第17話 人柱の問題(※三人称)

 思わぬ加勢。そう喜んだ秀一だったが、また同時に「大丈夫かな?」とも思った。彼が自分の仲間に付いた事で、「此の事態が良くなる」とは限らない。彼の力を持ってしても、「この呪いが断ち切れる」とは限らない。人間の尊厳を引き換えにして、町の平和を保って来た呪いが。そう簡単に「断ち切れる」とは、思えなかった。


 ある意味で「呪いの元凶」と言える人柱も、その力には頭を抱えていたし。人柱の契約を解いたくらいでは、「それが無くなる」とはどうしても思えなかった。秀一は「それ」に苛立って、自分の足下に目を落とした。


「鞍馬君の気持ちは……その、凄く嬉しい。霊能者(どれくらい強いかは、分からないが)の君が、力を貸してくれるならきっと! でも」


「でも?」


「う、うん、でもやっぱり」


「不安なのは、分かる。僕も正直、とても不安だ。今回の事は、いつもの様に」


「上手く行かなそう?」


「『行く』とか『行かない』とかの問題じゃなく、いつもの方法が使えない事、その可能性が問題なんだ。誰かを苦しめる悪霊もおらず、その元凶と思われる人柱を祓っても」


「無意味?」


「そう言う事。あの人柱は、だから。それを祓う訳には、行かない。彼が何かの力で消されれば、この町が大変な事に成る。今までは何でもなかった事が、急におかしくなって。あらゆる物が、おかしくなる。普通の日常が壊れて、異常な日常が生まれる。そう成れば、何もかも終わりだ。全ての命が損なわれて、誰も生きていけない世界に成る」


 秀一は、その話に暗くなった。それが紛れもない現実だから。どんなに頷けなくても、それに「やっぱり」と頷くしかなかった。秀一は悔しげな顔で、自分の両膝を何度も叩いた。「畜生、畜生、畜生! こんな」


 酷い現実があるだろうか? 誰かの命を犠牲にしなければ、誰の命も救えない現実。文字通りの不条理。それが今も、様々な人を苦しめている。自分も含めた、様々な人を。だから、無性に悔しかった。こんな仕組みを作った、はるか昔の人々が。此上もなく憎かった。


 秀一はそんな因習に自分が巻き込まれた事、最愛の少女が「それ」に苦しめられている事、見ず知らずの少年がこうして「助けるよ」と言ってくれた事に「ふざけるな!」と叫んだ。「お前等は、良いよ? 自分達の代が平和であれば、良いんだからさ。未来の事なんて、考えなくて良い。祭りのそれに格好付けて、安全な所に居れば良いんだから。こんなに狡い事はない。僕は……僕も人の事は言えないかも知れないけど、そう言う人間が一番嫌いだ!」

 

 天理は、その言葉に胸を痛めた。が、「それ」を表には出さなかった。秀一に「それ」を見せれば、彼の気持ちを更に「苦しめる」と思ったからである。天理は彼の隣に座ったままで、彼と同じ表情を浮かべ続けた。

「だからこそ、それに抗わなくちゃ? 睦子さんの精神を救う為にも」


「うん! でも」


 そう言い掛けた秀一の表情が変わったのは、人柱達が自分の所に戻って来たからである。彼等は二人の内心を何となく察した様だが、表面上ではあくまで平静を装い続けた。「どうすれば、良いのか? あい……人柱を祓っても、仕方ないし。『だから』と言って、このままじゃ何も変わらないし。結局」


 人柱は、その言葉に瞳を濡らした。それを聞いていた狼牙達も、その疑問に頭を抱えている。彼等は答えの無い問題にぶつかって、その現実に「ううん」と悩み続けた。「本当に八方塞がりね。何を選んでも、最善の答えに成らない。この仕組みが、仮に『壊せた』としても」


 お華ちゃんは、自分の言葉に暗くなった。彼女も彼女でそんな事は考えたくなかったが、等の人柱ですらお手上げ状態である以上、第三者である彼女にはそう言うしかない。狼牙が自分に「確かにね。でも、意外とすんなり」と言った時も、その言葉に溜め息を付くしかなかった。彼女は悔しげな顔で、自分の頭を掻いた。


