第29話 腐った金を清める(※三人称)

 それは、どう凄いのか? とても気になる所だが、病人の天理に「それ」を確かめる術は無い。只、高まる気持ちを抑えるだけだ。それに抗おうとしても、身体の痛みが「それ」を拒んで来る。お華ちゃんから「止めなさい」と叱られた時も、起こし掛けた上半身に痛みが走って、彼女に「大丈夫、だよ」と笑った瞬間、ベッドの上にまた倒れてしまった。


 天理は、その光景に肩を落とした。その光景が伝える、自分の状態にも肩を落とした。「本当は、今すぐにでも動きたい」と思っているのに。人間故の縛りが働いて、結局は「仕方ない」と諦めるしかなかった。天理は話の内容を膨らませて、そこから自分なりの推理を走らせた。


「『凄い人達』って事は、『それなりの影響』って事だよね? 普通一般の人達よりは、此の町に何らかの影響を与える……だとすると」


 いや、それでも油断禁物だ。次男坊の仲間達がどんなに有能であれ、それに「大丈夫」と思っては行けない。最悪の事態も想定、いや、考えなければならないだろう。あの連中が相手である以上、(最悪の場合)返り討ちに遭うかも知れないからだ。奴等の反撃を受けて、お仲間全滅の可能性もあるからである。彼奴等は、それ程に危険な連中だった。「だからこそ!」


 天理はまた、自分の身体を起こそうとした。身体の痛みに耐えて、「自身の闘志を燃やそう」としたのである。彼はお華ちゃんの「止めなさい」と無視して、ベッドの上から何とか起きあがろうとした。だが、それを許すお華ちゃんではない。狼牙の方は只呆れていただけだが、彼女の方は念力で、天理の身体を抑えてしまった。天理は、その力に怯んだ。


「お華、ちゃ」


「馬鹿な事するんじゃないの! 貴方は、今」


「分かって、いる。分かっているけど!」


 お華ちゃんは、その言葉に溜め息をついた。それに心底呆れる様な顔で。「今の貴方が動いて、どうなるの?」


 天理は、その言葉に黙り込んだ。黙りたくなくても、それに「うっ!」と黙ってしまった。彼は身体の痛みに汗を流す中で、自分の未熟さに打ちのめされた。「御免」


 お華ちゃんはまた、彼の言葉に溜め息をついた。今度もまた、心底呆れる様な顔で。「貴方は、強いわ。強いけど、まだ弱い。今は、身体の怪我を治す事が」


 狼牙も、その言葉に「センケツだねぇ」と頷いた。狼牙は「ニヤリ」と笑って、テレビの画面に視線を移した。テレビの画面にはまだ、市長の謝罪会見が映っている。「諦めが悪いな、どう誤魔化したって」


 無駄なのに。そう呟いた狼牙の声が聞えた訳ではないが、例の次男坊もまた「やれやれ」と呆れていた。次男坊は自分の後ろに彼等を連れて、仲間の一人と話している。報道の戦闘服を纏った中年男性が、その眼光を鋭く光らせて、彼と秘密の会話を続けていた。「うちの局は、『正義の報道』をモットーにしているが。それにしたって」


 此奴は、酷過ぎる。それが、彼の感想らしい。報道の世界に長年関わって来た彼だが、こう言う話題にはやはり「胸糞悪い」と思うらしかった。事実、局の職員達も彼と同じ様な顔を浮かべていたし。「地元の光で在ろう」とする気持ちは、彼等もまた同じだった様である。


 だからこそ、今回の件に殆どが苛々していた。次男坊と話している、彼も。彼は不機嫌な顔で、次男坊の顔を見詰め始めた。「飲み屋で知り合った時も、『面白い奴だ』とは思っていたが。まさか、こんな大物に関わっているなんて」

 

 予想外だった。そう言い掛けた彼だったが、次男坊にそれを遮られてしまった。次男坊は申し訳なさそうな顔で、目の前の中年男に頭を下げた。


「すまねぇ、おっさん。こんな事に」


「巻き込まれた訳じゃねぇよ。世の中の不正を報じる、それが俺達の仕事だ。世間様に社会の問題を伝える。社会の問題を揉み消すのは、裏金かねが好きな連中だよ」


 中年男は「フッ」と笑って、外村秀一の顔に視線をうちした。秀一の顔は、その眼光に「うっ」と震えている。「坊主」

 

