第21話 現われた本性(※主人公、一人称)

 「お寺の敷地に入った瞬間」と言うべきか? 兎に角入った瞬間に不思議な感覚、嫌な雰囲気を感じた。表面上では普通を装っていても、その裏では恐ろしい何かが動いている。自分の背後からゆっくり迫って来る様な何かが、その右手に鋭い刃物を握っていた。

 

 僕は、その気配に震えた。気配の中に潜む、殺気にも震えた。僕は(あくまで)迷子の体を装いながらも、お寺の正面から回って、墓地の中を調べ始めた。墓地の中もやはり、不気味だった。町の空が晴れているのも関わらず、その恩恵を全く受けていない。日の光を只、受けているだけだった。墓石の前に備えられている線香からも、不思議な雰囲気が感じられたし。線香の両側に備えられている花からも、それと同じ雰囲気が感じられた。

 

 僕は墓石の花と線香を暫く見たが、地蔵の事がふと気になって、その前にゆっくりと歩み寄った。地蔵の雰囲気もやはり、不気味だった。雰囲気のそれ自体は普通でも、その表情がどうも怪しい。光の当たり方も関わってか、その表情が怒っている様に見えた。地蔵の横に添えられている風車も、風の有無に関わりなく回っているし。それが作り出している景色も、「田舎の風景」と言うよりは、「」と言う感じだった。

 

 僕は、その風景に生唾を飲んだ。「それに怖がりたくない」と思っても、その雰囲気に思わず怯えてしまったからである。墓石の間からスッと現われた黒猫にも、その登場に「うわっ」と驚いてしまった。僕は黒猫の姿が見えなくなった後も、不安な顔で墓地の中に立ち続けた。


 ……墓地の中に気配を感じたのは、それから直ぐの事だった。

 

 僕は精神の不安を消して、気配の方に視線を向けた。視線の先には一人、中年の僧侶が立っていた。僧侶は僕の存在に驚いたのか、最初は墓地の入り口に立っていただけだったが、やがて僕の方にゆっくりと歩き出した。


 僕は、僧侶の接近に身構えた。相手がどんなに笑顔でも、その接近に嫌な気配を感じたからである。僧侶が僕の前で止まった時も、彼が僕に「今日は」と笑い掛けなければ、その雰囲気に思わず震える所だった。僕は相手の挨拶に応えて、さも迷ったかの様に装った。「御免なさい。、見ませんでしたか?」

 

 僧侶は、その言葉に目を細めた。特に「友達」の部分、此には(どうも)引っ掛かる所があったらしい。彼の感情ははかれないが、僕の目をじっと見る態度や、その服装に「うむうむ」と頷く様子からは、その気配が何となく感じられた。僧侶は僕の顔を暫く見て、その後ろに視線を移した。「隠れん坊、かい? 『こんな所に迷い込んだ』と言う事は?」

 

 僕は、その質問に頷いた。そう思ってくれたなら、好都合。これ以上の嘘は、ない。小学生が隠れん坊で自分の友達と離れるのは、ごく普通の現象だ。何もおかしな所はない。相手に精々、「全く」と呆れられるだけだ。「ヤンチャなのは良いが、此処は人の家だぞ?」と、そう相手に怒られるだけである。


 僕は相手のお叱りに「御免なさい」と謝ったが、それに「もうしません」と付け加えた。「本当はその、入る積もりはなかったけど、友達の姿がどうしても、見付からなくて。ずっと捜していたら、此処に入ってしまいました」

 

 僧侶は、その言葉に溜め息をついた。それを聞いて、「やれやれ」と思ったのだろう。僕の顔をじっと見返した目にも、その気持ちがしっかりと窺えた。僧侶は僕の顔をまた暫く見続けたが、やがてお寺の方に視線を移した。「友達の事はまだ、捜すのかい?」

 

 僕は、その質問に首を振った。それに「捜す」と応えるのは、どう考えても悪手あくしゅである。僕は小学生の考えそうな事、ある種の狡さを装って、目の前の僧侶に「疲れたから、休みたい」と答えた。「ずっと捜していたから」

 

 僧侶は、その言葉に微笑んだ。それに彼の優しさを見せて。僧侶はお寺の中に僕を誘うと(不自然な程に上手く行った)、その廊下を通って、奥の客間に僕を連れて行った。「熱中症に成ったら大変だ。何か冷たい飲み物を持って来るから、此処で少し休んで行きなさい」

 

 僕は、その言葉に微笑んだ。そうするのが、最良の手。相手の隙を突く、「最高の手だ」と思ったからである。僕は僧侶が客間に冷たい飲み物を持って来てから直ぐ、彼が客間の中から出て行く瞬間を狙って、部屋の中からそっと抜け出した。


