プロジェクト・ノアの罪と罰【性別不問独り読み】

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をお守りくださいますようお願い申し上げます!


※20分ほどのひとり読み用台本です。長いです。

以前に発表済みの「極光001」という台本の前日譚となるため、単独で扱いにくいこともあり、掲載を控えていたのですが、こちらも一部の方からの熱望がすごいので(本当にありがとうございます)、本当に、よろしければといった感じです。

そして物語の展開が「そうはならんやろ」とお思いになったとしても、そっとぬるい目で見てやってください。

再掲載にあたり、少々改稿しています。


※新作として掲載しますが、折を見て「極光001」と並べます。


●登場人物

ノア 性別不問

科学者。終始この人物のモノローグ




※※ ここより本編 ※※


ノア:

西暦2136年。

どうやら、近い未来、地球は滅ぶらしい。


いや、正確には、地球そのものがなくなるわけじゃない。

結論から言って、今まさに迫ってきている隕石群の衝突によって、地球上の生物のほとんどが、死滅する。


これから語るのは、私の……懺悔ざんげだ。

私が犯した、重く、深い、その罪の。


数十年前、ある国の宇宙機構が、いち早くこの隕石群の存在を突き止めた。

そして彼らは……その存在と発見を、秘匿ひとくする道を選んだ。

にわかには信じられないだろう。

地球の危機を、隠し通すなんて。正気を疑う。

国際問題どころの騒ぎじゃない。

地球上の生物が、滅ぶというのに。


……けれど。

だから。

だからこそ、隠したのだ。

避けられないから。

間違いなく滅ぶからこそ、隠した。


地球に到達する巨大な隕石群は、時間差で数個に及ぶ。

主に、赤道付近を中心に、時間差で数個。

それだけでもアウトだろう。

さらに、細かい火球かきゅうが北半球中心に降り注ぐ。


例えば各国でシェルターなどを配備して、

一握りの人間だけでもそこに避難させることは、不可能ではないだろう。

けれど、隕石が落ちた後の地球には、高濃度の放射能が残るという。

これが無くなるまで、人々はシェルターの中に閉じこもってはいられない。

隕石による津波や衝撃、火災などから運よく逃げおおせた人間がいたとして、その後の地球では、生きていけないのだ。

各国が壊滅している状態で、今の人々が暮らしていくのは困難を極めるうえに、おそらく、誰も長くは生きられない。

だから、その宇宙機構は、世界中の観測機構に緘口令かんこうれいを敷いた。

そして、とある基地の建造を進め始めた。


それが、プロジェクト・ノア。


表向きは、まったく別の用途の建物として、その基地は造られた。

北極圏の、とある国にひとつ。南極にひとつ。

もっとも、被害の少ないであろう土地に、ひとつずつ。

南極のそれは、最新の南極観測基地として。

北極のそれは、北極の大地と海を一望できる、ホテルとして。

西暦2160年ごろに開業予定とされるそれは、その用途で使用されることはない。

その基地の地下、奥深くでは、すでにある設備が稼働している。

最先端のステイシスの技術。

外界から隔絶かくぜつすることで、疑似的ぎじてきに時間を止める技術だ。

一年前、その施設、形としてはカプセルに、数人の被検体ひけんたいが投入された。

彼らは、何も知らない。

人類が滅ぶということも、自分が選ばれ、育成されたということも。

北極圏に4人。南極にひとり。

彼らは何も知らず、明日も普通に起床するつもりで、眠りについた。

次に目覚めるのは数百年後であるということも、知らない。


今の技術力では、この人数が精いっぱい。

それなら、各国で情報を共有すれば、もっと多くの人間が助かるのではないか。

そう思うだろうし、その通りだろう。

だが、彼らはそれを選ばなかった。

人類のエゴによる阿鼻叫喚あびきょうかんが、簡単に予測できてしまったからだ。


私も多くは語りたくない。

想像すれば当たるような、地獄絵図じごくえずとなるだろう。


私は設計と技術のリーダーとして、この施設に関わってきた。

そして、すべてが終わり、あとは滅びを待つだけという段階になって、疑問を持ってしまった。


本当に、これで良かったのだろうか。


私を含む、ほんの一握りの人間たちは、すでに生きることをあきらめている。

どうしようもなく変えられない未来に、自分たちが選んだ人々を数人残し、彼らに希望を託すつもりでいる。

生存本能のひとつであろうか。

それで。

残された5人は、どうなるのだろう。

世界でたった5人。南極に至ってはひとりきりで。

そう、北極圏の4人は、あわよくば子孫を残してくれるようにと、男女ふたりずつ。

南極のひとりは、南極地方の観測のためだけに、ひとり。

この孤立した地で繁殖させるのは難しいとの判断。

そして、ひとり分の設備をそこに構築するのが精一杯だったという事情もある。

それでも、観測者はいた方がいいだろうと。

北と南、それぞれに無線設備は用意されているが。

地球がどうなったのかを、これからどうなるのかを観測し、北極の数名に伝えるためだけに、南にひとり。

私からすれば、その5人はただの犠牲者だ。

いいや。

私とて、当初疑問にも思わなかった。どうかしていた。

