第17幕 草や花に生まれてきたかった


「花籠だけ推し、言ってなくない?」


 ウォウウォと残り二人が唱える。何の儀式だ。


 いつもどおりのある日のこと。体育館袖で背景ボードにニスを塗る作業をしているとき、小南がふと思い出したかのように言葉を投げかけてきた。余計なこと言うな。完全に煙に撒けたと思っていたのに。


「確かにそうだな。フリーライダーかよ」


 ジジョーは政経で覚えた単語を早速活かす。イカしてないけど。


「でもさぁ、聞かなくても分かるくないか」


 そんな兼田の指摘に俺はハテナを浮かべる。とりあえず話が続きそうなので、全員刷毛を放棄して雑談モードに。全員その場に座り、俺対3人で向き合う形に。


「確かに俺はナリタタイシンが好きだがそんな推しってほどでも」


「頭チャンミですかぁ?クラスメイトの話だよ」


 ちっとも誤魔化されてくれない。小南は徹底追求の構え。ちなみに俺はシチーとシービーも好きです。


「あー、ね。あったなそんな話。それより最近ワイヤレスイヤホン興味あんだけどいいの知らない?」


「確かに仲良いよなぁ、お前ら」


 誰も話聞いてくれない。俺を無視してジジョーは追従している。仕方なく話題に乗る。


「誰のこと言ってる?」


「誰のことって深山さん以外他にもいるなら絶対許さないよ」


 小南さん既に半ギレ。リア充爆発しろとか言いそうなタイプ

 なるほど深山ね。心当たりはあったけど。それにしてもこいつらの女への執着心は何なんだ。


「付き合ってないんだよな?」


「ない」


 ジジョーからの嫌疑にも胸を張って答える。彼女いない歴イコール年齢の人間です。


「でも実は好きだったり……?」


「可愛い女は平等に好きだが」


 聞いてきた小南とジジョーがドン引きしている。兼田は当然だよな?みたいな顔をしている。俺、こいつと同類なのか。


「その中でも結構推してたり……?」


「いつも押され気味だよ」


 上手いこと言いました。小南は立ち上がって俺を蹴るとまた座りました。何故暴力がまかり通っている。 


「正直ピンとこないなぁ」


「うっわ、見損なったよ」


「つまんねえ詐欺師だな」


「ゴミカスクソ雑魚インポがよぉ」


「……と思っていた俺にも最近遂に推しが出来ました」


 あまりの煽りについ宣言してしまった。だが会場のボルテージは最高潮に。


「信じてたぞキャプテン!」


「ひゅーーー!!」


「よっ、人間バイアグラ!」


 先から下ネタが過ぎる兼田には立ち上がり渾身の蹴りを入れる。品性の欠片もないなこいつ。そして、ピカチュウネタは見逃さないので小南には必殺のかみなりぱんちをお見舞いする。自分で言う分にはセーフ。

 暴動を鎮圧してCMが明けたところで正解を発表する。言えと言わんばかりに三人はドラムロールを口で奏でている。覚悟を決めた。


「なんと、沢泉です!」


「……え、深山は?」


「……え、推しの話だろ?」


 先日の出来事があって以来、沢泉をクラスで見かけると、荒んだ心が少しだけ落ち着くようになった。今では挨拶までするようになった。いわゆるよっ友というやつである。ウキウキしている。


「いやマジで同情する」


「薄情」


「人でなし」


「何なんお前ら」


 先ほどから罵倒が酷い。ここまで上限突破のライン越え発言されるようなことだろうか。もしかして俺いつの間にか人権道に落とした?

