第28話 別の作戦(※三人称)

 。それは(或る意味で)、妥当な方法だろう。自分達の平和は、自分達で守る。それはごく当たり前の事に思えたが、世の中には「それ」を拒む者も居る。自分には関わりない事、関係が薄い事に対しては、とても否定的に成る人間も居るのだ。


 祖父が打ち込んだ意見に対して「ふざけるな」、「五月蠅い」と怒る人が居るのを見ても分かる様に。それがどんなに素晴らしい意見でも、その反対意見が必ず現われるのである。祖父が「それ」に苛立った時も、画面上には様々な意見が飛び交って、祖父の意見に「賛成」と纏まる事も、「いやいや、駄目だ」と纏まる事もなかった。

 

 祖父は、その光景に溜め息をついた。それに「呆れた」と言うよりは、人間の多様性に唯々疲れてしまったらしい。お華ちゃんが彼に「大丈夫?」と訊いた時も、それに「ああ、何とかね」と応えただけで、その表情自体は決して変えなかった。祖父は「アハハッ」と苦笑いして、スマホの画面を消した。「全く。『世の中』って言うのは、上手く行かないもんだね?」

 

 天理は、その言葉に暗くなった。言葉の裏にある、祖父の落胆にも暗くなった。彼は陰鬱な顔で自分の手元に目を落としたが、彼等の事をふと思い出すと、自分の顔を上げて、狼牙達の顔に目をやった。狼牙達の顔は、その動きに驚いている。


? 秀一君と」


「人柱は、別行動だよ。お前が行方不明に成っちゃったからね、別の作戦に移っている」


「別の作戦? それは」

 

 どう言う作戦なのか? それは、狼牙にも良く分からないらしい。神主と例の動画を撮り終えた後は、天理達の様子が気になって、あの寺に向かった様だが。そこには、外村秀一と人柱の姿しか見られなかった。


 狼牙達は二人から事の次第を聴き終えると、最初は天理の助太刀に向かおうとしたが、お寺の周りに張られている結界が思ったよりも強かった事や、「寺の次男坊」と名乗る青年の事もあって、「暫くは様子見しよう。下手に動けば、天理の命に関わるかも知れないから」と決めたらしい。


 その上で、次男坊には偵察(と言う名の密偵)を、二人には「安全な場所まで逃げるように」と頼んだが、そこで思わぬ問題が起こった。寺の中に先程入った次男坊が、(恐らくは、父と兄を問い詰めたのだろうが)疲れ切った状態で彼等の所に戻って来たのである。


 次男坊は、最初は事の真実を誤魔化していた父と兄に「知られてしまっては、仕方ないか」と言われた挙げ句、彼等から強い呪いを受けて、寺の中から追い出されてしまった。

 

 狼牙達は、その光景に胸を痛めた。と同時に怒りを覚えた。自分達の悪事が知れれば、その家族ですらも切り捨ててしまう彼等に。言い様のない憤怒を覚えてしまったのである。彼等は次男坊の仇討ちとして、寺の中に乗り込もうとしたが……「止めて置け」

 

 そう次男坊に止められてしまった。次男坊は自分の非力を悔しがる一方で、彼等の身も案じたらしく、寺の前から彼等を遠ざけては、悲しげな顔で彼等の顔を見渡した。「正面突破は、無理だ。無理に入れば、返り討ちに遭う」

 

 彼等は、その言葉に応えなかった。「応えよう」と思っても、それに俯いてしまった。彼等は目の前の敵がとても強い事、そして、一筋縄では行かない事を改めて感じた。だが、それで落ち込むお華ちゃんではない。周りの仲間達が暗くなる(狼牙は、それ程でもないが)中で、お華だけは強気な態度を崩さなかった。


 お華ちゃんは、仲間達の顔を見渡した。「まあ、でも。やられっぱなし、ではないし。向こうが力で来るなら、こっちは数で勝負」


 狼牙も、その言葉に「ニヤリ」とした。狼牙は楽しげな顔で、残りの三人に事情を話した。「神主がこっちの側に付いてくれた」と言う、事情を。そして、その神主が世間に真実を流してくれた事を。全て話したのである。


 彼は三人に「それ」を伝えると、また楽しそうな顔で「ニコニコ」と笑った。「此奴はきっと、面白い事に成る。今はまだ、大丈夫だが。何れは、内から崩れて来るよ。ずっと昔の事も含めてね?」

 

 三人は、その言葉に押し黙った。特に次男坊は何か思う所があるのか、残りの二人から「大丈夫ですか?」と言われても、それに応えないで、自分の足下をずっと眺めていた。三人は、狼牙達の顔に向き直った。「それでも」

 

 そう言ったのは、狼牙の前に出た秀一だった。秀一は悲しげな顔で、両手の拳を握った。


「睦子が帰って来るとは、限らない」


「ああ、そうだな。それでも、何もしないよりはマシだろう? 過去の呪いに捕らわれたままよりはさ?」


 それにまたも、黙る秀一。秀一は寂しげな顔で、両手の拳から力を抜いた。「うん……」


 次男坊は、その言葉に目を細めた。身体の痛みに悶えていたが、その言葉はそれ以上に辛かったらしい。彼は自分の前に秀一を呼び寄せると、穏やかな顔で彼の頭を撫で始めた。


「坊主」


「なに?」


「辛いよな? やっぱり」


「うん……」


 次男坊はまた、彼の言葉に目を細めた。今度は、何かを考える様に。


「そこの狼」


「ああん?」


「親父達の悪事はもう、世間に知られているんだよな?」


「ネットを観ている奴等にはね? だがそれも、時間の問題だ。


「そ、か。そう、だよな? なら」


「うん?」


「狼、それと人形のお嬢さん。二人は、御主人の事を守れ」


 狼牙は、その言葉に驚いた。お華ちゃんも、「え?」と驚いた。二人は不思議そうな顔で、次男坊の顔を暫く見続けた。「でも!」


 そう叫んだのは、彼の目を睨んだお華ちゃんである。彼女は今の言葉が不服なのか、秀一の事を押し退けて、彼の前に近付いた。


「此の二人だけじゃ駄目、どう考えても危険だわ! 戦う力の無い二人に」



「え?」


「俺が、二人の事を何とかする。俺の家が隠して来た問題も」


「貴方が、やるの? そんな傷だらけの状態で?」


 次男坊は、その質問を無視した。それに答えるよりも、「今は、救急車を呼ぶ方が先」と思ったらしい。事実、スマホの画面にはもう、百十九番の番号が表れている。彼は救急隊に今の場所や、自分の状態を伝えると、通話のボタンを切って、地面の上にスマホを滑らせた。


「傷は、深くない。医者には、それっぽい事を言って置く。ギリギリ事件に成らない程度の」


「そ、そう。でも、やっぱり!」


「此処から先は、俺達の問題だ。此の町に関わっている、俺達の。俺達の問題は、俺達の手で何とかしなきゃならない」


 狼牙は、その言葉に眉を上げた。それにある種の勝算、希望の様な物を感じた様である。彼は次男坊の横顔を見詰めて、その眼光にまた眉を寄せた。「宛ては、あるのか?」


 その答えは、「まあね」だった。次男坊は口の端に付いている血を拭って、狼牙の顔に「ニコリ」と笑った。「俺の友達、結構凄い奴等だから」

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