第30話 少年の成長(※三人称)

 その金を清めても、また違う金を集める。最初は慇懃いんぎんな態度で臨んでいた記者会見も、「申し訳ありません」の言葉が鬱陶しくなった所で、その空気をすっかり失っていた。記者達の質問を受けている市長も、その市長に「逃げないで下さい」と罵る報道陣も皆、「こんな謝罪は、無意味だ」と思っている。彼に現場の指揮を受けている職員達も、彼から今回の企画を聞いていなければ、とっくの昔にやる気を無くしていた。


 彼等は動画サイト(局の放送は、番組の公式サイトを始め、その他動画サイトにも流されている)への公開も兼ねた撮影を続けていたが、彼等が部屋の後ろから中に入って来ると、今までの空気をすっかり忘れて、(事前の打ち合わせ通りに)市長達の死角に成る位置まで彼等を導いた。「遅いですよ、何やっていたんですか?」

 

 中年の男は、その言葉に「ニヤリ」とした。それに「五月蠅いな」と思ったからではなく、只純粋に「すまないな」と思ったらしい。職員達が市長達から彼の姿を隠した時も、今回の重要人物である外村秀一に「慌てるなよ?」と言っただけで、職員達の事を責めようとはしなかった。彼は隣の次男坊に目配せすると、間髪を入れずに秀一、続いて職員達の顔も見渡した。「さて、それじゃ」

 

 次男坊は、その言葉に頷いた。それに希望を、「これから」の未来を抱いて。「ああ、やろう。お祓いの時間だ」

 

 男は、その言葉に微笑んだ。微笑んで、会場の記者達にも「皆さん!」と言った。「会見の途中で申し訳ありませんが、事件に関わる重要人物が現われたので。申し訳ありませんが、会見の方を一時止めてもよろしいですか?」


 記者達は、その言葉に逆らわなかった。彼等もまた、男の協力者だったからである。何も知らないのは、その言葉に「え?」と驚いていた市長達だけ。今回の関係者たる、行政の権力者達だけだった。記者達は尤もらしい態度で、男の言葉に「大丈夫です、問題ありません」と答えた。「


 男は、その言葉に「ニコッ」とした。それが断罪の合図、同時に贖罪の合図だったからである。彼は会見場の隅に権力者達を押し退けて、代わりに秀一達を「さあ、出番だ」と導いた。「君達の力で、過去からの因習を断て」

 

 三人は、その言葉に頷いた。三者三様、それぞれの態度で。彼等は三人分の椅子が置かれている場所に行くと、(記者達の位置から見て)左側の席に次男坊、右側の席に秀一、真ん中の席に人柱が座った。「こ、今日は?」

 

 そう応えたのは、「発言の一番手」を任された秀一だった。秀一は(「事前に打ち合わせした」とは言え)記者達の視線に「うっ」と怯んでしまったらしく、記者の一人に「落ち着いて、君なら絶対に出来る」と言われるまでは、不安な顔でテレビ局のカメラを見ていた。「ぼ、僕は……その、『外村秀一』と言います。小学、五年生の」

 

 言葉に詰まった。頭の中では「こう言いたい」と思っているのに、それが言葉として出て来ない。その様子を案じた次男坊に「大丈夫だ、怖がらなくて良い」と言われた時も、それに「は、はい!」と応えただけで、今の緊張自体を解く事は出来なかった。


 秀一は、そんな自分に苛立った。話すべき事が話せない、そんな自分にも苛立った。彼は自分の弱さに涙を流したが。


 ……シューちゃん。

 

 たった一人の。


 ……だいじょうぶ。

 

 愛しい少女を思い出して。

 

 ……シューちゃんなら出来るよ。

 

 その不安をすべて忘れてしまった。

 

