第19話 怖い寺(※三人称)

 寺の中には、入れなかった。正確には人柱だけが入れなかったが、天理も「それ」に違和感を覚えた事で、自分の推理に(ある意味で)確証を持てたらしい。彼の隣に立っていた秀一も、その感覚には生唾を飲んでいた。「た、確かに変かも。神社の中には入れたのに、お寺の中には入れないなんて。普通に考えたら」

 

 おかしい。いや、「おかしい」と思ってしまう。人柱が(良くも悪くも)人でない存在であるなら、それと関わる神社や寺には両方とも入れない筈だ。それぞれが得意とする結界か何かに阻まれて、その入り口で足止めを食らう筈である。秀一が普通に考える限り、そう成るのが「普通ではないか」と思われたが。


 現実はどうも、そうではなかったらしい。人柱は此のお寺に向かうまでの道中、最初は二人と普通に話せていたが、神社の姿が見えなくなった所で、段々と息苦しく、その動きも同じくらいに鈍くなってしまった。「な、んだ、コレ?」

 

 秀一は、その言葉に「大丈夫?」と言った。天理も、彼の身体を支えた。二人は、お寺の出入り口から少し離れた所に人柱を連れて行った。「頭の方は、どう? クラクラする?」

 

 人柱は、その言葉に頷いた。が、それ以外の返事は出来ない。彼としては二人に自分の状況を話したかった様だが、見えない力らしき物が働いている所為で、口から発せられる言葉は勿論、その身振り手振りさえも覚束無おぼつかなくなってしまった。人柱は建物の外壁に寄り掛かって、秀一が近くの自販機から買って来たジュースをゆっくりと飲み始めた。「有り難う」

 

 秀一は、その言葉に首を振った。そんな言葉は、別に要らない。彼はもう、只の幽霊ではないのだから。只の幽霊でない相手にジュースをおごるのは、別に「ありがとう」を言われたい為ではない。


 秀一は幽霊の少年に微笑んで、寺の入り口に視線を戻した。寺の入り口には、古びた感じの門柱が立っている。門柱の向こう側には敷地が、敷地の置くには本当が見え、本堂の中には仏像らしい物も見えていた。「見た感じじゃ、普通のお寺だけど? お寺の裏には」

 

 。それも普通の墓地ではなく、その戒名かいみょうすら分からない墓石が無数に並んでいた。秀一は、その光景に打ち震えた。時間の方はまだ昼前だったが、その光景に何故か怖くなってしまったのである。墓石の前に置かれている地蔵達、その脇に置かれた風車にも言い様のない恐怖を覚えてしまった。秀一は「それ」に怯えて、天理の顔に視線を移した。天理の顔もまた、その光景に眉を寄せている。


「あのお寺」


「うん、かなりおかしい。普通平均の霊気をはるかに超えている。入り口の門柱から溢れ出す程に。彼がお寺の中に入れないのは、それが彼だけに効く防壁、つまりはバリアーに成っているからだ。普通の人には余り効かないバリアーも、彼だけには。そう考えると」


「君の推理も、あながち間違いではない?」

 

 天理は、その言葉に眉を寄せた。それが真実なのは間違いないだろうが、問題は真実の中身である。真実の中身に一体、何が詰まっているか? それを確かめる方法はまだないが、一応は入れる状況から考えて、それを確かめるのに「躊躇ってはいられない」と思った。天理は秀一に人柱の事を頼んで、寺の方にゆっくりと歩き出した。


「彼は、彼処に入らない方が良い。お寺の事は、僕だけで調べるから」


「大丈夫なの? 一人だけで行って? それに」


「大丈夫。不法侵入は、しないから。僕は小学生だし、住職には『町の探検だ』と言えば誤魔化せる。『夏休みの自由研究だ』とか言ってね? 住職が特別な人間でない限りは」


「そ、そっか。でも」


「うん?」


「無理は、余り」


 天理は、その言葉に微笑んだ。それは、「心配ご無用」と言う風に。


「しないよ? 。自分が『危ない』と思ったら、直ぐに逃げる」


「そ、そう。それじゃ、気を付けて!」


「そっちも、彼の事をお願い」


「分かった!」


 秀一は不安な顔で、天理の事を見送った。それを見ていた人柱も「御免」と謝ったが、その場から動けない自分に「悔しい」と呟いていた。二人は天理の姿が見えなくなった後も、無言で門柱の奥を見続けた。


 だが、それから十分程経った時……。二人は、ある僧侶に話し掛けられた。二人が天理の事を待っている間に「やぁ」と話し掛けて来たのである。二人は秀一の後ろに人柱を立たせて、僧侶の顔を見詰めた。僧侶の顔は、とても穏やかである。「こ、今日は」

 

