転生悪役令嬢は救われない?【男1女2 計3】

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●転生悪役令嬢ファンタジー

●所要時間 30分程度


●配役 男1女2計3


登場人物 


イライザ【女】

悪役令嬢。

前世が日本人少女であったことを思い出す。

けっこう台詞まくしたてます。

最初の方に13歳のシーンがあります。

「」でくくられている部分は、強制的に喋るゲーム上の台詞です。


ミシェル【男】

ハイラーンズ公爵家嫡男。

イライザの婚約者。

一人称が私になったり俺になったりします。

最初の方に13歳のシーンがあります。

「」でくくられている部分は、強制的に喋るゲーム上の台詞です。


アイリ【女】

優しく可憐なゲーム世界のヒロイン。

ゲームではミシェルと恋に落ちるという設定だが。

「」でくくられている部分は、強制的に喋るゲーム上の台詞です。



―― ここより本編 ――


イライザ:

はあい、私、ミナコ。

ゲームが大好きな普通の女子高生!

昨日も夜遅くまで乙女ゲーム「シルバーリアランド物語」をプレイして、やっと推しのミシェルを攻略したところ!

なのに、寝不足のまま学校に向かう途中、目の前に迫ってきたのは、大型の、トラック……


ああ、なんてこと!

私は、交通事故で死んでしまった……ッ!


・・・・・・・・・


イライザ:

……という、夢を見た。

……

いいえ、これは……夢なんかではないわ。

あれは、まぎれもなく前世の私よ!

前世の私、ちなみに名前はウメダ・ミナコの、物心ついてから死ぬまでの大体のことは憶えている、というか思い出した!

そしてここは、私が生きるこの世界は……

前世で夢中になってプレイした「シルバーリアランド物語」の世界……!

だって私の名前はイライザ、婚約者はハイラーンズ公爵家の嫡男、ミシェル。

そしてこの国の名はシルバーリアランド……

間違いないわ。

そして私があの、ヒロインをどつき倒しまくる、悪役令嬢だということも!

ああ、なんということでしょう……!


【※間をおいて】


ミシェル:

どうしたんだい、イライザ。

今日は顔色が優れないようだ。


イライザ:

ミシェル。

私たちは今、十三歳よね。


ミシェル:

急にどうしたんだ? 確かにきみも私も十三歳だが。


イライザ:

ものは相談なのだけど、ミシェル。

私たち、婚約を解消できないものかしら。


ミシェル:

は!? どういうことだ?


イライザ:

もともと私たち、親同士の決めた婚約関係で、そこに当人同士の同意なんて無かったわ。

そして今から二年後、十五歳になった時、あなたには運命の相手が現れるの。


ミシェル:

何を、言っているんだ?


イライザ:

それはそれはお似合いの相手よ。

庶民だけれど器量も性格も良くて、まるで天使のよう。


ミシェル:

きみはいつから預言者になったんだ?


イライザ:

ちなみに名前はアイリ。

十五歳から通うようになる高等学院で知り合うのよ。


ミシェル:

よくわからないが、きみはそれほどまでに、私の事が嫌いなのか。

婚約を解消したいほどに。


イライザ:

とんでもないわ!

前世で最大の推し……!

だったことはともかくとして、このイライザとしての人生の中で、唯一無二の愛しい殿方であったわ!


ミシェル:

……ッ……


イライザ:

まあ今となっては、それはそれ、これはこれ。


ミシェル:

どっちなんだ……


イライザ:

とにかく、このまま話が進行したならば、私はあなたとヒロインの恋路を邪魔しまくったあげくに、傷害事件まで起こして、離れ小島の修道院送り。

そして一生をそこで過ごすことになってしまうの!

そんなことになるくらいなら、手遅れになる前にさっさと身を引いた方が得策なのよ。

ね、だからお願い、ミシェル。

あなたは別に、私のことなど特に好きでもないでしょう?


ミシェル:

そりゃまあ、親同士が決めた胸くそ悪い婚約ではあったが……あ。


イライザ:

ああ、いいの気にしないで。

普段は礼儀正しく振舞うあなたが、本当は案外庶民的でお口が悪いのも私、知っているから。


ミシェル:

何故それを!


イライザ:

ゲームで見たもの。

恋愛イベントをいくつかクリアしたあと、しかもアイリの前でしか本性を出さなかったのよね~。


ミシェル:

知っているなら隠す必要はない、か……、

だが、俺はきみが何を言っているのかよくわからない。

婚約解消と簡単に言うが、お互いの家のリスクも考えれば……


イライザ:

それでも!