 シューちゃんはもう、弱くない。


「うん」


 秀一は意識の向こうに居る、笑顔の睦子に微笑んだ。彼女が決して、悲しまない様に。そして、彼女の笑顔から逃げない様に。秀一は記者の人達に「自分が今まで見て来た事」は勿論、自分が「それ」にどう関わったのかも打ち明けた。自分が「絶対に助けたい」と思っている女の子の事も全て、余す事なく打ち明けたのである。「睦子は僕の、大切な人です。僕は、睦子を助けたい。自分の命が無くなっても、大好きな人を救いたい。僕は!」


  秀一は、記者の人達に頭を下げた。彼等の後ろに居るカメラマン達、カメラの向こう側に居る視聴者達にも。彼は必死な思いで、番組の視聴者達に頭を下げ続けた。「お願いします! 此の呪いは、僕だけでは解けない。僕に力を貸してくれた、人達だけでも。此の町を救うには、皆の力が必要なんです! 此の町の、此の時間を生きている、皆の力が」


 そこから先は、言えなかった。吐き出す物を吐き出し過ぎて、その続きが何故か言えなかったのである。秀一は「興奮」とも「後悔」とも言えない気持ちで、椅子の背もたれに寄り掛かってしまった。「御免なさい」


 ここから先は……そう、大人の時間だ。子供の時間ではなく、それを見詰める大人の時間である。大人は同じ大人達の顔を睨むと、今度は秀一に「良くやった」と微笑んで、視聴者達に自分の一族が犯した罪、その真実をゆっくりと伝え始めた。


 「私自身も、実の家族に騙されていましたが。それが『言い訳に成る』とは、思いません。大きな罪を背負っている点では、私も彼等と同じだからです。『人の不幸は、金に成る』と言う、そんな根性の彼等と。私は、私の血を償いたい。血の内側に流れる、無知の罪も償いたい。『今の時代を生きる人間』として、過去の因果を断ち切りたいんです。だから」


 お願いします! そう叫ぶ彼の声は、多くの人に響いたのだろう。配信動画の脇に添えられたコメント欄は勿論、「(ある意味で)加害者の立場」とも言える権力者達の中にも、彼の罪を許す声が現れ始めた。「お前だけが悪いんじゃない。俺達も、お前と同罪なんだ」と、そんな声が次々と現われたのである。「何も知らずに只甘えていただけで」

 

 次男坊は、その言葉を聞けなかった。そんな言葉が世間から出ている事も知らなかった。彼は視聴者達に今の自分が出来る事、「呪いの分割」と言うアイディアを出した。「今のままでは、誰も救えません。祠の中に閉じ込められている睦子さんは勿論、私の隣に座っている人柱も。皆、現状維持……ではない。このまま行けば、睦子さんが出られなくなります。祠の中から一生、閉じ込められる事に。そう成れば」

 

 睦子さんが、余りに可愛そうだ。そんな彼女と添い遂げなければ成らない人柱かれも、彼女の事を一途に思う秀一しょうねんも。皆、不幸なままに終ってしまう。「それだけは、嫌だ。絶対に許せない。私が『それ』を言うのも変ですが、彼等にはどうしても」

 

 幸せに成っても貰いたい。それは、この報道を観ている大半が思っていたが。それでも、へそ曲がりは居る。人柱の姿が視えない者、そう言う者達が「ふざけるな」と否める。「こんなオフザケをやって! 本当は、只の視聴率稼ぎだろう?」と言って。彼等はそれぞれにテレビの画面を消したり、スマホの画面を閉じたりしたが……。


 例の中年男は「それ」も既に読んでいたらしく、配信動画のコメント欄が荒れ始めると、会場のカメラマン達に目配せして、会見席の真ん中に「カメラを回せ」と命じた。「喚くのは自由だが。此を視ても、果たして」

 

 そんな事が言えるかな? そう笑う男の気配に気付いたのか、「会見の主役」と成った人柱は勿論、遠く離れた天理でさえも、その気配に震えていた。二人は「語り手」と「聞き手」、「怪異」と「人間」の立場に別れて、事の成り行きをじっと観始めた。

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