第27話 呟きの内容(※三人称)

 呟きの最初(とは言っても、狼牙から教えて貰った日付からだが)は、今日よりも数日程前だった。最初の頭には「町の秘密」と題され、そこから様々な情報、秘密についての内容が書かれている。町の風習がいつから始まり、それがどう言う理由から始まったのか等。その他、詳しい内容がびっしりと書かれていた。


 呟きの途中には、動画サイトへ繋がるリンクも張られている。「『呟きでは見辛い』と言う方は、動画の方を御覧下さい」と、そんなコメントも添えられていた。天理は狼牙の顔に視線を移したが、狼牙が自分に「動画も観て見ろ」と言うので、その意見に「分かった」と頷いた。「文章だけでは、伝わらない事もあるしね?」

 

 狼牙は、その返事に微笑んだ。彼が此から見せるだろう、ある種の驚きも考えて。彼は動画の音声が聞え始めると、お華ちゃんの顔に目をやって、天理の顔にまた視線を戻した。「そいつの撮影は、俺達でやったんだ。神主の持っていた機材を使ってね、神社の本堂で撮ったんだよ」

 

 天理は、その言葉に頷いた。頷いたが、それに応えようとはしなかった。彼は画面の向こうに広がっている映像、それが伝える真実に耳を傾けていた。真実の内容は言わずもがな、あの神社とお寺の繋がりだった。両者が町の災害に目を付けて、そこに利益を見出した事。自分達に有利な商売を考えた事。今ではとても考えられそうにない事だったが、当時の人達には「それ」がとても嬉しく、また有り難い事だった。


 。それを醜い本能から導き出したのである。彼等は町の有力者達、現代では県知事や県議会議員、市長や市議会議員の人達と結び付いて、自身の既得特権を守っていた。

 

 天理は、その情報に眉を潜めた。彼自身も「それも、人間の一部」とは思っていたが、そう改めて知ると、言い様のない嫌悪感を覚えたからである。天理は画面の神主が淡々と語る内容、神社の中に収められていた資料(資料室の中にあった資料は、それらの内容を隠した文書だったらしい。一つ一つでは只の資料だが、そこに隠された情報を集めると、事の真相に繋がる資料と成るらしい)も含めて、その内容に思わず唸ってしまった。「酷い」

 

 お華ちゃんは、その言葉に溜め息をついた。言葉の内容は短くても、それに「全く」と応える気持ちはあった様である。彼女は天理の隣に行って、そこから彼が観ている動画を観始めた。「私も正直、此には腹が立ったわ。人の命を軽んじる、最低の行為。彼等はずっと、その悪行を続けていたの。町の人達を騙してね、その裏では」

 

 天理は、その続きを遮った。「此以上は、聞きたくない」と言わんばかりに。「彼等達は、どうなったの? リツイートの数や、動画の再生数を見る限り。只では」

 

 そう、済まなかった様だ。此だけの反響があれば、公の機関も流石に黙っていない。最初は「何かの間違いだ」と思っていた行政機関も、議会の様子がおかしくなった事や、報道機関(或は、個人経営のジャーナリスト等)が調査を始めた事で、その隠蔽工作にも限界が生じた様である。


 彼等は様々な角度から、事の真相を調べ始めた。或る者は件の神主にアポを取ったり、また或る者は公権力に喧嘩を売ったり。神主と動画を撮った狼牙達の所や、狼牙達と関わりがあるお祖父ちゃん達の所にも、(どう言う経緯で知ったかは不明だが)専門の社会評論家が訪れていた。

 

 天理は、その内容に汗を浮かべた。内容の規模が、余りに広かったからである。当初は巫女の異変だけだった問題が、今は全国の人達を巻き込んだ大問題に成っていた。天理はその現実に驚く一方で、情報社会の恐怖に思わず笑ってしまった。「す、凄いね、此は。怪異の存在は、確かに恐ろしいけれど」

 

 それ以上に恐ろしいのは、その情報すらも操ってしまう人間。情報の規模を広げて、それをばらまいてしまう人間だった。一度ばらまかれた情報は、どんな力でも抑えられない。。天理が今観ている情報もまた、そんな情報社会が作り出した怪異だった。天理は画面の怪異から視線を逸らして、狼牙達の顔にまた視線を戻した。狼牙達の顔は天理と同じ、人間社会の正義に苦笑いしている。「でも……」

 