あなたは将来、アイリをそれはそれは愛するようになるのよ!

そうしたら、私は邪魔者にしかならないわけ!

しかも私がアイリをいじめまくるものだから、好感度も右肩下がりどころか、まっさかさま、どのみち婚約も解消することになるから!

そうなってからでは遅いのよ!

主に私が!


ミシェル:

よくわからないが、そこまでわかっていると言うなら、その何とかという子をいじめなければいいんじゃないか……?


イライザ:

それはそうね、そのつもりよ。

でもあなたはアイリと恋に落ちて、私との婚約は解消、これは決定事項だわ。

だから念には念を入れておきたいのよ。


ミシェル:

……


イライザ:

私も私の家の方で尽力させてもらうから!

ね、お願いよ!


ミシェル:

……まあ、まったく意味はわからないが、きみがそれでいいなら、考えなくは、ないが……


イライザ:

ええ、もちろんよ! 頼んだわね!


ミシェル:

……一体、何なんだ……


【※間をおいて】


イライザ:

などと、景気よく一方的に打合せをしてみたものの。

当然ながら私の両親は、かたくなに首を縦に振らず、どんなに代替え案を出してもまったく受け入れてもらえず、頼みのミシェルからの返事もかんばしくないまま、はやいくとせ……

なんてこと、今日はもう、高等学院の入学式じゃないの!

……

どうしたものかしら。

できるだけアイリに近づかない方がいいかしら……


アイリ:

「シルバーリアランド国立高等学院。

今日から私はこの学院の一年生。

授業料も払えないのに、特待生として迎え入れていただいたのだから、そのご恩に報いるように、これから頑張らなきゃ……!」


イライザ:

いいえ、そうね、むしろ彼女と仲良くする方向で……、

(※誰かと肩がぶつかる)あッ!


アイリ:

「あ! ご、ごめんなさい、よそ見をしていてぶつかってしまって……」


イライザ:

て、てってって~!

あらあらあら、なんと!

アイリちゅわ~~んじゃないの~~!

忘れもしないその姿!

そうよ、考えてみれば、前世の私はこの子の目を通してゲーム世界を見ていたんだもの、まさにあなたは私、私はあなた、一心同体!

ああ、思い出すわ、あの日々を!

いやいやいやマジでかわいいわあぁ!

そのつやっつやな髪とかほっぺとか、なでちゃいたくなるわこれ!

って急にそれは困るわよねっていうかヤバイ人よね!?

でもこう、さりげなく触れるくらいなら、許されるのではなくて!?


「バシィッ」※と口で言ってもSEでもいいです。平手打ちの音。


アイリ:

あッ!


イライザ:

「よそ見をしてこの私にぶつかるなんて、無礼もいいところね!」


えええぇぇぇぇ~~~~~~!!


アイリ:

「ご、ごめんなさい……」


イライザ:

「あなたは……噂の庶民の子かしら!?

制服の着こなしも貧乏くさいもの、すぐにわかるわね!」


ななな何言ってるの、私~~~~~!?


アイリ:

「あの、あの……」


イライザ:

「庶民なら庶民らしく、もっと額を地面にこすりつけて謝罪なさいな!」


ないわ~~、ナシ寄りのナシだわ~~ってか、こんなセリフだったわそういえば~~!


アイリ:

「も、申し訳、ありません……」


ミシェル:

「何をやっている!」


イライザ:

あ!

み、ミシェル……!


ミシェル:

「イライザ、きみは初対面の女の子に対して、何をしているんだ」


イライザ:

それは~そのぉ~、私だって開幕、平手打ちなんてするつもりじゃなかったんです~~、けど体が勝手に~~


「ミシェル、あなたはそんな庶民の子をかばうんですの!?」


ひいい、口が、口が勝手に~~!


ミシェル:

「どうもきみは、私の想像以上に選民意識が高いようだね。

おぼえておくといい、きみのそれは、下等ないじめだ。

貴族の令嬢であるなら、相応の振る舞いをした方がいいのではないかな」


イライザ:

ごもっともです……


「貴族と庶民では生きる世界が違いますのよ。

なのにこの学園で、同じ空気を吸うなんて、これからの生活を考えただけで虫唾むしずが走るわ!

