第31話 霊感の応用(※三人称)

 それは彼の、魂の叫びだった。自分がどうして、儀式の人柱に成ったのか? それを淡々と語る叫び、画面の向こうに「辛かった」と訴える叫び。それが少年の声と重なって、その叫びに奥行きを与えていた。それを観ている者を思わず黙らせる様な、そんな奥行きを与えていたのである。彼の叫びを聞いている天理もまた、その叫びに胸を痛めていた。天理は少年の顔を暫く見て、それから自分の手元に目を落とした。「

 

 人間の皮を被った、悪霊。悪霊の域に入った、人間。それが少年の人生を狂わせ、その命さえも奪ったのだ。そう考えると、無性に悔しい。「自分が既に知っていた事」とは言え、それでもやはり悔しかった。人の弱みに付け込んだ商売、その生業が心から許せなかったのである。


 天理は「それ」に眉を寄せたが、祖母が自分に「それにしても」と言うと、彼女の顔に視線を移して、彼女に「うん?」と応えた。「どうしたの?」

 

 祖母は、その答えに言い淀んだ。「それに答えるのが辛い」と言うよりも、「それを訊いて良いのか?」と言う風に。祖父は不安げな顔で、孫の顔を見返した。「あの子、『人柱様』と言って良いのか? その人柱様をこうして、テレビに映しても?」

 

 天理は、その言葉に微笑んだ。それが言わんとする意味を察したからである。彼は秀一達(恐らくは、参謀役が居るのだろうか)の意図も推し量って、祖母の疑問に「大丈夫だよ」と答えた。「それが多分、彼等の作戦だから?」

 

 祖母は、その言葉に驚いた。驚いた上に「う、ううん」と唸った。彼女は孫の思考が読めないのか、不思議そうな顔で孫の顔を見返した。孫の顔はやはり、穏やかに微笑んでいる。


「どう言う事?」


「言葉通りの意味だよ。此は、彼等の作戦。映像の視聴者達に『人柱が本当に居る』と伝える、彼等の作戦なんだ。霊感が無い人も、無い人も、それを信じてしまう作戦」


 孫にそう言われたが、それでもイマイチ分からないらしい。祖母は自分の夫に助けを求めたが、夫は孫の考えを分かっていた様で、夫が自分に「それは、な?」と言おうとした時も、その説明を遮って、自分の孫にまた「どう言う事?」と訊いてしまった。


「『霊感が無い人も、有る人も信じてしまう作戦』って? それは」


「お祖母ちゃんは」


「うん?」


?」

 

 その質問に「え?」と固まった。質問の意味が分からなかった意味でも、そして、「視えている」の部分が分からなかった意味でも。只、阿呆の様に「え?」と驚いてしまったのである。彼女は孫の質問に暫くオロオロしたが、やがて自分の足下に目を落としてしまった。


「視えているよ? それが?」


「うん、重要。お祖母ちゃんが思う以上に重要だ。お祖母ちゃんには、多分」



「霊感が有る?」


 そう言って、「ハッ!」と驚く祖母。どうやら、孫の言わんとする事が分かったらしい。孫の顔にまた視線を戻した時も、その嬉しさに思わず微笑んでしまった。彼女は口元の笑みを消して、テレビの画面に視線を移した。画面の向こうには今も、あの少年が映っている。


「皆が視える、訳じゃないんだね?」


「そう言う事。彼の姿が視えるのは、基本的には霊感が有る人だけだ。霊感が無い人には、彼の姿が視えない。只、無音の映像が見えるだけなんだ。それが視える人の横で、画面の向こうに『え? え?』と驚いている。それが視える人の事も、『何で驚いているんだ?』って怖がる筈だ。自分には見えない物が、『此の人には、視えているんだ』って。 それが多分、此の作戦で一番重要な事だ。見える人と、視えない人を分ける事。そうする事で」