 秀一は、その言葉に背筋を正した。別に怒れた訳ではないが、彼の言葉に(ある種の)圧を感じたらしい。隣の人柱も「それ」に震えていたが、秀一の方が彼よりもずっと怖がっていた。彼は背中の緊張を何とか隠して、男の目をどうにか見返した。


「は、はい!」


?」


 男は、秀一の隣に目をやった。秀一の隣には、テレビ局の廊下や内壁が見えている。「何処かにふらっと消えないで?」


 秀一は、その言葉に頷いた。それが意味する所も分かったし、それ以外の意図も分かったからである。秀一は彼には見えない少年を、彼にも分かる様な態度で、彼の目をじっと見詰めた。「居ます、僕の隣にずっと。彼は、僕の傍から絶対に離れない」


 男は、その返事に微笑んだ。それを聞いて、「良かった」と思ったらしい。秀一が自分の隣に頷いた時も、それに何度か頷いて、彼の隣に「人柱君」と話し掛けていた。「俺等の出来る事は、少ないかも知れない。だがそれでも、最善を尽くす。君に甘えて来た、罪滅ぼしとして」


 秀一は、その言葉に首を振った。彼自身の意思ではなく、人柱の通訳として。男にその意思を伝えたのである。秀一は自分の気持ちも混ぜて、男に「謝らないで下さい」と微笑んだ。「『謝られるのは、辛いから』って。『ボクはずっと、寂しかったけど。今は、とても楽しいから』って。彼は、皆の厚意をとても喜んでいます」


 男は、その言葉に「ニコッ」と笑った。その両目を少し潤ませて。「そうか。なら」


 良かったかも知れない。が、それ以上に不安な事もある。神社の神主は此方側に付いてくれたが、肝心の黒幕達が何処に行ったか分からないからだ。局の取材陣が現地に行った時も、寺の中に誰も居なかったし。墓地の方を捜して見ても、その雰囲気に怖がっただけで、彼等の消息が一向に分からなかったからである。男は「それ」が不安で、次男坊の顔に目をやった。


「お前の事を責める訳じゃねぇが。全く! 困った家族だよ。自分等が良かった時は好き勝手やって、悪くなったらトンズラするなんて。坊主の風上に置けない。正直、糞最低な人間だよ」


「ああ、俺もそう思う。それが『自分の家族だ』と思うと、尚更。俺は、自分の家族が情けなくて」


「堪らないかも知れないが。お前が苦しむ事はねぇよ。糞なのはお前の家族で、お前じゃないからな。お前は、堂々としていれば良い」


 次男坊は、その言葉に涙を流した。それを聞いて、心の緊張を解す様に。


「おっさん」


「うん?」


「有り難う」


「いや」


 男は微かに笑って、青年の目を見返した。青年の目にはまだ、涙が浮かんでいる。

「お礼はまだ、早い。俺達の戦いは、これからだ。情報の力で、町の因習と戦う。それに勝たなきゃ、『真の勝利』とは言えない。俺達が犯して来た、無意識の罪も」


「償えない?」


「ああ、それにもう一つ」


「何かあるのか?」


「お前の家族だよ。親父と兄貴、その二人が攻め込んで来るかも知れない。自分等の力だけではなく、法の力も引き連れて。?」


 次男坊は、その言葉に押し黙った。確かにその通りだ。二人には、相当の金がある。彼の母親が癌を患った時にも出さなかった金が、多くの金融機関に預けられていた。それを使えばきっと、有能な弁護士を雇える。その弁護士を通して、自分達の過去も潰せる。良識ある人間にはとても耐えられない事だが、それが人の不幸を金にして来た彼等の力だった。次男坊は、その現実に眉を寄せた。「腐った金だ」


 男は、その言葉に頷いた。彼の気持ちを察する様に、そして、その気持ちも宥める様に。彼は青年も含めた秀一達にも目配せして、市長の謝罪会見が行われている部屋に向かった。「?」

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