……しかもミシェル、あなたも婚約者である私の前で、軽々しく他の女性に触れるだなんて、許されない行為よ!」


ミシェル:

「他人に殴られて膝をついている女生徒を助け起こすのが、そんなに許されない事かい?

話にならないな。失礼するよ。

……さあ、きみ。あちらで手当を」


アイリ:

「あの、私は大丈夫ですから……」


ミシェル:

「いいから。おいで」


アイリ:

「は、はい……」


イライザ:

あああ、これは一体、どういう事なの~~!?


【※間をおいて】


イライザ:

ああ……なんてこと……

私はただ、アイリにちょっと触れようとしただけなのに……

よりにもよって伸ばしたこの手で、彼女がぶっ倒れるほどの勢いで殴り飛ばすなんて……はあああ……


ミシェル:

イライザ、ちょっといいか?


イライザ:

はッ! ミシェル!


ミシェル:

さっきの件なんだが。


イライザ:

ちがうのよミシェル!

私はさっき、アイリを殴るつもりなんてなかったの、本当よ!


ミシェル:

まあ、そうだろうな……


イライザ:

え?


ミシェル:

俺はさっき、彼女を殴ったきみを見た時、二年前の事を思い出した。

だからきみに『この子をいじめるのをやめるはずじゃなかったのか』と言おうと思ったんだ。

だが、その言葉が、どうしても出てこなかった。


イライザ:

それは、私もよ。

過去にプレイしたゲームの進行通りのセリフしか……


アイリ:

あ、あの……


イライザ:

え!? あ……アイリ!?


ミシェル:

一緒に来てもらった。


イライザ:

あ、あ、アイリちゅわあぁぁん!!


アイリ:

え、ええ!?


イライザ:

大丈夫だった!? どこかケガしてない!?

ああ、まだ少し頬が赤いかしら!?


アイリ:

いいいえあの大丈夫、です!


ミシェル:

ところが今はこうやって自由に話せている。


イライザ:

あ、本当だわ。


ミシェル:

さっき、アイリを保健室まで連れて行った時も、俺の意志では話せなかったんだ。

俺は頭の中だけが疑問符だらけで、それはそれは穏やかな空気の中、アイリと自己紹介をし合った。


イライザ:

一番最初の恋愛イベントだわ……


ミシェル:

そして保健室を出たとたんに、自由に話せるようになった。

どういうことだ?


イライザ:

ゲームのストーリーの外側……ということかしら……


ミシェル:

外側?


イライザ:

お話によくあるでしょう?

そして数日後~みたいな。

ゲームでは、この出会いイベントのあと二日後のシーンまで描写がないのよ。


ミシェル:

んん、よくわからないな。


アイリ:

あ、あの、すみません、イライザ様のおっしゃる意味がよくわからないのですが……あ、申し訳ありません、失礼な口を!


イライザ:

あああ、いいのよ! いいの! さっきの私は忘れて!!

あなたはこれからミシェルと愛を育んでいく主人公なんだから!


アイリ:

え、ええ……?


ミシェル:

いちから説明した方がいいんじゃないのか。

ついでに俺にも、もう一度。


イライザ:

そ、それもそうね。

アイリ、信じられないかもしれないけど、とりあえず、聞いてね……


【※間をおいて】


アイリ:

え、と……ゲーム、ですか。


ミシェル:

そもそもその、ゲームってのがわからん。


イライザ:

そうよねーーこの世界じゃビデオゲームって意味わからないわよねーー!

えーーーっと、そうね、そう、お話!

物語の登場人物ってことで、理解して!


ミシェル:

俺たちがその、シルバーリアランド物語という話の、登場人物だと?


イライザ:

そう、その解釈で!


アイリ:

私たちが、物語の登場人物……。


ミシェル:

と言われてもな。


イライザ:

わかるわ。わかるわよ。

私だって二年前に前世の記憶を思い出すまで、よもや自分が物語の登場人物だなんて思いもよらなかったもの!


アイリ:

では、イライザ様はイライザ様ではなく、その、えーとミナコさま、という方、なのですか?


イライザ:

いいえ。

確かに私の前世はミナコで間違いないし、ミナコであった自覚もある。

あれは確かに私が過ごした日々。

けれど、今のイライザとしての人生も、私のものなのよ。

むしろ、今を生きているこちらの人生のほうがメインだわ。

たとえ、それが物語であったとしても。


アイリ:

なんだか、複雑ですね……。


ミシェル:

理解に苦しむ。

と言いたいところだが、納得している部分もある。


イライザ:

ミシェル?