 部屋の外は、静かだった。僕と僧侶が通って来た廊下は勿論、そこからお寺の本堂に繋がる道も、廊下の硝子窓から見られる景色も、お寺の横に見える墓地も、墓地の手前に見える地蔵達も皆、しんと静まっている。僕がお寺の中に入る前は吹いていた風も、今は空気の中に溶け切っていた。

 

 僕は、その静寂に目を細めた。この静寂は、幾ら何でもおかしい。お寺の中はおろか、外の音すら死んでいる。僕の足音が只、廊下の周りに響いているだけだ。それ以外は、何も聞えない。人の命が放つ気配も、その音をすっかり消していた。


 僕は「それ」に意識を向けたが、自分の背後に気配を感じた瞬間、不安な顔でその気配に視線を移した。視線の先には一人、若い僧侶が立っていた。僧侶は先程の彼と似ていたが、彼よりも逞しい体付きで、子供の僕が見ても「怖い人だ」と言うのが分かった。僕は「何かやらかしたかも知れない」と思って、目の前の青年に「御免なさい」と謝った。「お寺の中が……その、気になっちゃって。つい」

 

 若い僧侶は、その言葉に眉を潜めた。その言葉をどうやら、「怪しい」と思っているらしい。本人もお坊さんとは思えない雰囲気だが、僕の目をじっと見返す目や、右手の数珠じゅずを握り締める態度からは、彼が普通の僧侶ではない事、此のお寺にはやはり何かある事が、その態度諸々を通して、何となく察せられた。僧侶は客間の方に僕を戻して、僕の正面に腰を下ろした。


「子供の好奇心を責める積もりはない。だが、『限度』って物がある。他人の家に上がっている以上は、それ相応の」


「ご、御免なさい!」


「態度を取らないと? 此処は、お前の家じゃないんだからな? そこら辺の礼儀は、わきまえなきゃならない」


「う、うん、はい! そう、ですね。御免なさい」


 若い僧侶は、その言葉に黙り込んだ。それに何かを察したのか? それとも只、「やれやれ」と思ったのか? その真意は分からなかったが、僕が彼にまた「御免なさい」と謝ると、それに何かを感じて、僕の顔をじっと睨み始めた。「お前……」


 僧侶は、僕の後ろに目をやった、僕の後ろに広がる空間、その奥を只見詰める様に。「?」


 僕は、その言葉に押し黙った。押し黙る積もりはなくても、その迫力に思わず黙ってしまった。僕は自分が何かを間違えた(かも知れない)事、「自分の霊力は此処に入る時、確かに消して置いた」事を思い返して、今の此れが「只のハッタリかも知れない」と思い直した。「そ、そんな事! って、何を言っているんです? 僕は、只の」

 

 僧侶はまた、僕の言葉に眉を寄せた。今度は、明らかな怒りを見せて。「子供じゃない。それは、俺が見ても分かる。家の親父からも、『妙な子供が来た』と言われていたし。『一応の警戒は必要だ』とは思ったが、まさか」

 

 そう言って、「フッ」と笑う僧侶。僧侶は僕の思惑に気付いているのか、僕が「それ」を「否めよう」としても、それに耳を傾ける所か、反対に「ああん?」と睨み返して来た。「『この寺に探りを入れる』とは。本当にとんでもない餓鬼だよ。部屋の中に結界が張られていないのを」

 

 僕は、その言葉を遮った。そこまで当てられてしまった以上、「彼等にはもう、誤魔化しは効かない」と思ったからである。僕は長椅子の上から立ち上がって、相手の目をじっと睨んだ。相手もまた、僕の目をじっと睨み返している。「貴方達は一体、何者です?」


 僧侶は、その質問に眉を寄せた。質問の内容が「分からない」と言う風に。


「『貴方達』とは?」


「ここのお寺と、あの神社。その」


「関係性?」


「そうです。本来は別方向に居る両者が、特殊な事情で手を取り合っている。神の領域に人柱を封じ、仏の領域が『それ』を司る。傍目から見れば、本当に不思議な光景です。それらが力を合わせる事で、この町に利益をもたらしている事も。普通の感覚で言えば、本当に有り得ない事です」


 僕はまた、相手の目を睨んだ。それで少しでも、相手が「うっ」と怯む様に。「貴方達の目的は? 今も何故、こんな儀式を続けているんですか? 人一人の精神が壊れてしまう儀式を? 科学の栄えた現代に成ってまで?」


  若い僧侶は、その言葉に黙った。それを「悔しがった」と言うよりは、その言葉自体に苛立ったらしい。終始無言で僕の顔を見詰める目からは、「憤怒」とも「激情」とも言えない感情が窺えた。


 彼は僕の目から視線を逸らして、応接間の扉に目をやった。応接間の扉は勿論、その鍵がしっかりと掛けられている。「るしかない、か」

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