 目を手で覆って天井を見上げてやがる。分かりやすいリアクションしやがって。


「涙出てきた」


「健気」


「沢泉さんねぇ。怖くない?」


「クールでしょうが、かっけぇでしょうが」


 何も分かっていない兼田を呆れ顔で叱る。正気かと。


「まあ美人だよねぇ」


 小南、お前分かってんじゃん。


「背低くない?」


「ロリコンが何言ってんだ通報するぞ。沢泉はそこがいいんだろ?」


「キレてるぞ逃げろ。こいつガチ勢だ」


 自分全然にわかなので。


「かーっ、あの絶妙なバランスがお前らには分からんか。見る目ねえなぁ」


「いないとか言ってたくせにめちゃくちゃ語るじゃん」


「今日の沢泉さん見たか?」


「いや、視界には入ったけど」


「靴下が水色と白のしましまだったんだぞ!!」


「知らないよそんなの」


 小南、残念だよ。


「それは……、いいな……!」


「ジジョーだけだよ分かってるのは」


 固い握手を交わす。


「いいことを教えてやる。沢泉はな、ワインレッドのママチャリで通学している」


「グッ……………!!!!」


 襲い来る胸の痛みに患部を押さえてうずくまる。なんという破壊力。ロードバイクに乗ってそうな雰囲気を纏いながらママチャリだと。母親のお下がり説すらあるぞ。想定外だ。


「ねえ、なんの話?」


「変態の話だろ」


 全く着いてこれていないようだ。浅い奴らめ。


「目の付け所が違うぜ」


「よせよ照れるじゃねえか」


 浅瀬は無視してジジョーと深みで讃え合う。


「というかいよいよ可哀想なんだけど」


「止める?」


「なんだよ止めるなよ、お前らの始めた物語だろ?」


「お前の物語が終わってしまいそうだから止めてるんだよ」


「後ろ見てみ」


 振り向くと奴がいた。深淵の如き暗き闇を抱えた目を携え身体から終焉を感じさせるオーラを発した女が。


「…………深山さん?」


「へぇー……」


「あの……」


「なんですか?」


「……いや何もないですけど」


「そうですか、では失礼します」


 あまりにも感情無く応対し去ろうとする深山を思わず引き止める。


「そうだ、あの、今日はアメをもらってないなー、なんて」


「私なんかにもらっても嬉しくないでしょうし。他の人から貰ったほうがいいかと存じます」


「すいませんでした」


 なんとなくしないといけない気がして、躊躇なく土下座を決め込む。しかしそんな姿も意に介さず、華麗に無視して去っていってしまった。


「修羅場?」


「キャバ嬢の営業ラインを妻が見てしまったやつ」


「可哀想……深山さんがな」


「……だってさぁ、別にただの推しなんだろ?」


 そう、ここに何ら恋愛感情は介在していない。俺は沢泉を推して深山は俺を推す。そこに何の瑕疵もない。こいつらの言い出したことのはずなのに何故責められねばならぬ。


「花籠、例えば沢泉さんが兼田を見てキャーキャー可愛い可愛い飛び跳ねてたらどうする?」


「出家する」


「そういうことだよ」


「おいボクの何が不満なんだ」


「内面」


「人にそういうことを言う奴は言う資格はない。というかそもそも沢泉さんって彼氏いるんじゃなかった?」



……え?





次の日。



「おい、花籠がまだ死んでるぞ」


「死体が2つある教室」



 自分にも推しが出来てようやくわかった。

 理屈抜きで推しに異性の相手がいるのってめちゃくちゃ嫌だ。恋愛は個人の自由だし何の権利があって文句言えんの?と、そんな風に俺はキレていたが、なるほど。文句言えねえけど文句あるんだよ!!!!って最悪な気分だ。


 そうか、これが推し活。苦しい茨の道。いやそれでも、ネットで粘着したり、サーカスしてるときに只管白けた顔でスマホいじってたカスどもは絶対許さないからな。それとこれとは別だ。


 だがそれもそれとして憂鬱だ。ロックな感じと家庭的な感じのあの絶妙なハーモニーを奏でる沢泉なら、彼氏の一人や二百人いてもおかしくないもんな。そりゃそうだ。面の良い女には男がいる。悲しいこの世の理だ。


