第57話 急発進

 公園を出るとすぐ目の前に2列の広い車道があり、信号を渡ると緑地に囲まれた翼のマンションに向かう一本道がある。

 その直線の一本道への入り口のある横筋には、コンビニやパン屋喫茶店などの店々が立ち並ぶ。

 理久、クロ、翼は、並んで青信号を渡った。

 理久は、翼のカバンの中を気にしながら、翼の前で平静を取り繕うに必死だ。

 しかし、理久同様カバンの事を知ってるクロは、至って平然としていた。

 

 (やっぱ……ここがクロが王様な所だよな……態度に全く出ない)


 理久は、横断歩道を歩きながら、翼の手前少しだけなら大丈夫かと横目でクロをチラリと見た。

 すると、クロも理久を見ていた。

 外灯の明かりだけだけでクロを見てもクロはやはり怖い位美形で、理久は慌ててクロから目を逸らす。

 獣人のクロと再会したばかりの時より今の方が、クロに視線を向けられると気恥ずかしい感じがして何故かと思う。

 そして同時に…


 (クロ……まだ俺の事好きでいてくれてるのかな?翼より、俺の事好きかな?)


 理久はそう思い、胸が酷く痛んだ。


 そんな理久を翼も見逃さなかった。そして、マンションへの一本道に理久もクロも一緒に入ると、前から来る車を見て密かに唇だけ微笑んで言った。


 「あっ!あれ、父さんを送ってきたうちの会社の車だな…」


 翼の父親を毎日会社へと送迎していたのは以前は国産の黒の高級車で理久もそれは知っていたが、最近どうも変わって黒の高級外車になっていた。

 高級外車のお抱え運転手も毎日乗せる社長の息子に気付いたらしく、後続車がいない事もあり翼の近くで車を止め窓を開け言った。


 「お坊ちゃん、あっ、理久さんもこんばんは!」


 40代だろう気さくな男性運転手須藤の事は、理久もよく知っていて「こんばんは」と言って理久も会釈して返した。

 翼は、そんな須藤に言った。


 「あっ!須藤、後ろのドアを開けてくれ!ほら理久!外車の座席に座ってみろ!スゲー座り心地いいぞ」


 後部ドアが自動で開いた。


 「あっ!いいよ!又今度で。須藤さんも早く家に帰らなきゃ」


 理久は、かなり時間に焦っていたし、須藤の帰宅が遅い日が多いのも知っていた。

 だが…


 「須藤!車出せ!」


 翼はそんな理久の腕を取り強引に後部座席に押し込み、翼自身も横に乗りドアを閉めながら叫んだ。


 「はっ?!はいっ!」


 須藤は前を見てアクセルを踏んだが、驚いたのは理久とクロだった。


 「理久っ!」


 クロも叫んだが、車はクロだけその場に置いてスピードを上げて公園前の広い車道に走り去った。


 「何すんだ、翼!須藤さん、止めてください!」


 理久は青ざめ、須藤のいる前座席に乗り出し声を上げた。

 勿論、翼が何故こんな事をするのか理久には全然分からない。


 「いいから須藤!走れ!晴美展望台までっ!理久!お前は黙っとけ!」


 翼は声を荒げ理久の左腕を引っ張り、その理久の背中を後部座席の背もたれに強引に圧するように押し付ける。


 「晴美展望台?!須藤さん!お願いです!止めて、止めて下さい!」


 理久は更に声を大きくした。


 晴美展望台はここから車で30分は走る。しかも山の高台にあり、歩けば2時間以上はかかった。


 


 




 


 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いなくなった愛犬を探していたら、異世界で獣人王になっていて、俺は愛妃になれと攫われた!(交際0日で、獣人王と婚約しました!) みゃー @ms7777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