二部 呪炎剣七番勝負、或いは家族へと至る道

50.迷宮を求めて

 半年も訳もなくアルカニヤ大陸を彷徨い歩いた訳ではない。


 ただ、事件に巻き込まれる事も有り、ロニャフ国の領土から因縁の出来つつあるシャーラン国の領土を抜け、その場所に至るにはそれぐらいの時間を有した。


 最初の数カ月は子連れであり襲撃者が後を絶たぬ状況であった為まさに亀の歩みではあったが、最後の一カ月はすんなりと事は進んだ。


 サレス殿と互角以上の戦いを繰り広げたと言う私の剣名は高まり、名を挙げようと襲い掛かる者達を跳ね返し続けた結果、更に私の剣名は跳ね上がり、命を惜しむ輩は下手に攻撃して来なくなったことが要因だ。


 全く、私自身は何も変わらないと言うのに周囲の受け取り方一つで色々と変わるものだ。


 ともあれ、幾多の問題を解決しながら私たちは遂にロズ殿が迷宮を感知したと言う場所にたどり着いた。


 忘れらし者達と呼ばれる一団が住まう北東の地、ここに迷宮があると言うのだが……。


「おや、まあ、随分とこの辺は風聞と違いますねぇ。まさか、本当だったなんてねぇ」


 その光景を初めて見た時にカイサが肩を竦めながら言った。


 私もその言葉に頷かざる得ない。


 この地には過去に戦に負けた国の民が逃げ込んで作った洞窟都市群があると言う話だった。


 荒涼とした大地にある岩山に穴を掘り、そこを住居としていたと言うのだが……。


 我らが辿り着いた時には岩山などほとんど見当たらず、殺風景な平地が延々と続いていた。


「岩山に掘られた穴を住居にした者達が多く居ると聞いていたんですけど……」


 アゾンも驚きをあらわにしている。


 それも当然と言えたが、その前兆は実は前々から感じていた。


 忘れらし者達を相手に商売をしている隊商は数は少ないが存在している。


 その彼らが訝しそうに岩山が見当たらないとこぼしていたの先日聞いてはいたからだ。


 ほんの二、三カ月前までは存在していた筈の岩山が消えていると。


 そんな馬鹿なと思っていたが、彼らが言う通りこの地には岩山などなかった。


 初めからそんな物はなかったかのように。


 ただただ、荒れ果てた大地が広がっているだけだった。


「五人分の水と食料を一か月分近くは運んできているが……、運び手の餌も考えると二週間でめどが付かねば引き返すほかない」


 人が住まうと言う岩山が無いと言う事は食料調達が厳しいと言う事。


 確かに人が住まうだけの食料となるものは周囲にあるかもしれないが、良く分からぬ地でそれを見つけ出すのは難しい。


 一見すると本当に何もない荒れ地なのだから。


「……一週間でどうにかなると思うが、それで駄目ならば引き返そうと思っておる」


 スラーニャちゃんが心配じゃからなぁとロズ殿が笑うとスラーニャが平気だよと口をとがらせる。


 いや、心配じゃからとロズ殿が繰り返すと不服そうにスラ―ニャは頬を膨らませたが、それ以上は何も言わなかった。


 この手の探索を甘く見れば死ぬと言う事は幼い彼女とて分かっている。


 幼いとはいえ、多くの分別が付くようにはなっているのだから。


「しかし、こう言っちゃぁ何ですが、ロズ姐さんを受け入れてくれるんですかねぇ? その迷宮とやらは」

「それを知るのも重要であろうさ。やって来る者達とは協力できるのか、出来ないのかを知るうえでな」


 そんな会話をしながらロズ殿を伺うと、彼女は真剣な目つきである一点を見据えていた。


 そして。


「幾人かの気配を感じる。ただ……余の片割れとでも言うべき竜の魔女が知る気配とは幾分違う」

「それは……ロズ殿と同じような存在であると言う事か?」

「岩山自体が消えても人が消えた訳じゃないってことかも知れませんねぇ」


 カイサの言葉に頷きを返さざる得ない。


 そう、忘れらし者達の身体にエヌピーシーと呼ばれる者の魂をダウンロードされた可能性がある。


 身体の乗っ取りの結果、どのような状態でいるのかは分からない。


 前例のない事だからだが、或いはロズ殿と同じように自身が何物か分からずに苦悶しているかも知れない。


「そうと決まった訳でもないが。そうであるならば……地獄よな」


 どちらにとっても。


 そう呟くロズ殿の眉間に寄せられた皴は深く、彼女の苦悩の深さを物語っている。


 ともあれ、探索を始めるかと声を掛けようとした、その瞬間に背後から飛来する矢の音を聞く。


「ふんっ!」


 アゾンが剣を抜いて飛来した矢を払い落とす。


 見れば弓を構えたエルフの男女がまっすぐにこちらを向いて立っている。


「見つけたぞ! 先日の借りを返してもらう!」

「不意打ちして言う言葉ですかい?」

「うるさいっ! タコも矢をつがえろ!」

「タコじゃねぇってばっ! タコマル!」


 緊張感が感じられないやり取りを始めたエルフたちにカイサが唖然として呟く。


「なんです、ありゃ?」

「シャーランの兵士だ。……君の兄上と戦って逃げられる程度の手練だ」

「ああ……」


 その言葉で大体察したらしいカイサは天を一つ仰いだ。


「こんな平野であんなアホっぽい弓使いに狙われるとは……ん?」


 嘆きの言葉は最後まで続けることは出来なかった。


 その最中に大地が大きく揺れ出したのだ。


 アルカニヤには珍しい地震に皆が慌てふためく中、私は見た。


 平野の先で無数の尖塔が特徴的な建物が、まるで大地から生えてくるように突如として現れたのを。


 それが世界の上書きと呼ばれる現象だと言う事を知ったのは後になってからだった。


<続く>

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