51.PC

 私は尖塔並ぶ建物群からエルフたちに視線を送る。


 大地は揺れているがそれなりに地震の多い国に住んでいた私は、この間にエルフたちが攻撃してくるのではないかと警戒した。


 だが、それは杞憂だった。


 あちらも今起きている出来事に目を白黒させて攻勢に移ることは無かった。


 私は今のうちにと刀の柄に手を添えて、彼らに向かって走り出す。


 私が抜刀しつつトンボに構えた頃、建物群がすっかり姿を現した。


 途端にロズ殿とエルフの男の声が鼓膜を打った。


「アレはエラン!」

「エランが何故ここに!」


 異口同音にエランと言う名を告げる、その事実に私はあと数歩で間合いに入るのに歩を止めて、エルフの男を見つめた。


 エラン、あの建物群の名前だろうか。


「エランってのは?」


 カイサがロズ殿に問う声が響くと、彼女はどこか眩暈でも覚えている様な上ずった声で答えた。


「PCたちの拠点……とでも言うべきか。無論、総括するNPCもいるが」

「結構な大都市に見えますが?」

「実際デカいじゃろうなぁ……」


 振り返り見やると、丁度頭を左右に振りながら余は行った事が無いが記憶として残っておる、そう告げるロズ殿が垣間見えた。


 そして間近にそれよりも顕著な反応を返す者がいた。


 タコマルと言う名前だと叫んでいたエルフの男だ。


「なんでエランがここに姿を見せるんだ! ここは全くの異世界だろう? なのに何故!」


 異なる世界、と言う事だろうか。


 上手い事を言う。


 ともあれ、あの建物群が何であるのかを知っていると言う事はロズ殿と同じエヌピーシーか、或いは……。


「……貴殿はエヌピーシーか? それともピーシーと呼ばれる者達か?」


 私は足先を整えて刃を天に掲げながら再度トンボに構え、問いかける。


「い、いつの間に……」


 状況についていけていなかったエルフの女は、声を掛けられ私に気付き怯えたように視線を寄越した。


 一方のタコマルも同じく私が迫っていたことに気付いていなかった様だが、私の問いかけにまじまじと視線を向けてくる。


「あ、アンタは……違うな、NPCでもなけりゃPCでもねぇ。レベル1でそこまで強けりゃ必ず話題になっている筈だ」

「その言葉から察するに、貴殿はやはり……」

「そうだ、俺はPCだ。気付けばこの地に居た。俺だけかと思っていたが、やはりそうじゃねぇんだな」


 ピーシー、芦屋あしや卿が言うには異界の特別な訓練を受けていないいたって普通の者たちだと言うが、この男は中々の勘の良さを発揮している。


 我らを狙ってきた相手ではあるが、ピーシーが絡むと言うのであれば斬って捨てるのは憚られた。


 話し合いの可能性が潰えてしまうかもしれない。


「どうしてここに来たかは分からないのだな?」

「ああ。……あんたは知っているのか?」

「人づてに聞いただけだが」


 互いに視線を交わらせながら言葉を紡ぐ。


 腹の探り合いだ。


「た、タコ! こいつを討たなきゃ私たちは!」

「タコマルが俺の名前だって言ってるでしょう! それに勝てますかい、隊長? この男、あの距離をあっという間に詰めて来た化け物ですぜ。それにすぐに斬られても文句は言えなかったが何故か剣を止めた……」


 話し合いの余地は残っている、そう考えて良いんだなとタコマルは用心深く告げる。


 やはり勘が良い、それに状況判断能力に優れている。


 特別な訓練を受けていないと言うが本当だろうか?


「察しが良いな」

「そいつだけで渡り歩いてきたんでね」


 その言葉を聞けば私は一度、刃を鞘へと納める。


「そちらの隊長とやらが攻撃せぬと言うのであれば、話し合いの余地はある」

「そういうわけらしいので、少なくとも話し合いの間は攻撃を控えましょうや」


 タコマルが告げるとエルフの女隊長は悔しげに下唇を噛み締めて、微かに頷いた。


 納得しかねるが致し方ないと言う様子は少し気になるが、或いはこれがこの二人の関係を表しているのかも知れない。


「許可が出たんで一旦休戦としましょうや」

「良かろう。私が知るのは物書きの妄執がこの世界を変容をもたらしていると言う話だ。シナリオライターとか言う奴が始まりらしい」


 情報だけ聞いて逃げだす可能性は無いでもないが、ともかく私は目の前の男に知っている情報を聞かせる。


 直接的には何も得られなくとも、男の表情から事の真偽が計れると考えたからだ。


 そして、男の表情から芦屋卿の言葉には嘘は無いように感じられた。


 つまり、滅びゆく神と物書きの妄執の複合物が我らの相手であると再認識させられた訳だ。


<続く>

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