 狼牙は、その声に頷いた。声の調子を聞いて、その思考を何となく察したらしい。


「分かっている。彼奴等を罰するのは、難しいだろうね。何らかの行政処分は、受けるだろうけど。刑事罰を受けるには」


「物的証拠が足りない。心霊事件の刑事訴訟は、難しいから。その立証にも、時間が掛かる。実際の刑罰が下されるのは、『かなり遅れる』と思うよ?」


「ああ、そこが何とも悔しい所だ。心霊現象への研究は、まだまだ発展途上だし。科学の力も、心霊には弱いからね。人間が霊の領域に達するのは、まだずっと先の事だ」


「それでも」


「うん?」


「事態のそれ自体は、進んだでしょう? 今までの話を聴いた限りでは?」


 狼牙は、その言葉に微笑んだ。「その部分に関しては、自分も同意見だ」と言わんばかりに。彼は病室のテレビに目をやって、その画面をゆっくりと点けた。画面の向こうでは、町の市長が市民達に「此の度は、大変な御迷惑をお掛けしまして」と謝っている。


 報道陣から「此の問題に対して、行政側はどの様な対応をお考えですか?」と訊かれた時も、それに「う、うううっ」と戸惑うだけで、その答え自体には言い淀んでいた。狼牙は、その光景に溜め息をついた。


 「此処まで来ると憐れだが……まあ、此奴等の気持ちも分かるよ? 町の行政を預かる者としてはさ、そう成るのも分かる。自分達がもし、此処で謝った判断を下せば。町の未来その物がやばく成るからね。下手な事は、言えない。此処は、結論を先延ばしにするのが最善だ」


「確かにね? でも、それじゃ」


「ああ、何も変わらない。此奴等は、世間様から叩かれるだろうが。ネットやテレビの悪役に成るだけで、問題の解決には繋がらないだろう。

 

 そう言い終えた狼牙が笑ったのは、只の偶然だろうか? 狼牙は「ニヤリ」と笑って、天理の祖父に目をやった。祖父は彼の意図が分かっているのか、不慣れなスマホを弄くって、自分の出来る事に挑んでいた。「それも、やる気の問題だし。『やろう』とすれば、大抵の事はやれる。そうでしょう?」

 

 天理の祖父は、その言葉に苦笑いした。それが自分に出来るかどうか、「分からない」と言う顔で。「まあな。でも、何もしないよかマシだよ。只黙って、指をくわえている訳にはいかん」

 

 天理は、その言葉に眉を寄せた。言葉の意味は分かるが、その意図はどうも分からなかったからである。天理は今も痛い身体を動かして、祖父の顔に視線を移した。「お祖父ちゃん?」


 祖父は、その声に微笑んだ。が、その顔は何処か照れ臭そうだった。「老人向けの電話は、使っているが。ううん……普通の奴はやっぱり、難しい。機能やら何やらが高度過ぎる。正直、電話機の此奴が小憎たらしくなった」


 そうは言うが、その電話機も既に使い熟しているらしい。祖父本人としては「高度」と言っているが、ある程度の操作を覚えてしまえば、テレビの電源を入れる要領で、最近のスマホもすっかり使えていた。祖父はスマホの画面に何やら打ち込むと、楽しげな顔で天理にそれを見せた。スマホの画面には、例の呟きアプリが映っている。


「此は、誰かの責任じゃない。皆の責任だ。皆が住んでいる町の、その未来に関わる責任だ。その責任を誰かにおっ被せてはいけない?」


「そうだ。元は、奴等の悪巧みだとしても。それに甘えて来たのは、儂等だ。それを知らず、それに苦しんで来たのは、あの子等だ。巫女の精神と引き換えにして、貰い続けた町の平和。町の平和は、皆の共有物だ。共有物は皆の手で、守らなきゃならん。そこに住む者として、その責任を負わなきゃならん。儂等は……」


「お祖父ちゃん?」


「その責任から逃げて来た。責任から逃げて、その罪からも目を背けて来た。儂等が住んでいる町の癖に。その業に目を瞑って来た。だからこそ!」


 戦わなければならない。誰かの力に任せるのではなく、自分達の力で挑まなければならない。今の時代を生きる人間として、此からの未来に責任を持たなければならないのだ。その為にも、此の意見を広めなければならない。


「『今度は、儂等が人柱に成ろう』と。儂等自身が人柱に成れば、誰か一人に責任を負わせなくて済む。儂等は儂等自身の手で、

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