 その続きを遮ったのは、孫の推理を訊いていた祖父だった。祖父は孫の推理に当てられたのか、自分も彼に混じって自身の推理を話し始めたのである。


「『此が本物だ』と思わせる訳か? 視聴者の全員が視えれば、『此が本物だ』とは思い辛い。何かしらの編集、儂等の世代じゃ特撮かな? 『そう言う類の映像だ』と思われてしまう。今の映画は、吃驚する程凄いらしいからな? 玄人の奴等はきっと、苦言を呈すだろう。『こんな物を見せるな』ってね、此の映像を最初から信じない。仮に『信じた』としても、オカルト好きの奴等に喜ばれるだけだ。だからこそ」


「うん、分ける必要があった。本物の人が、本物を視られる様に。『本物』と思われる人が、本物の情報を流してくれる為に。彼等はあえて、視聴者の分離を行ったんだ。そうする事で」


 様々な人が動く。此に興味を抱いた人達が、様々なメディアに訴える。公共のテレビ放送から、個人のウェブサイトまで。あらゆる人間が、此の問題に考察を……いや、「考察」と言う名のお遊びか? 兎に角、楽しみ始める。世間に自分の存在を知らしめる為に、『此の大きな波』に乗ろうとするのだ。祖父が先程までやっていた呟きアプリにも、此に対する考察が飛び交っていたし。


 一度現われた玩具(それも、かなり面白い)は、どんな情報規制を行っても、その流れを決して止められないのである。彼等は「それ」を使って、此の計画を企てたのだ。誰か一人の問題ではなく、それと関わる全ての問題にする為に。彼等は人柱の問題を使って、社会全体に此の問題を投げ掛けたのである。「凄い技だ」

 

 霊能者の自分には、絶対に出来ない。今を生きる人間だからこそ、出来る技。怪異のそれすらも祓ってしまう、除霊。彼等は普通の人間でありながら、怪異の呪縛を見事に解き放ってしまったのである。「こうなれば」

 

 もう、終わりだ。世間がもう、此の問題を知ってしまった以上。町の秘密を守る事は出来ない。町の秘密に隠れて、己が利益を守る事も出来ない。それで自分の富を築いていた連中も、その富をすっかり奪われてしまうだろう。かつての先祖が、町の人々から財を巻き上げた様に。今度は、自分達が社会から財を巻き上げられるのである。正に因果応報。自分のやった事は必ず、自分に返って来るのだ。「怖いね」

 

 人の恨みは、本当に恐ろしい。それ自体に恨みはなくても、恨みの底にある念は恐ろしい。念は、人の人生を狂わせる。昨日までは普通に生きていた人間や、自身の正義感に酔っている人間達、そう言う人達の人生を見事に狂わせるのだ。今もこうして、此の映像に考察を述べている人間達も。その念にすっかりハマっていたのである。

 

 天理は、その光景に息を飲んだ。それが伝える人間の本質、その中身にも打ち震えた。彼はベッドの上に寝そべって、病室の天井を見上げ始めた。「睦子さんは、これで」


 大丈夫だろう。そう言い掛けた天理だったが、それは「早計だ」と思い直した。「町の因習が明るみに成ったから」と言って、「彼女の身が助かる」とは限らない。これで町の権力者達、あの僧侶達が罰せられても、巫女と人柱の問題がどうにか成った訳ではない。


 。現代の光が差し込んだだけでは、「過去からの因縁を断ち切った」とは言えない。寺の次男坊が言った妙案も、「呪い」の部分が足枷に成って、社会の人達にどうしても「受け入れられる」とは思えなかった。天理は、その現実に頭を痛めた。


「語る善は容易いが、行う善は難しい。自分の命は、皆」


「大事だろうな。だが、そう言う連中だけじゃないのも現実。馬鹿で阿呆なお人好しは、どんな世界にも居るもんだ」


「え?」


 天理は、祖父の顔に目をやった。祖父の顔は、何処か嬉しそうに笑っている。


「それって?」


「ああ、此だよ。此のアイディが、中々に面白い」


 祖父は「ニコッ」と笑って、天理にスマホの画面を見せた。スマホの画面には、例の呟きアプリが映っている。「『町の連中にアンケートを採ろう』ってさ? 『それで町の未来を考えよう』って」

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