 僧侶も、その声に「今日は」と応えた。僧侶は秀一の事を暫く見ていたが、やがて彼の後ろに視線を移した。「離れろ」

 

 人柱は、その言葉に震えた。特に「離れろ」と言い切った部分、その語尾には思わず「うっ」と怯んでしまった。彼は僧侶の「今すぐに消えろ」を聞いても尚、その怒声に怯えて、秀一の傍から離れる事が出来なかった。


「どう、して?」


「も糞もない! その子から、今すぐ」


 そこに割り込んだのは言わずもがな、彼等の顔を聞いていた秀一だった。秀一は僧侶の言い分が余りに一方的である事、それを聞いた人柱がとても怯えている事もあって、二人の会話にどうしても割り込みたくなってしまった。


「さっきから、『消えろ』とか『離れろ』とか! 貴方は、一体? そもそも」


「ああ、視えているよ? だが、そんなのは、どうでも良い。俺が何者であるかも」


 いや、どうでも良くない。彼が例え、視える僧侶でも。僧侶の衣を着た青年でも、それに「どうでも良い」とは言えなかった。秀一は人柱の事を守る形で、青年の前に堂々と立った。「そんな訳には、行きません! 睦子の事を助ける為にも、此だけは!」


 僧侶は、その怒声に驚いた。特に「睦子」の部分、これには強い興味を抱いたらしい。秀一が自分に「離れるのは、そっちです!」と叫んだ時も、黙ってその声を聞き流していた。


 僧侶は鋭い眼光で、秀一の顔を睨み付けた。「何処で拾って来たのかは知らないが、兎に角消えろ! 其奴は、俺達の命を脅かす。其奴自身に自覚はなくても、其れが憑いているだけで!」

 

 秀一は、その言葉を遮った。「そんな言葉は、聞きたくない」と言う顔で。彼は僧侶が自分の胸倉を掴んでも尚、その前から決して退こうとしなかった。「何です、何か悪い事でもあるんですか? 町の人達に変わって、その平和を守っているのに? 彼は、この町の……」

 

 僧侶は、その言葉に怯んだ。怯んだ上に怯えた。僧侶は秀一の顔を暫く見たが、やがて人柱の顔に視線を移した。人柱の顔は、彼の眼光に怯んでいる。


「終わりだ」


「え?」


「町の終わりだ、全て」


 秀一は、その言葉に眉を上げた。言葉の内容もおかしが、僧侶の態度はそれ以上におかしい。人柱の存在に「終わりだ」と叫ぶ顔は、絶望のそれを表す怒号でしかなかった。秀一は遠くの方に人柱を離して、僧侶の顔をそっと見上げた。「何が……その、終わりなんですか? 彼が此処に居るだけで? 彼は誰も……睦子の事は仕方ないけど、苦しめていないのに? どうして?」


 僧侶は、その言葉に応えなかった。「応えよう」と思っても、それに応える余力がなかったらしい。彼の内心は推し量れないが、その溢れる涙、震える声、叫ぶ顔からは、彼の動揺が痛い程に分かった。僧侶は地面の上に両膝を突いて、それから自分の頭を押さえた。「人柱が壊しに来る、俺達の命を」


 奪わない。いや、奪える筈がない。人柱には何も、そんな力は無いのだから。霊感が強い者の前には現われても、それに害を及ぼす力は無い。ましてや、それを呪い殺す等。町の秘密を知っている(かも知れない)僧侶にしては、とても有り得ない態度だった。彼は人柱も分からない恐怖、秀一にも分からない不安を抱いて、子供の様に「ワンワン」と泣き崩れた。「許してくれ、許してくれ、許してくれ!」


 秀一は、その謝罪に戸惑った。それを聞いていた人柱も、「え?」と驚いた。二人は彼の様子を暫く見ていたが、人柱が彼の前に歩み寄った事で、その状態も直ぐに終ってしまった。「許す、のは難しいけど。大丈夫です! ボクは、貴方達に危害を加えません。其処に居る、彼にも。ボクは只、ボクがこうなった真実を知りたい。そして、出来るなら」


 人柱は後ろの秀一に目配せして、目の前の僧侶にも「此処から移りましょう。此処に居たら、町の人達にも見られる」と言った。「町の人達から見れば、道の真ん中で泣いているだけの人です。そんな人を見れば、大騒ぎに成る。騒ぎが起こるのは、貴方も望んでいないでしょう?」


 僧侶は「それ」に暫く動けなかったが、やがて「分かった」と頷いた。人柱の言葉に諦めたのか、それとも「見られる」の部分が気になったのか、「此の場所から離れるのが賢明」と思った様である。僧侶は今の場所から離れて、人目の付かない場所に腰を下ろした。「終わりだ……」

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