ミシェル:

イライザ、二年前、きみは俺に婚約解消を持ちかけただろう?


イライザ:

ええ、そうね。


ミシェル:

最初は何事かと思ったが、まあ確かにきみがそう望むのなら、今からでも破談にして、別の令嬢との婚約という形にしてもいいんじゃないかと、あの時、俺は思ったんだ。

不毛な縁談という意味では、俺は相手など誰でも良かったからな。


イライザ:

ええ、その通りだわ。

むしろそのまま縁談がまとまらない方が、あなたたちのためだけれど。


ミシェル:

ところが、どう頑張っても、話がそうはならなかった。

正直、イライザでなくとも良縁というだけならいくらでもあるんだ。

だが家にかけ合おうにも叶わず、せっかくチャンスが訪れても、おかしな具合に何かが起こって話が進まない。

それはもう、不自然なほどに。


アイリ:

つまり、それは……


ミシェル:

イライザの言う物語の通りに、強引に進行しているという事だ。


イライザ:

そ、そんな……

それじゃあ私は、どんなに頑張っても、修道院送りになってしまうということ!?


アイリ:

ええ、そんなことになるんですか?


イライザ:

そうよ! ああ、離島の監獄行きなんていやあ!


ミシェル:

そんなにひどいところなのか?


イライザ:

この世界の一般人は知らない事だったわね……。

女性の重罪人はみんなそこに送られ、修道女たちの監視対象になるの。

そして一生建物の外にも出られないまま、毎日毎日一人きりの暗い部屋で、懺悔とお祈りを繰り返しながら、学びも労働も放棄して、死ぬまでアリのように生活していくのよ……


アイリ:

そんな……


イライザ:

ト書きだけだったから、好き放題な解説だったわ。


アイリ:

私たちは、どうすれば……


イライザ:

あなたはミシェルと幸せになってくれればいいの!

私の愛しのプレイヤーキャラ!

でもできればこの学園で私に関わらないでほしい!

卒業まで!


ミシェル:

卒業までは二年……だが、難しいんじゃないか。


アイリ:

そうですね、強引に物語として進行してしまうとなると……


イライザ:

うううああ……修道院はいやああ!!


アイリ:

どうすればいいんでしょうね……


ミシェル:

本当にな……


【※間をおいて】


イライザ:

そんなこんなで。

あれこれ試行錯誤しているうちに、一年経過、無事に進級……。

けれど私は、ことあるごとにアイリいじめに奔走し、物語の合間に謝り倒す生活……

けれど事態は一向に好転してないわ!

私の前世で、流行はやりまくっていた転生悪女ものでは、みんな運命を変えるために好き放題やっていたというのに……!

どうして私の運命は変えられないの……!

はあ……

あの二人はもう相当心を許し合っている頃よね。

私たちの行動からかんがみるに、アイリは順調にミシェル攻略ルートに入っているようだわ。

そして、今年の夏のハイキングではグッと距離が縮まり、秋の感謝祭では軽いハプニングで心がすれ違う……

でもすぐに誤解は解けて、冬のお祭りで、お互いの心を改めて確かめ合う……

ああ、この目で見たかった、あの名シーンの数々!

意地悪にばかりかまけてないで、少しはデバガメくらいしていれば良かったのよゲームのイライザ!

いえ、そんな場合ではなかったわ……

ああ、なんだかどんどん早足になっているわ……

あそこに見えるは、お菓子のかごを抱えたアイリ……

ああー! 意気揚々と近づいて、私がこれから何をするか、手に取るようにわかってしまう!


アイリ:

「あっ、イライザ様……」


イライザ:

「あ~ら庶民。これからどこへ向かわれるおつもりかしら」


アイリ:

「いえ、あの……」


イライザ:

うんうん、知ってる、おいしい手作りクッキーを持って、愛しのミシェルのもとに行くのよね!?

 

「とぼけないで。私にかくれてコソコソと! ミシェルは私の婚約者よ!」


そして、そして、私はアイリのクッキーのかごを奪って……


アイリ:

「あっ」


イライザ:

それをアイリの頭の上からザラザラ―っと……


アイリ:

「ひっ……」


イライザ:

「家畜のえさね、あなたにお似合いだわ」


我ながらひっどいわーーー!?


