第20話 光の中へ

 津久見家での出来事から一か月が過ぎた。明日は二回目のライヴの日だ。恭一の心に変な緊張はなく、むしろ早くその時になればいい、とさえ思っていた。

「矢田部。明日、観に行くからね」

 金子が恭一の肩をぽんと叩いた。恭一は頷き、

「ありがとう。頑張るよ」

 笑顔で言った。


 金子とはあの時少し距離を置いたが、津久見と和解してから、またそれまでのように普通に接することができるようになっていた。苦しみから解放されて、授業も聞くようになり、教師たちも恭一を普通に見てくれるようになった。


「矢田部、変わったよね。前は、すごく隠れるようにして教室にいたのに、今は普通だよね。人に声を掛けられても笑顔だし」

 感心したように金子が言う。恭一は苦笑して、

「だって、人が怖かったから。今は、怖くなくなった。金子くんのおかげだよ。ありがとう」

「前にも言ったけど、僕は何もしてないよ。じゃ、明日のライヴ楽しみにしてる」

「ありがとう」

 金子には何度だってお礼を言いたい。恭一はいつもそう思っている。金子があの日教師のお説教を遮ってくれなかったら。チケットをくれなかったら。

 今もやはりそれ以前と変わらない人生を送っていただろう。本当にありがたい存在だ。


 翌日、時間にライブハウスに行くと、津久見がすでに来ていて手を振った。恭一も振り返し、

「今日も頑張ります」

「うん。頑張ろう。何しろ、君がアスピリンだからね」

 からかい口調だが、気にしない。自分でも強くなったと思う。

 少しして、水上と杉山の二人も来た。

「タカヤ。今日はおまえがくじ引いてよ」

「オレか。何か、一番を引きそうな気がする」

 それからしばらくして彼がくじを引くと、予想通り一番になった。すぐにリハーサルが始まった。


 楽屋で津久見がにやっと笑った。

「え? 何?」

 最近は、だいぶ敬語を使わないで話せるようになった。

「落ち着いてるね。まだ二回目なのに。やっぱり君は適性があったんだね」

「適性…かどうかはわからないけど、今はすごく楽しみ」

「だよね。とりあえず、楽しもう」


 津久見が右手を出してきたので、恭一はその手を握った。それを見た杉山がその上から握り、さらにその上から水上が握ってくる。順番は違えど、いつかと同じことをしている。胸がわくわくしてきた。

「あと少しで始まるね」

 津久見の言葉に頷いた。

「君はそのままでいいからね。君らしくやればいいから」

「わかってるよ、サイちゃん」

 その時、スタッフから声が掛かった。出番だ。三人が歩き出し、恭一もそれについて行った。

 ステージ袖まで来ると、歓声が大きく聞こえた。四人はもう一度手を握り合い、「行くぞ」と小さな声で言い合った。スタッフから合図が来て、ステージが明るくなる。


(さあ、行こう)


 光の中へ。                             (完)

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光の中へ ヤン @382wt7434

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