第20話 寺の次男坊(※三人称)

 そう呟く僧侶に苛立ったのか? 人柱がまた、彼の顔を覗き込んだ。人柱は彼の顔を暫く見詰めて、その顔から少し離れた。


「さっきから何度も、何度も! 一体、何が終り」


「ヒィ!」


「何ですか? ボクがこうして」


「五月蠅い! 『お前が此処に来た』って言うのは、此の町を壊しに来たんだろう? 積年の恨みを晴らす為に? 態々わざわざ


「来ません。と言うか、意味が分かりません。ボクが此の場所に来る事がどうして、此の町を壊す事に成るのか? ボクは、全く分からないんです」


 僧侶は、その言葉に「嘘だ!」と叫んだ。人柱としては彼に嘘を付いている訳ではないが、彼には「それ」が「嘘」としか思えなかったらしい。人柱がそれに「違う」と言っても、二人の会話を見ていた秀一が「本当に!」と言っても、その言葉をまるで信じようとしなかった。


 僧侶は自分の両耳を押さえて、二人の会話を「話すな!」と遮った。「『俺を騙そう』としても無駄だ! 俺は、絶対に騙されない! お前等がどんなに話しても、此だけは!」

 

 人柱は、その言葉に困った。秀一も、彼と同じ事を思った。二人は彼の反応に「どうしよう?」と迷ったが、「お寺の中に入った天理君を待とう」と言い合って、目の前の僧侶にまた意識を戻した。目の前の僧侶はまだ、今の状況に「終わりだ、終わりだ」と呟いている。「もう、何が何だか。さっぱり分からない。此の人が、こんなに怯える理由が」

 

 そう、分かる筈がない。彼が何に怯え、何に不安がっているのか。何も分からない二人には、その原因すらも分からなかった。二人は僧侶の様子を暫く見ていたが、彼がある程度落ち着くと、最初は秀一から彼に、次に人柱が「何をそんなに怖がっているんですか?」と聴き始めた。


「ボクの存在に怖がるのは、分かります。分かりますが、その驚き方は普通じゃない。。それこそ」


「うっ」


「怖がらなくて良い。貴方には、危害を加えません。貴方の事を騙す積もりも。ボクは、只」


「な、何だよ! そうやって」


「殺せるなら、とっくに殺している。自分の妨げに成る様な相手は! でも」


「うっ、うううっ」


「貴方はまだ、生きているでしょう? 今もこうして?」


 人柱は彼の前にしゃがんで、その手を握り締めた。彼の手は、温かかった。普通の人間が持つ、普通の体温があった。人柱の手を握り返す力も同じ、普通の人間が持つ力だった。


 人柱は「それ」を暫く握って、僧侶の不安を宥めた。「嫌だったら、放して良い。でもこれだけは、ボクの話だけはどうか、信じて下さい。ボクが貴方の事を殺しに来た訳じゃない事も」


 僧侶は、その言葉に押し黙った。が、それを否めようとはしなかった。僧侶は「肯定」とも「否定」とも言えない表情、「不可思議」とも言える表情で、人柱の顔をじっと見返した。


「俺の事、殺さない?」


「殺しません、殺す理由が無いもの。ボクは、人殺しなんて」


「そう、か。それは、それじゃ」


「はい?」


「それがもし、本当だったら?」


 僧侶は一つ、息を吸った。そうする事で、自分の気持ちを整える様に。


「あの話は、嘘だったんだろうか? 君がもし、町の中に現われたら。『町の人々に災いが起こる』って言う。その話は嘘、だったんだろうか?」


 今度は、人柱の方が息を吸った。その話に「え?」と驚く様に。人柱は秀一が「え?」と驚いている横で、僧侶の青年にまた「どう言う事ですか?」と問い掛けた。


「『ボクが町の中に現われたら、災いが起こる』って? そんな話は、一度も聞いた事が」


「そ、そりゃ、君が聞いた事はない……筈、だよ。君がもし、それを知っていたら。うんう、そもそもそんな話じゃない。君が『それ』を知っていようがいまいが、今回の事とはちっとも。だ、だとすれば!」


 人柱は、その言葉に戸惑った。それを聞いていた秀一も、その言葉に唯々黙っていた。二人は僧侶の話に違和感を覚えたが、取り敢えずは「彼の話を聞いてみよう」と頷き合った。「彼の話を聞けば、何か分かるかも知れない」と、そう内心で思った様である。


 二人は人柱を代表にして、僧侶の青年にまた質問を投げ掛けた。「貴方の話、今は難しいかも知れないけど。ゆっくりで良いんです。ボク達にどうか、それを話してくれませんか?」

 

 僧侶は、その質問に「わ、分かった」と頷いた。「俺の知っている範囲で、だけど。それは」

 

 本当に驚きの話だった。人柱は神社の領域(正確には、敷地の中)から出られず、どんなに強い霊能者でも、その姿を見る事は出来ない。ましてや、それと話す事等。彼は町の平和を守る守護者として、祠の中から出られない存在だった。そんな存在がもし、祠の中から出て来たなら。それ相応の変化が起こる。町の人々にも、災いが起こる。


 例の神社と深い関わりがあった彼は、寺の父から「それ」を聞かされていた。町の中で「これこらこう言う少年を見た時は、充分に気を付けろ」と、そう幼い頃から教えられていた様である。だから、今回の事があって……「さっきは、取り乱してしまった。親父の言っていた事がまさか、現実に起こってしまうなんて。頭の中がおかしくなってしまったんだよ。だから、本当は」

 

 僧侶は、目の前の人柱に頭を下げた。それが自分の、「彼への誠意」と言わんばかりに。


「『君の事を祓おう』とした。寺の親父にも話して、『あの祠に戻そう』と。町の中で人柱を見た時は、そうしなきゃならない決まりだったから。つい取り乱しちゃって」


「そう、だったんですか。でも」


 それなら一つ、引っ掛かる事がある。寺の周りに張られた結界について。それはどう考えても、人柱に対する防御壁だった。それが設けられた理由を考えると……。


「やっぱり変です、貴方の事を疑う訳じゃないけど。その話は」


「え?」


「すいません」


「何?」


「その話って、お父さんから聞いたんですよね? そのお父さんも多分、そのまたお父さんから」


「ああうん、それが我が家の伝統だからね。寺の長男以外は」


「長男?」


「うん。俺、彼処の次男だから。長男には、長男専用の話があるらしいんだけど。話の内容は、次男以降には伝えられない。家の親父も」


「長男、だったんですか?」


「そうだよ。だから、家を継いだんだ。て。俺は……何て言うか、長男の予備みたいなモノだから」


 人柱は、その話に唖然とした。その話がもし、本当なら? とんでもない秘密が隠されているかも知れない。それこそ、町の歴史を引っ繰り返してしまう程の。彼はそんな不安を抱いて、天理の入っていた寺に視線を移した。

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