アイリ:

「そんな、ひどい……」


イライザ:

おっしゃるとおり!


「ひどい? 誰に向かっておっしゃっているのかしら」

「人の婚約者にちょっかいをかけている庶民の豚のほうが、よほどひどいのではなくて?」


開発者ーーー! てかシナリオライター!!

実際やってみろこれ、人としてどうなのよー!?

前世では崇拝してましたーー!!


アイリ:

「もうしわけ……ありません……」


イライザ:

「学院の敷地を汚したままにしないでちょうだいな。すべて綺麗におかたづけしてね、豚」


アイリ:

「う、う……」


イライザ:

……私が泣きたい……


「ふふふ。あーはははは!」


そして私は高笑いでこの場を去り……

たしかこの後、アイリはミシェルに慰められるのよね。

そして彼の私へのヘイトはまっしぐら……

嫌われる展開まではいいわ、別に。

わかっていたことだし。

でも一生修道院でもやしのように生活するのだけは避けたい!

本当にいや!

いやなのに……ああ、どうすればいいの、どうすれば……


【※間をおいて】


ミシェル:

ひどいありさまだな。


イライザ:

返す言葉もないわ……


アイリ:

あの、でも、クッキーを頭からかぶっただけですし……


イライザ:

だけってことはないわ! 尊厳の問題よ!

フィクションってものが、いかに人の心を考えずに作られているかが身に染みてわかったわ……


アイリ:

でも、極論かもしれませんけど、物語ってそのくらいじゃないと、ウケませんよね。


ミシェル:

まあ、俺の良く知る戦争物の読み物なんかも案外そうだが……


イライザ:

クッキーをね、焼いてきたのよ……食べて。


ミシェル:

イライザ、菓子なんて作れたのか。


イライザ:

作れないはずだけど、前世の経験からどうにか作ったわ。


アイリ:

わ、おいしそう。いただいていいんですか?


イライザ:

アイリの作ったのより全然おいしくないと思うわ……

食べたことないから知らないけど。


アイリ:

そんな……あの、いただきます。

(※食べる)

あ、おいしい……です。

あの、ミシェル様も。


ミシェル:

そうか。

(※食べる)

……うん、まずくは、ないな。


イライザ:

いいのよ、無理しなくて……

でも二人は順調そうね……良かったわ。


アイリ:

……


ミシェル:

……


【※間をおいて】


ミシェル:

とうとう今日は……卒業式だな。


アイリ:

ええ、そうですね。


ミシェル:

これまできみと心を通わせてきた俺は、数日前にイライザに婚約解消を申し出た。

これまでいくら解消しようとしても出来なかったのに、不思議なもんだ。


アイリ:

公爵家には、最初は反対されましたよね。


ミシェル:

そうだな。


アイリ:

庶民である私がこの学院で主席をとり、卒業式であなたと主席同士のダンスを踊ることを条件に、私たちの仲は許された。

そして、イライザ様との婚約も、正式に解消されましたね。


ミシェル:

学院の担任からの口添えもあってのことだ。

彼は陰からイライザの所業をチェックしていた。

結果、俺の婚約者にはふさわしくないと……


アイリ:

無事に、卒業式でのダンスも踊り終えました。

私たちはこれから、この場で二人の間柄をみなさんに公表し、


ミシェル:

卒業と同時に婚儀を行うことを、宣言する。


アイリ:

そして、たしか、その宣言よりも前、そろそろ、イライザ様が……


イライザ:

「ミシェル!」


ミシェル:

「……イライザ」


アイリ:

「イライザ様!」


イライザ:

「許さない、許さないわ! 私との婚約を解消して、そんな庶民の家畜と……!」


ミシェル:

「イライザ! その手に持っているのは、なんだ!」


アイリ:

「な、ナイフ……!」


イライザ:

「お前が! お前みたいな豚が、ミシェルのそばにいるから! お前なんか!!」


アイリ、よけてえぇぇ!!


アイリ:

「いやああ!」


ミシェル:

「アイリ、あぶない!」


イライザ:

……結論として、私のナイフはアイリを傷つけない。

ミシェルが身を挺してアイリを庇うから。

彼は腕にかすり傷を負うものの、その手で私のナイフを止め、そして私は……


ミシェル:

「きみは、自分が何をしたかわかっているのか!

これは傷害罪であり、ハイラーンズ公爵家への不敬罪でもある!