「行く訳ないでしょう? この町は、人柱の力で」


「支えられている。それは勿論、知っているよ? 本来なら起こる筈の災害が、人柱の力で抑えられている事は。馬鹿な俺でも、充分に分かっている。問題は」


?」


 狼牙は、その質問に首を振った。それは、「問題の解決には成らない」と言う風に。狼牙はお華ちゃんの目を暫く見て、それから人柱の顔に視線を移した。


「人柱の代わりに成る物を見付けられないか?」


「え?」


 それは一体、どう言う意味だろう? 此処に居る面々は多分、「人柱の問題を如何するか?」と考えているのに。彼だけは「それ」とは違う方向、「人柱の代用品」を探している様だった。人柱は狼牙の前に歩み寄って、その顔をじっと見始めた。


「人柱の代わり? そんな物が?」


「あるかどうかは、知らない。でも、探す方法も、あるんじゃないか? お前を人柱にした連中も多分、『それと同じ様な手を使った』と思うし。人柱の代用品を探せない事は」


「駄目だ!」


「え?」


「そんな事、絶対に駄目だ! こんなに苦しい事を、誰かに……」


 狼牙は、その言葉に眉を寄せた。その言葉から伝わる、人柱の優しさを感じて。でも、それでも、その言葉を受け入れる訳には行かない。町の人々と同じ様に「すまないな」と謝る訳には行かなかった。狼牙はそんな風な事を思って、目の前の人柱を睨み付けた。


「なら、お前は良いのか?」


「え?」


「理不尽な奴等の犠牲に成って。お前自身は、それで良いのか?」


 人柱は、その言葉に押し黙った。いや、押し黙るしかなかった。自分の不幸に「それで良いのか?」と言われた以上、その答えに戸惑うしかない。狼牙がまた自分に「お前だけが不幸なままで?」と訊いた時も、その質問に只押し黙るしかなかった。人柱は地面の上にしゃがんで、自分の頭を抱え始めた。「嫌だ、そんなの! こんな事は」


 もう、続けたくない。誰かの精神を貰って、この町を守りたくない。自分の心がこれ以上、苦しむ事も。人柱は「逃げたい!」と叫んで、地面の上から立ち上がった。「ボクばっかりが苦しんで、ボクばっかりが悩んで、ボクばっかりが悪者で! 誰も助けてくれない、あの時からずっと! ボクは、ずっとこのまま」


 狼牙は、その言葉を遮った。それが自分の、「彼への善意」と言わんばかりに。狼牙は真剣な顔で、人柱の目を睨んだ。


「じゃないだろう? お前がそれを嫌がるなら」


「で、でも!」


「それじゃ、町の連中が困る? ケッ、そんなの知った事か? 自分達の事は棚に上げて、お前には『続けろ』と命じるなんて。そんな虫の良い話はない。そいつ等には、それ相応の責任を負わせなきゃ」


「せ、責任? 責任って?」


「それは勿論、お前の呪いを解く事だよ? お前は、町の人柱に選ばれた。自分の意思じゃなく、他人の意思で。お前は、其奴等から解き放たれる。いや、解き放たれなきゃならない。そうでなきゃ、余りに理不尽だ。お前ばかりが苦しむ呪い。それは、どう考えても理不尽だろう? 理不尽には、『理不尽だ』と言って良い。お前には、その権利があるんだ」


「そ、そうだけど。でも、もし、そう、成ったら?」


「この町に災いが起こる。そう考えるから苦しい」


「え?」


 それは?


「どう言う事?」


「言葉通りの意味だよ。自分が居なくなれば、この町に災いが起こる。そう考える事自体が、『苦しいんだ』って。普通は」


 天理は、その言葉に「ハッ」とした。言葉の続きを察して、その意図に「成程ね」と気付いたからである。


「どんな町にも、災いは起こる。この地上に住んでいる限りは、何かしらの災いが起こるなんだ。それが例え、自然の現象であっても。人間は何かしらの対価を払って、この地上に文明を築いている。それを自分勝手に変えるのは」


「良くない事。それは、充分に分かっているよ? 本当なら起こる筈の自然を無理矢理に変えるなんて、傲慢以外の何物でもない。ボクがこうして、皆の人柱に成る事も。本当なら許されない、許しては成らない事なんだ。人間が人間らしく、自然の一部として生きる為にも。だけど!」


「分かっている。今の事態はそう、簡単な事じゃない。君が自分の役目を捨てれば」


「うん……。だから、どうするのが?」


 天理は「それ」に困ったが、やがて「待てよ?」と考え始めた。「待てよ?」の先に思考を走らせて、その答えに「行き着こう」と考えたようである。彼は自分の顎を摘まんで、祠の周りを歩き始めた。「一つ、訊いても良い?」

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