第18話 搦め手(※三人称)

 人柱は、その質問に驚いた。質問の雰囲気に押される様な感じで。


「な、何?」


「君は最初から、此の場所に居たの? 何処か違う所で魂を抜かれてから、此の場所に?」


「『運ばれた』と思う。御免……その、余り覚えていなくて。ボクは多分、余所の場所で殺された……のかは分からないけど、兎に角切り刻まれた。バラバラにされて、此の場所に魂を封じられた。町の平穏を守る、『人柱』として。ボクは、そう成った今も」


「そうか。それじゃ、自分の身体が何処にあるかも」


「う、うん、分からない。それ所か」


「うん?」


「今までその、そんなのは考えた事もなかった。『自分は、こう言う立場でしかない』と、そう自然に思って。『そこからどうしよう?』と思った事はない。天理君が今、ボクにそう問い掛けるまで。ボクは」


「成程ね。それも、一種の呪いか。人柱に昔の事を思い出させない、一種の記憶操作。君は町の人柱に成る前、或いは、そう成る寸前、相手にその呪いを掛けられたんだ。今までの話から察する限り、その可能性は充分」

 

 人柱は、その推理に押し黙った。それを聞いた衝撃もあったが、それ以上に「まさか!」と思ったらしい。傍目からは只呆然としているだけに見えたが、本人の身体が微かに震えている事、瞳の奥も潤んでいる事を見れば、その想像も強ち間違いには思えなかった。人柱は自身の境遇に怯える一方で、その真実にも「触れたい」と思ったらしく、天理の推理に対して「続けて」と促した。「今の推理を、天理君の考えを」

 

 天理は、その言葉に頷いた。そうする事が、「事態の打開に繋がる」と信じて。彼に自分の推理を一つ一つ話し始めた。「過去の記録を調べて見ない事には、どうも言えないけど。只、一つの可能性としては」

 

 そう言って天理が見詰めた先には、例の神社が建っていた。神社の裏側には影が覆って、その表面に不思議な空気を纏わせている。まるで自分達の未来を示す様な、そんな空気がふわりと浮かんでいた。天理は神社の空気を暫く見ていたが、やがて人柱の顔に視線を戻した。人柱の顔には、ある種の不安が浮かんでいる。


「君を人柱にしたのは、此処の神主じゃない。神主の祖先に当たる人でも。あの祠に君を封じ込めたのは、神社と祠の中間に立った存在。神と人間の仲立ちに成った存在だ」


「神と人間の仲立ちに成った存在? それって?」


、人間が修行の末に行き着く存在。人がムに成る事で、生まれる存在。君は神と仏の力を受けて、この町の人柱に成ったんだ」

 

 人柱は、その言葉に打ち震えた。それは余りに恐ろしい、雷撃の様な言葉だったからである。天理がまた自分に「君は、その犠牲者なんだよ」と言った時も、その言葉に只「え? え?」と戸惑ってしまった。人柱は自分でも分からない不安、自分ではどうにも成らない感情を抱いて、天理の顔をじっと見返した。「そんなの」

 

 有り得ない。いや、有り得なくはないのか? 天理の推理を聞く限り、その可能性も充分に考えられる。神社が今回の黒幕なら、その真相は余りに単純だ。自分が過去に犯した罪、その亡骸なきがらたる証拠を残した状態で。町の祭り(と言う名の風習)を続けるのは、どう考えてもおかしな事だった。自分の周りに証拠を残して置くなんて、一流の犯罪者なら絶対にやらない事である。でも、やはり……。


「『そうだ』とは、言い切れない。この神社を調べた訳でもないのしさ? そんな風に言い切れるなんて。ボクには」


「多分、『言えない』と思う。僕も正直、そう言い切れる自信はないけど。神社の中から漂う空気、『神様の空気』って言うのかな? そこからも嫌な空気は、感じられないし。神社の正面に建てられていた鳥居からも」


「そんな空気は、感じられなかった? うん、殆ど。流石に『何者だろう?』とは、思った様だけどね。それ以外の感情は、全く感じられなかった。神社の物陰から君達を見た時も、それを妨げる様な事は起こらなかったし。神様はきっと、『自分には、何もやましい事はない』と思っているんだろう。そうでなければ、神社の入り口で門前払いを食らっている」

 

 人柱は、その言葉に唸った。唸るしかなかった。天理から聞かされた、恐ろしい推理に。そして、「自分がそれまで、考えもしなかった推理」に。彼は自分の情緒が狂いそうになっても、真面目な顔で天理の顔を見詰め続けた。「?」

 

 天理は、その質問に眉を寄せた。それは、天理にも分からない。天理よりは、この町に詳しい秀一にも。彼等は天理の考えた推理に暫く唸ったが、秀一が天理に向かって「もしかすると?」と言うと、それまでの空気を忘れて、秀一の顔をじっと見始めた。「何か心当たりでも?」


 秀一は、その答えに戸惑った。この答えはどうやら、秀一にも自身が持てないらしい。お華ちゃんが彼に「教えなさい」と言った時も、それに「う、うん」と応えるだけで、その答え自体には中々答えようとしなかった。秀一は、神社の外側に目をやった。


「この町で、古いお寺。僕も、詳しい事は分からないけど。其処の住職は、此処の神主と仲が良いらしい。それも、ずっと昔から」


「先祖代々?」


「そう、先祖代々。住職と神主が仲良しなのは、変な感じだけど。今の住職と神主も、中学の同級生らしいんだ」


 天理は、その話に眉を下げた。その話がもし、本当であるなら。これは、確かめるしかない。自分の推理が本当に合っているか、その真相を確かめるしかなかった。天理は自分の守護者達に目配せして、秀一の顔に視線を戻した。


「そこに行ってみよう」


「え?」


「お寺の中には、様々な資料も置かれている。町の秘密に関わるような資料なら、お寺の中にも『それ』が置かれている筈だ。誰にも知られては成らない、『極秘文書』として」


「な、成程。それじゃ」


「うん。でも、その前に」


「え?」


「もう一つの方も、調べて置く。この手の相手は、力業だけじゃ駄目だから。『それ』を黙らせる、搦め手も備えて置かないと」


「搦め手? それは」


 勿論、あの二人である。鞍馬天理の守護を任せられた二人、彼の仕事を補う従者。彼等がその搦め手に成って、「神社の中も探そう」と言う訳だ。「神社の中にもきっと、『それ』を示す証拠が残されているだろう」と、そう考えた訳である。


 人柱は天理の人選に驚きながらも、自分が(一応)人間ではない事や、天理自身にも戦う力がある(そう、本人から聞かされた)事もあり、天理や秀一達と連れ立って、例のお寺に向かった。

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