わが婚約者、アイリへのこれまでの数々の行いも、見過ごせるものではない。

証人なら、いくらでもいるのだぞ!」


アイリ:

「ミシェル様……」


イライザ:

ミシェルの言葉で、その場がわっと沸き立つ。

数々の非難の言葉。

常日頃から見かねていた、告発せよとみんながざわめきたつ。


アイリ:

「ミシェル様、腕が……!」


ミシェル:

「このくらい、なんでもない。

アイリ、きみのことは、これからも俺が、守る」


アイリ:

「ミシェル様……!」


イライザ:

……そして、私は……


【※間をおいて】


イライザ:

結局、物語を変えることは出来なかった……

私は今、修道院行きの馬車に揺られている。

これから、死んだような人生を送るのね……

今ごろ、二人は新婚旅行かしら。

確か、豪華客船で諸外国をめぐるのだったわね。

それで、ハッピーエンド。

はあ……

それでも、好きだったわミシェル。推しだっただけに。

アイリも。もうひとりの私のように、好きだった……。

でも、彼女を刃物で襲ったのは、まぎれもない事実だわ。

心はどうあれ、それだけは、変えることのできない現実。

……

……ッ、て、え、なに!?

馬車が急に止まって……

何をやっているの、危ないじゃないの!

ちょっと! どうしたっていうの!?


アイリ:

イライザ様!


イライザ:

……えっ!?


ミシェル:

イライザ。


イライザ:

あ、アイリ? ミシェル!?


アイリ:

迎えに来ました!


イライザ:

え、え? どういうこと?

あなたたち、今は新婚旅行のはずじゃ……


アイリ:

はい、そうですね。


イライザ:

じゃあどうしてこんなところに!


ミシェル:

イライザ。ちょっと聞くが、この物語は、どんな終わり方をした?


イライザ:

え?


アイリ:

物語は、私たち二人が新婚旅行に出かけたところで、終わったのではないですか?


イライザ:

え? ええ、そうね?


アイリ:

やっぱり!

私たち、船の甲板で海を見つめながら「これから私たち、幸せになれますね」って笑い合ったんです。


イライザ:

そうね、そこでエンドロールだったわ。


アイリ:

その後、解き放たれたように、自由に話せるようになったんです!


イライザ:

え、どういうこと?


ミシェル:

物語が、終わったということだ。

俺たちは、あの瞬間から自由に動けるようになった。


アイリ:

望んでいない新婚旅行は、途中でやめてきました!


イライザ:

望んで、いない?


アイリ:

はい。

イライザ様、物語では、私とミシェル様は本当に愛し合っていたんですよね?


イライザ:

ええ、そうよ。


ミシェル:

そうか。しかしなぜかな。

俺とアイリは、実際には別に愛し合っていたわけではないんだ。


イライザ:

え、どういうこと!?


アイリ:

どういうことなんでしょうね。

イライザ様がおっしゃる通りに私たちは行動するんですけど、心はなんというか、他人事みたいで。

もしかしたら、イライザ様という異分子のせいなのかなと。


イライザ:

異分子?


アイリ:

この世界を、物語として俯瞰ふかんしていたミナコさまという魂が覚醒した状態だから、物語が物語として、成り立たなくなったのかもしれないって。


ミシェル:

少なくとも、イライザからその話を聞いてしまった俺たちだけはな。


アイリ:

たしかに、他の方々は、いたって普通でしたね。

この二年間、ご自身の行動に疑問を持っているような方はいらっしゃらなかった気がします。


イライザ:

そんなことって……


ミシェル:

かなりうすら寒いセリフを吐き合いながら、苦笑いする毎日だったぞ、実際。


アイリ:

ほんとですよね。


ミシェル:

ところでイライザ、きみの方はどうなんだ。


イライザ:

え?


ミシェル:

きみのこれからは、どこまで描写されていた?


イライザ:

え? えーと、修道院まで向かう馬車の中で、死んだ目をして景色を眺めているところまで……


ミシェル:

その後は描写されていないということだな。好都合だ。


イライザ:

え? え?

でもちょっと待って、あなたたち、新婚旅行をやめたなんて言っていたけど、そんなことが簡単に……


アイリ:

はい、ミシェル様には海の旅で行方不明になっていただきました。


イライザ:

はい!?


ミシェル:

我々の設定では、船上でうっかり事故に遭って海にドボン、だな。


アイリ:

ええ。そのまま行方が分からなくなって、ほぼ死亡したものと断定。

私は今、新婚早々未亡人なんです。


イライザ:

はああああ!?


