第9話理由

クロが、話し出した。


真っ直ぐに、理久の瞳を見上げながら。


理久は、その射るような強い視線に、まるで直接握られたように心臓を収縮させた。


クロは、この様々な獣人の世界の王国の王様だった。


本当は名前もクロでなく、アレクサンドルと言う。


そして、少し前から亡くなった祖父で、前前国王のそのままになっていた珍しい品々を集めた部屋がやたら気になっていた。


そこは、巨大な城の誰一人として今や入らない、すでに忘れられた空間。


それに、クロは、王になってから毎日毎日、お妃を決めろ!早く決めろ!と周囲からヤイヤイ言われていた。


そして、毎日毎日、断ろうが何人もの何処かの姫や令嬢と勝手に見合いを組まれ、いかにもと分かる欲に塗れた色目を使われて媚を売られ、もうほとほとうんざり辟易していた。


だがある日、クロはどうしてもそう言うストレスもあり気晴らしに、なおかつその部屋が気になって、誰にも告げぬまま

、こっそり鍵を持ち出して一人入った。


側近や付き人に言えば、埃に塗れるやらなんやらと必ず反対されたからだ。


それに、何故だろう…


普段、こんな馬鹿げた事はしないタイプなのに…


国王になってからは、増々、行動には慎重だったのに…


どうしても、部屋の中に入りたかった。


まるで、部屋に呼ばれているかのように…


それに、少し中を見て、すぐ職務に戻るつもりだった。


そこは…


やはり埃に塗れ、蜘蛛の巣が張り放題。


どこから手に入れたのか、変わった動物のミイラや骨や、壺や仮面や不気味な人形が、元王の部屋にしては小さな空間に溢れていた。


すると突然、部屋の中央に鎮座している大きな陳列台と床との僅かな隙間から、ネズミが2匹出てきた。


古い部屋だし仕方が無いなと思いながら

、掃除はしなければなと、何気にその隙間を覗くと…


陳列台に隠れるように、床に何かが描かれていた。


一体何かと…普通ではなかなか動かせないその台を、クロは持ち前の怪力で一人で軽く動かしてみた。


すると、そこに、呪術なのか?…


その部分だけ埃が無くキレイなまま…


紅い何かで描かれた大きな円陣が幾つか重なったり組合って、訳の分からない記号も幾つかあった。


だが、クロには唯一、その円や記号の横に書いてあった文字だけが読めた。


いにしえの今はもう、王族にしか伝わらない、市井の人々には忘れられた古代文字。


そこには…


「神聖なる血を受け継ぐ一族の者よ…我、汝等にのみ真に愛する者を示さん…」


とあった。


クロは意識せず、思わずそれを口づさんでしまった。


すると…


途端に回りが明るくなったかと思ったら…


次の瞬間、何処か他の場所の木の根元にいた。


だがそれは、さっき、理久がクロを探していた時と同じ公園の中にある普通の木だった。


クロは、理久のいる令和の東京に飛ばさていた。


暗い、暗い夜の見た事の無い別世界。


どうしようも無く、あても無く、王族の上品な白のブラウスと黒い裾を絞った黒ズボンのままフラフラ歩いた。


しかし車道に出て、車を知らなかったクロは驚きながら避けたものの一部が当たってしまい、アスファルトの上に飛ばされた。


その瞬間、ショックでクロは、もう一つの自分の姿…


本当の犬に変身してしまった。


車から出てきた若い男女の恋人同士は、人を轢いたと思ったが犬だったと分かると、クロを放置したまま又乗り込み走り去った。


再びクロが犬の姿のまま目を覚ましたのは、保健所だった。


獣医には診てもらったが…


ケガは、体を打っただけだったが、足、腰だけでなく、頭も打った。


幸い足と腰は、少し痛んだだけだったが

、頭は最悪な事になった。


記憶が…


自分が一国の王で、獣人に変身出来る事を忘れてしまった。


クロは、それから犬そのもので保健所で暮らした。


その何日かの間…


クロの美しい顔付きや毛並みとキレイな青瞳に、成犬の大型犬でも引き取りたいと、何人もの人間がクロに優しく近寄って来てくれた。


その中には、若い美女や美少女もいたし

、美形男子もいた。


それはとても有り難い事だったが…


しかし、少しだったはずの体の痛みは長引き、頭を打ったショックもあって、クロは部屋の端で塞ぎ込んでいる事が多く

、皆その様子に、簡単に早々に引き取りを諦め去って行った。


そんなある日。


クロの前に、理久が現れた。


「事故にあったんだね…痛かったね…もしかして、今も痛い?俺と一緒に、もう一回病院へ行こう」


理久はそう言いながら、いつものように部屋の端っこで、誰が来ても無関心で目を閉じ塞いでいたクロの頭を、体に気を遣うように優しく撫でた。


多数の人間がクロに興味を示してくれて、時に優しい言葉もかけてくれたが、理久のそれは、他と何かが違っていた。


クロは、重い両目蓋を上げた。


そして…


クロはたった一目で、その青瞳に理久を映した瞬間に理久を気に入った。


今思えば、間違いなく、完全なる、クロの理久への一目惚れだった。




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