 俺としても、こいつのことを少しでも多く知りたいと考えている。そういう意味では似た者同士だったといえるか。

 それにしても、ちょっと不器用が過ぎるが、それも仕方ないか。先ほどは無遠慮に俺の過去に踏み入ろうとしてきたが、これは恐らくクリスが人間を知らないからこそだろう。言葉を選ばないなら、人の心が理解できないとでも言うべきか。おそらく、その理由は─────。


「何? 何が知りたいって?」


 などと話していたら、いきなり姉から問いを投げかけられた。ヤバイ。口に出てたか。


「うぇ? あ、いや、何か隠し味入れた? って思って」

「あ、分かったー? コーヒー入れると良いって聞いたから、混ぜてみたんだー」

『危うくバレかけたではないか。もっと注意しろ、注意を』

「(誰のせいだと思ってんだよ!)」


 この野郎。まぁ確かに食事中に脳内会話を続けたのは俺も危機感が足りなかったが、それにしても華麗な責任のなすりつけだ。流石は神様、何でも無理が通るというわけだ。その傲慢さに俺も苛ついたのか、少し反撃したい気分が沸き上がった。


「(人を知りたいとか言う割には、数千年ぐらい人類に使われた癖にデリカシーの1つも身についていないんだな)」

『なんだとぅ? じゃあ逆に言うが、御身おまえはアリと意思疎通ができるというのか?御身おまえたちの心の機敏は、それほどまでに吾輩わたしにとっては小さいのだ!』

「(だからまずはそうやって人間を塵とか蟲とかに例えるのをやめろ!)」

『五月蠅いわ! 星よりも長く生きられない身の上の癖に!』

「(それはもはや生命とは言わねえんじゃねぇかな!?)」


 ヒートアップし過ぎて、危うく口に出る所だった。落ち着け俺。言葉が通じる相手なら、会話を通じて互いに理解を深め合うべきだ。例えその結果が手酷い事になったとしても、まずは言葉を通じて互いを知り合ったという事実が重要なんだ。

 そこで俺はまず、コイツがどうしてここまでデリカシーが無いのかという核心に迫る事とした。


「(ひとまず聞きたいんだが、お前って今まで人型になれた事ってあるのか? もしあったら、それで他人と会話した事とかあるのか?)」

『ふーむ。片手で数えられる程度か、それ未満だな。年月は合計しても十数年だろうか。あったとしても、そのほとんどが歴代の我が破滅掌者ピーステラーたちだな』

「(デリカシーが無いのも納得だ。会話した事のある人数が、そもそも少ないのかお前)」


 何となく想像していた理由が的中した。コイツはそもそも、会話した事のある人数が少ないんだ。そんな状況では、人の心が分からないのも納得だ。だから常識も無いし、デリカシーも無いのは理解できる。話した人間の質が、まず偏っているんだ。

 基本コイツの話し相手は、契約した破滅掌者ピーステラーだけ。その他の人物は数えるほどと来た。そんな常識外の連中とばかり話していれば、こうなるのも無理はない。人間を知りたいと言うが、これじゃあ知らなくて当然だ。どれだけ歩み寄っても、そもそも歩む方向が違うのだから。

 そう考えると、コイツが寂しさを感じない存在だとしても、少し気の毒なように感じた。ならばどうする? 俺が思いついた解決策は、とコイツを触れあわせるという事だった。


「(そうだなぁ。んじゃあひとまず、明日街でも一緒に回るか?)」

『? 何故だ?』

「(お前、人間について知りたいんだろ? だったら自分と契約した人間だけじゃなくて、もっと色んな奴と会話しろよ。せっかく人間の姿になったんだからさ。活用していこうぜ?)」

『(他の人間と会話、か。そんな事、考えも及ばなかったな)』

「全知全能に見えて、案外抜けてるんだなお前」

『なんだとぅ……』


 苛立ちを孕んだような口調でクリスが返す。こういう所は本当に、一見は人間的に見える。

 だがその根っこが、絶望的に人間的じゃない。デリカシーはないし、人の感情の機敏も理解できていない。分かりやすく言うなら、人間ごっこをしている怪物みたいだ。

 そんなままじゃ、本当に理解し合うなんて出来やしない。ならどうする? まずはこいつに、人間と言うものを理解させる。そう俺は、今俺のやるべきことを結論付けた。

 俺たちがこいつを理解するのも重要だが、ヒントが何もない状態だ。だからまずは、こいつから俺たち側へと近寄らせたい。難易度は高いと思うが、コイツ側にも知りたいという欲求がある。そう考えると、そこまで困難な道のりではないように思えた。


『(ふむ。まぁ人間という物を知れるのなら、それに越した事はない。

 良かろう、共に行こうではないか。しかし、何故そのような提案を? もしや、先の同情から来た提案か?)』

「(いや、別に。ただ、童子切について調べるついでに、街回れたらなと思っただけだし)」

『そうか』


 クリスの冷淡な相槌が響き、会話は打ち切られた。ならば今は、カレーを平らげ満腹になる事を優先しよう。

 明日はこいつを街に連れていくから、疲れるのが目に見えている。不安もあったが、こいつに人間を教えるためと考えると、どこか責任感がこみ上げるような気がした。


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