アイリ:

協力者はいますよ。ミシェル様の弟ぎみ。


イライザ:

え、ヨハン様!?


ミシェル:

ああ。俺はこれから行方不明になりたいから家を頼むと言ったら、豪快に笑って「任せろ」と言っていた。

もともとあいつは、俺に何かあった時には家を継ぐつもりで生きてきたからな。


アイリ:

荒唐無稽な説明も、笑って納得してくださって、とてもおおらかな方ですよね。

むしろ私、あのかたのほうが好みかもしれません。


イライザ:

そりゃまあ、ヨハン様も攻略対象のひとりだったし……じゃなくて!

どうして、そんな無茶を!


アイリ:

イライザ様にも、これから行方不明になっていただきます。


イライザ:

え?


アイリ:

今後、本当のお名前を名乗ることは出来ません。

身分をかくして、いえ、捨て去って、庶民に紛れてそっと暮らして行かなければなりません。

それでも、いいですか?


ミシェル:

修道院よりはマシだと思うぞ。


イライザ:

え、ええ?


アイリ:

イライザ様は、今ここで、何者かにさらわれて、そのまま行方不明になるんです。


イライザ:

ど、どういうこと?


ミシェル:

俺に、さらわれてもらう。


イライザ:

な、え……?


アイリ:

これまでのようにはいかなくても、できるだけ、幸せになってください。


イライザ:

でも、私は!

そう、私は、アイリ、あなたを傷つけようとしたのよ!

むしろ、殺そうとした……そんな私を!


アイリ:

あなたの声が、聞こえました。

実際には口にできなかった「よけて」という叫びが。

あの行為は、あなたの本意ではありません。


イライザ:

でも……


ミシェル:

つべこべぬかすな、アバズレ。


イライザ:

あ、あば……ッ!


ミシェル:

せっかく御者ぎょしゃに失神してもらったんだ、目覚める前に、行くぞ。


アイリ:

申し訳ないことしちゃいましたね。


イライザ:

わ、私……


ミシェル:

うるさいな。

俺はどちらかといえばアイリよりお前の方が少しばかり好みかもしれない。

それだけだ。


アイリ:

わぁ、いつもよりお口が悪いですね!


ミシェル:

どうせこれから身分なんてない生活になるんだ。

かまわんだろ。


アイリ:

ふふ、そうですね。


イライザ:

え、なんか展開が、ええ?


アイリ:

御者ぎょしゃさんはあとでヨハン様に迎えに来てもらいますので、この馬車で街まで出ましょう。

そこまで、私もお供します。

その後は、私も私で好きなように幸せになりますから!


イライザ:

あ、アイリ……


ミシェル:

どうしたイライザ。俺では、不服か?


イライザ:

いえめっそうもない。


ミシェル:

なら行くぞ!


アイリ:

はい! お願いします!


イライザ:

そうしてミシェルが馬を駆り、アイリと二人で馬車に揺られながら、私は街へと向かう……

って、ええ? いいの? これでいいの?


アイリ:

あー、これからどうしましょう!

私、ヨハン様にアタックしちゃってもいいですか、ミシェル様ー?


ミシェル:

あー? いいんじゃないか?

そしたらゆくゆくは義理の妹になるのか。

というか、俺は家を捨てるんだったか。


アイリ:

ヨハン様はきっと気にしませんよ!


ミシェル:

そうだな、もしもなるようになったら、いつでも二人で会いに来い!


アイリ:

はい、連絡はマメに取り合いましょうね!


イライザ:

……未だ戸惑う私をよそに、ミシェルとアイリは楽しく話を進めていく。

あれ? あれー?

私これから、幸せになるの? ミシェルと?

あれー?


アイリ:

幸せになってくださいね、イライザ様。

私、いつもわちゃわちゃしてた可愛らしいイライザ様、大好きですから!


イライザ:

物語のヒロインだった彼女の、輝くような笑顔。

どうやら私も、ギリギリ幸せになれるらしい。

なんとか幸せに、なれる、らしい。

……、……

破滅、回避! やったぁーー!!


アイリ:

わ、びっくりしたぁ!


ミシェル:

鈍いな、お前は!


アイリ:

ホントですね、あはは♪


イライザ:

私たちの物語は、ここから、これからも。

今度こそ予想もできない本当の人生として、続いていくらしい。



END

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