49.東へ向かう

 レベル一の私が剣聖サレスに勝ったと言う風聞は広がり続けていた。


 そんな馬鹿な。いや、サレスも老いたのだ。サレスに勝った野郎を倒せばうだつの上がらない剣士であっても剣名は否が応にも跳ね上がる。


 そんな風聞と共に。


 つまりは、私に後を狙う輩が今度は迫ったのである。


 一対一の戦いもあれば、不意打ちや複数人での闇討ちもあった。


 が、私はそのこと如くを打ち破った。


 我が真道自顕流しんどうじけんりゅうの太刀筋は容易く彼らの命を奪い、その後に迸る黒炎が彼らの命を焼いた。


 そんな日々が半年ばかりも続けば、私の剣名は跳ね上がり呪炎剣の征四郎せいしろうと恐れられるほどになっていた。


 アゾンは日に日に上達し、また逞しく成長を続けており、今では私の代わりに立ち合いを受けるほどに成長していた。


 まだまだ技は未熟だが、なかなかどうして構える様は堂に入っている。


 エスローの妹カイサは密偵として素晴らしい腕前を誇り、今度立ち合いを希望している相手がどんな奴なのかすぐに情報を仕入れて来てくれた。


 そして、卑怯な手も辞さない相手にはスラーニャやロズ殿に被害が及ぶ前に人知れず始末をつける事もあったようだ。


 恐ろしい程に手練である。


 そうなってくると徐々に私を狙う者も少なくなってきた。


 真っ当に戦ってもその弟子に敗れる、卑怯な手段を用いても討ち果たせないばかりか逆に被害を被るとなれば当然だ。


 余程自分に自信のある相手以外は私と戦う事を恐れるようになっていた。


 不思議なものだ。


 あれほど賊を討ち果たしてきたが、誰もがレベル一と侮り、襲撃は絶えなかったと言うのに。


 剣聖に一度だけ勝る一撃を放ったことで、侮りから恐れへと私に対する感情が変わったのだ。


 これは私が斬ったと言う明確な跡、つまり黒炎が生じる呪炎剣を会得したがためでもあるし、サレスと言う剣聖の武名がそれほどまでに大きかったことを示しているように思えた。


 つまり、私は努力もせずに生きて来たレベル一の男ではなく、何故にかレベルが上がらないが尋常ではない剣士と認識され出したことを意味していた。


 私自身は変わらずとも周囲の見る目が変われば状況は一変する。


 私を雇いたいと言う依頼が舞い込む様になり、幾つもの傭兵団からも声を掛けられるようになった。


 生活費を稼ぐのには一気に楽にはなったが、今度は悪目立ちするようになってしまった。


 もし、何の目的もない旅であればそれも良かったのだが、今の旅には目的がある。


 キケ達と別れてから数日後にロズ殿が自身の治めた迷宮の存在を感知したのだ。


 屍神ししんの言うダウンロードとやらが始まったのだろう。


「余はそこに向かわねばならん。砦跡の亡霊共と接触してよう分かった。今のままでは余は余の力を十全に発揮できんようだ。だが、迷宮に至れば……少なくとも足手まといではなくなる」


 そう告げたロズ殿の顔は真剣そのもので、ならば我らも付いて行こうと言う話になった。


 ロズ殿が迷宮があると断じたアルカニヤの東の地で何が待つのかは分からない。


 或いは道中でスラーニャを狙う屍神教団の連中やロズ殿を狙うカムラ国の追手が迫るかもしれない。


 それでも、いや、それだからこそ我らは行くのだ。


 ひょんなことで結び付いた我らではある、ひょんなことで別れる時は来るだろう。


 それでも剣に命を預けてただただアルカニヤの北東部に足を向けた。


 それは新たなる死闘の幕開けであった。


<続く>

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