それでも、少しでも人類が滅びない可能性を模索もさくするので精いっぱいだった。


観測することに、何の意味があるだろう。

もう、誰もいないのに。

私を含む一握りの人間たちは、一握りだからこそ、誰もそんなことに、気付きもしなかった。

そしてこれを世界で共有して、世界中で議論していたなら。

きっと。

きっと隕石が落ちるまで、議論していただろう。

あるいは、自分たちの手で、人類を滅ぼすような選択をするかもしれない。

どのみち、人類は滅ぶのだ。


彼らは、目覚めた後どうなるのだろう。

勝手に観測と繁殖のために選ばれて。

ある程度の予測はできるものの、現在値でどうなるかもわからない世界で4人とひとり。

彼らの、生きる意味とは。

生きることが、繁殖することが、生物の本能であったとして。

時に、人の意志は、感情は、本能を凌駕りょうがすることだってあるのだ。

滅びた世界で、それでも人類を存続させるための、希望という名の道具とされる、彼らの心は。

一体、どうなってしまうのだ。


私は耐えられなくなり、発作的に、個人的計画を実行した。


ステイシスの施設、あのカプセルを、壊す。

隕石の衝突の余波にも、その後のさまざまなことにも耐えうる耐久性を持つ施設だ。

外側からはまず壊せない。

しかし私なら、その機能を止め、再起不能にすることが出来る。

壊してしまえば、新たに作る時間も予算もない。


私のいる場所からして、まずは北極圏の4台のカプセル。

それぞれ独立したプログラムになっているから、ひとつずつしか停止できない。

その4台をすべて止められたとして、南極まで私が行くのは……不可能かもしれない。

しかし、可能性はゼロではない。

静かに、そっと、誰にも気づかれないように。


今、施設の機能を停止させれば、そこに眠る彼らを蘇生させることは、まず不可能。

彼らの目覚めを伴う破壊はできないのだ。

つまり、死ぬ。


……許してほしい。


いや、許さなくてもいい。

これは殺人だ。

遥かな未来にあなたたちを残す方が非道であると、私が勝手に判断した。

せめてどうか、ただの人として、死んでいけるようにと。


計画は、途中で失敗した。

地下の各部屋、各施設。A、B、C、Dと単純に振られた識別コードの、Dから始めて、C、Bまで停止させたところで、私は発見され、捕縛ほばくされた。

もとより、そんなにうまく行くはずのない計画だったろう。


ひとりだけを、残してしまった。


この一台だけ残ってしまった施設をどうするのか、今後どうすればいいのかを、きっと今ごろ議論していることだろう。

そしてどうにもできないまま、人の世は、終わるだろう。

人類は、一枚岩いちまいいわではない。

どんなに隠していても、いずれ誰かが隕石の存在に気付くだろう。

そして、それを隠し続けていた彼らは、間違いなく断罪される。

彼らも、そんなことは承知の上で、罪をかぶったのだから。

少しでも長く、人類が平穏な時を過ごせるようにと。


いずれ、地球上はパニックに陥る。

けれどどうにもできないまま、それも終わる。

そして残されるのは。

北極にひとり。南極にひとり。

何の意味もない、ひとりずつ。


私は、この先外に出ることはないだろう。

脱走を危惧して殺されるだろうか。

どちらでもいい。どうせ、人は滅びるのだ。


私は、罪を犯した。

私は彼らのために、彼らを殺した。

しかしその行為は、一方的に希望を託すために未来へと残すのと、どう違うであろう。

同じだ。

私の行為もまた、一方的な感傷であった。

けれど、そうせずにはいられなかった。

この施設を計画した彼らとて、同じであったろう。

そうせずには、いられなかったのだ。


遠い遠い未来へ残されるあなたたちへ、私は懺悔ざんげする。


私の名は、ノア。

ノアの箱舟計画……この、プロジェクト・ノアと、皮肉にも同じ名を持つ、科学者のひとりだ。


残される、あなたたちへ。

本当に、申し訳ないことを、した。

とりかえしのつかないことを、した。


遠い未来、あなたたちが目覚めるとともに、すべての時を知らせる機能が停止するだろう。

あなたたちは、今がいつなのかも、何が起こったのかも、一切知ることが出来ないだろう。

私たちは、あなたたちに何も残さず死んで行く。

そういう計画だ。

だから。

意味も分からず、生きていくしかないだろう。


すまない。すまない。ごめんなさい、ごめんなさい……。


私は、願う。

できる事なら、あなたたちが目覚めぬままに、その施設の機能が不具合を起こし、あなたたちを、終わらせてくれるようにと。

あなたたちの時を、永遠に、止めてくれるようにと。

けれど、願いかなわず、あなたたちが目覚めてしまったなら。

このプロジェクトと同じ名を持つ私が、すべての罪も、罰も、背負って死んで行く。

だから、あなたたちには、何も背負わず、生きてほしい。


きっと叶わない願い。それでも。

どこにも逃げられず、誰のせいでもなくただ死んで行く私が、願う。

どうか。どうか。どうか。


あなたたちが、生きるその世界が、悲しいものでありませんように。

孤独に泣きながら、絶望にまみれて死んだりしませんように。


この地球で、誰かと、出会えますように。



END

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