 そんな森羅万象に絶望している俺のもとに、神妙な顔をした兼田がやって来る。


「なぁ……」


「ん?」


「ボクを殺せ」



 両手を広げて待ち構えている。



「いや何でだよ俺の分までなるべく生きろ」


「…………沢泉さん彼氏いないわ」


「は?」


「なんか思ってた以上に落ち込んでたから念の為本人に聞いたら、いねーよ殺すぞ文句あんのか殺すぞ殺すぞって言われちったてへぺろ」


 舌を出して謝る兼田。


「てめぇ……」


「ひぃっ!」


「愛してるありがとう最高だ」


 人目も憚らず兼田を抱きしめた。ただただ安堵を噛みしめる。


「おいやめろよ。ボクのせいで意味なく苦しめたんだぞ。素直に喜ばれると性格悪くなりにくいだろ!」


「そういう露悪的なところもまた愛おしい」


 視界が晴れ渡っていく。あともう少しで脳が焼き切れるところだった。


「やめろ離れろピカチュウうざいってポリゴンに謝れボールに収まれいい加減進化受け入れろラーメン屋の店長みたいに腕組みやがって媚びたムンクの叫びしやがって!!」


「やっぱり殺す」


 言い過ぎだろこいつ。ここまで口が悪い人間と初めて出会った。この世界のためにも今ここで首を絞めて命を狩り取る。デマで人を苦しめやがって絶対許さん。同じ苦しみを味わえ。


 ちらりと深山を見ると、未だに先までの自分のように魂を失っている。手元の兼田と同じように死んだ顔をしている。


 原因は自分だが、気持ちが分かってしまっただけに励まし方が分からない。


 どうしたものか。

 それとこの死体もどうしたものだろうか。








「よお」


「……………………よお」



 机に伏せている深山に声をかける。長い沈黙の後辛うじて返事を返してくる。重症ですね。


 今日は、いつかと同じように少し早めに登校した。落ち込んでも早めの登校偉い。



「これログボ……っていうよりも詫び石?」


「なにこれ」


「グミ」


「そうじゃなくて」


「なんだよ」


「ピカチュウじゃん」


 持ってきたのはピュレグミのでんげきトロピカ味。今はもう小売店には置いていない。夏だけの限定商品を買い占めていた自分のお気に入りのグミ。ストックも残りわずかでそこそこ悩んだが、他に思いつかなくてこれになった。


「美味いんだよ……」


「あ、あれだけピカ様呼び嫌がってるのに……」


「これが一番美味いんだよ!味が好きなの!」


「……卑怯だよこんなの」


 深山が机に伏せて肩を震わせている。が、ついに堪えきれなくなったようで机を叩いて笑い出す。ひーひー言っている。普段笑ってる人間が笑わなくなると心配になって心臓に悪いからやめてほしい。それはそれとして笑いすぎなので頭をはたく。


「こんなのしか思いつかなかったんだよ」


「だって別にピカ様は何にも悪いことしてないじゃん。言っていいのか分からないけど例のあれもあったから、推しのプライベートに口を出さないと心に決めてたのに」


「うっ、封印されし記憶が……。いやあれだって別に付き合ってなかったんだって。ただの仲間だからホントに違うんだって許してください」


 ディズニーではしゃいでしまった記憶が蘇っくる。雰囲気が高まる、見つめ合う二人、近づく顔、そこそこ近くで鳴るシャッター音、拡散されるツイート、叩かれる二人、ああああ睡眠の重要性睡眠の重要性睡眠の重要性。魔が差しただけなんだ。


「それにだな、別に沢泉さん?はよく知らないですけど推しであって好きじゃないっての。それともなに、お前は俺のこと好きなの?」


 真顔でぶんぶんと首を振られる。それはそれでどうなのよ。ちょっぴり傷付く。


「そういうことだよ」


「でも、正直ちょっと推されてるかもみたいな自惚れがあったことを自覚して恥ずか死にそう……」


 それは恥ずかしいな、俺が言うのもなんだが。ごめんな、推しって言ってやれなくて。


「深山はさ、俺にとっては推しとかじゃなくて、なんてんだろ、あれだ、」


「どれ?」


 ここで特性のいたずらこころが発動した。




「本命なんだよ」




 一度目を逸らして恥ずかしそうに、でも覚悟を決めてもう一度見つめる、ような雰囲気を演出した。そして後悔した。



「……嘘だよ〜んってネタバラシさせてくれないと困るんだが」



 そこから10分、享年16歳深山美史は瞬きも呼吸も忘れ微動だにしなかった。再起動したときここ数年の記憶も吹っ飛んでたのは別のお話。いやそれはちょっとファンタジーすぎる。焼きたてジャぱんかよ。

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